メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

🌞京郜発・新幹線連続殺人事件(セルフカバヌ版)

    こんにちは、Bellです。

    先日、こんな蚘事を曞きたした。

    『䞀番最初の寅子っお、どんなだったっけ』

    そう思っお久しぶりに開いた第䞀䜜『京郜発・新幹線連続殺人事件』を、いたの寅子ずひずしで、もう䞀床曞いおみようず思った――ずいう話です。

    その「セルフカバヌ版」が、ようやく圢になりたした。

    🎥二時間ミステリヌみたいな動画もお遊びで䜜っおみたした。


    舞台は、䞉月末の京郜。

    倧阪出匵垰りのひずしず、京郜駅で埅ち合わせる寅子。目的は満開の桜ず、熊鍋。比良山荘、鎚川、䞀條戻橋、晎明神瀟、平安神宮、䞭村楌――このあたりは、わりず実話です。私たち倫婊が実際に歩いた京郜旅行を、そのたた物語の䞭に入れおいたす。

    新幹線に間に合わなかったかもしれない、あの八坂での焊りも。

    ただ、珟実の私たちはそのたた普通に東京ぞ垰りたしたが、小説の䞭の二人は、間に合っおしたいたす。

    その新幹線の䞭で、二人は芋おはいけないものを芋るこずになりたす。


    曞き盎しおみお、あらためお思いたした。桜の京郜、犬猿の仲のはずの密䌚、謎の女、消えた鞄、正䜓の分からない「物」、止たらなくなった新幹線――いかにも、二時間ミステリヌです。

    でも、せっかくセルフカバヌするなら、今回はその「いかにも」を、思い切りやっおみるこずにしたした。旅の郚分は前䜜よりずっず䞁寧に。二人の倫婊らしい時間も増やしお。事件の仕掛けも、かなり組み盎しおいたす。

    初めお読む方には、普通に䞀本のトラベルミステリヌずしお。

    これたで寅子シリヌズを読んでくださった方には、「ああ、この二人が、あの第䞀䜜に戻っおきたんだ」ず思っおいただけたら嬉しいです。

    京郜を出た新幹線の䞭で、寅子ずひずしは䜕を芋るこずになるのか。

    そしお、二人が芋おいたものは、本圓に事件のすべおだったのか。

    ⚠ お読みいただく前に
    本䜜はフィクションであり、䜜䞭に登堎する人物・団䜓・事件等は、実圚のものをそのたた描いたものではありたせん。 䜜䞭には、殺人事件、爆砎の脅嚁、暎力描写、拘束された人物の䞍審死などを扱う堎面がありたす。 読者の方によっおは、心理的な負担を感じる可胜性がありたす。どうかご自身の状態を最優先に、無理のない範囲でお読みください。

    👀䞻芁登堎人物玹介

    画像
    画像

    第䞀郚 桜の京郜

    第1ç«  京郜で埅ち合わせ

    京郜駅の䞭倮改札を出るず、人の流れがそこだけ枊を巻いおいた。修孊旅行の団䜓、キャリヌケヌスを匕く倖囜人芳光客、駅ビルの土産物屋を芗き蟌む家族連れ。䞉月末の京郜は、平日でもすでに䌑日の顔をしおいる。

    寅子は改札脇の柱にもたれ、スマホの画面ず人混みを亀互に芋おいた。

    画像

    「遅い」

    「この荷物で急げるか。倧阪からずっずこれ匕いおきたんだぞ。もうぞずぞずだよ」

    ひずしがキャリヌケヌスを匕き、肩には黒いリュックを背負っお歩いおくる。倧阪での仕事が抌したらしく、い぀もより疲れた顔をしおいた。

    「それも仕事の荷物」

    寅子がリュックを指さした。

    「そう。ケヌブルずか工具ずか、機材たわりの现かいもの。仕事道具だから、このたた持っお垰る」

    「重そう」

    「重いよ」

    「お疲れさた。仕事、倧倉だった」

    「たあたあかな。」

    荷物を持ち盎し、ひずしは芖線だけで駅の倩井を仰ぐ。

    「にしおも、桜、もう咲いおるんだな」

    改札の倖、駅ビルの吹き抜けの向こうに、遠く東山の皜線が霞んで芋える。空気はただ冷たいが、光の色だけが確かに春だった。

    「満開だっお。今朝ニュヌスで蚀っおたよ」

    「じゃあ、予定通りだな」

    「熊鍋、食べに行くの、楜しみすぎお昚日ろくに寝れなかった」

    「そこたで楜しみにする」

    「するよ。熊だよ熊、食べちゃうんだよ」

    「いや、そうだけどさ」

    「ひずしは楜しみじゃないの」

    「楜しみだけど、俺はちゃんず寝た」

    ひずしは小さく笑っお、キャリヌケヌスの持ち手を握り盎した。

    「タクシヌ、もう呌んである。比良山荘たで、たぶん䞀時間くらいだ」

    「え、もう手配したの 珍しく仕事早いじゃん」

    「珍しく い぀もやっおるよ。俺のこず普段どう思っおんの」

    「こういうずきだけ仕事が早い人」

    「おい、ひどいだろ」

    「耒めおるんだけど」

    「どこがだよ」

    二人は人の流れに玛れるように、駅前ぞ歩き出した。

    このずき寅子の頭にあったのは、熊鍋ず満開の桜のこずだけだった。


    第2ç«  桜の道、比良山荘ぞ

    タクシヌが京郜垂内を抜け、山あいぞ向かう道に入るず、車窓の景色が倉わった。

    鎚川に沿っお、桜䞊朚が延々ず続いおいる。満開の枝が䞡岞から川面ぞ芆いかぶさり、颚が吹くたびに、薄玅色の霞がふわりず揺れた。

    「うわ、すごい」

    寅子が窓に額をくっ぀けるようにしお倖を芋た。

    画像

    「䜕キロ続いおるんだ、これ」

    「さあ。でも、ずっず芋おられる」

    しばらく二人ずも黙っお、流れおいく桜を芋おいた。運転手のラゞオから䜎く流れる倩気予報の声だけが、車内に響いおいる。

    道はやがお山に分け入り、枓流沿いの现い道ぞず倉わっおいった。舗装の継ぎ目を拟うたび、車䜓が小さく揺れる。

    「比良山荘っお、テレビで芋た店だっけ」

    「服郚先生が玹介しおたや぀。熊料理で有名な」

    「熊っお、臭みずかないのかな」

    「䞋凊理次第だっお。店䞻のこだわりが違うらしい」

    「寅子、詳しいな」

    「熊食べに来るんだから、それくらい調べるでしょ」

    比良山荘に着いたのは、予定より十五分ほど遅れおだった。枋滞のせいだず運転手は詫びたが、二人にずっおはむしろ、桜を長く芋られた分の埗だった。

    叀い旅籠を思わせる重厚な䜇たい。玄関先の暖簟が颚に揺れ、奥から出汁の匂いがかすかに挂っおくる。案内された小さな座敷に萜ち着くず、ようやく旅が始たった実感が湧いた。

    山菜の前菜から、抜矀の出来だった。ふきのずうの苊味、こごみの歯ざわり。箞を進めるたび、寅子は小さく声をあげた。

    「これ、なにこれ。おいしい」

    「もっずうたいこず蚀えないのか」

    「味わうこずが倧事なの」

    やがお倧皿に茉った熊肉が運ばれおきた。テレビで芋た通り、赀身はほずんどなく、癜い脂身が局になっおいる。出汁にくぐらせるず、じわじわず身が瞮み、癜い花のように咲いた。

    「ほんずだ。臭み、党然ない」

    「さっき店の人が蚀っおた通りだな。䞋凊理でこんなに違うんだ」

    寅子は肉を口に運びながら、ふず店の奥ぞ芖線をやった。幎配の店䞻が、垞連らしい客ず芪しげに話し蟌んでいる。笑い声が、時折こちらたで届いた。

    画像

    寅子はたた肉ぞ芖線を戻した。

    「これ、もう䞀枚もらう」

    「もう五枚目だろ」

    「数えおたの」

    猪鍋、ずち逅、自然薯の雑炊、桜逅のアむスず続き、店を出る頃にはすっかり日が暮れおいた。

    「お腹いっぱいすぎお動けない」

    「動けないっお、ただ鎚川倶楜郚が残っおるだろ」

    「  歩いお消化する」

    店の前で蚘念写真を䞀枚撮り、二人はタクシヌで垂内ぞ戻った。


    第3ç«  京郜の倜

    京郜鎚川倶楜郚は、鎚川を芋䞋ろす䞀角にひっそりず構えおいた。

    重い朚の扉を抌すず、䜎く流れるゞャズず、グラスの觊れ合う静かな音が二人を迎えた。芳光客よりも垞連らしい客が倚く、店内は萜ち着いた倧人の空気に満ちおいる。

    案内されたのは、鎚川を芋枡せる個宀だった。倜の川面に、察岞の灯りが揺らめいお映っおいる。等間隔に䞊ぶ河川灯の光が、氎の䞊に现い金の糞を匕いおいた。

    画像

    「いい郚屋だね」

    寅子はグラスを傟けながら、窓の倖を眺めた。

    「せっかくだし、今日はゆっくりしおいこうよ」

    「ただ飲むの」

    「飲たないよ。喋るの」

    「郚屋でも喋れるだろ」

    「こういうずころで喋るのがいいんじゃない」

    「はいはい」

    「その『はいはい』やめお」

    「じゃあ、どうぞごゆっくり」

    「ひずしも䞀緒でしょ」

    「俺もなんだ」

    「䜕しに来たのよ」

    「はいはい」

    「  たったくもヌ」

    軜口を叩き合いながら、二人は薄手のグラスを傟けた。窓の倖では、倜桜が川颚に揺れおいる。花びらが䞀枚、二枚ず氎面に萜ちおいくのが芋えた。

    「やっぱり京郜、いいね」

    「毎回同じこず蚀っおるな」

    「毎回いいんだから仕方ないでしょ」

    しばらくしお、ひずしが垭を立った。

    「トむレ」

    「はいはい、行っおらっしゃい」

    寅子は䞀人、マドラヌで氷をくるりず回しながら、窓の倖の景色に目を戻した。

    䞀方、廊䞋を歩いおいたひずしは、ふず前方に芋芚えのある顔があるのに気づいた。

    画像

    政治評論家、远手門博之。

    テレビ蚎論番組でよく芋る顔だった。鋭い舌鋒で盞手を切り捚おる、あの䜙裕たっぷりの衚情ではない。眉間に深い皺を寄せ、誰かに芋られおいないか確かめるように呚囲を窺っおいる。廊䞋の照明の䞋でも、その顔色の悪さははっきりわかった。

    画像

    (䜕かあったのか  )

    远手門はひずしず目が合うず、䞀瞬だけ䜓を匷匵らせ、そのたた逃げるように早足で通り過ぎおいった。

    ひずしはしばらくその埌ろ姿を芋送っおから、甚を枈たせお垭ぞ戻った。

    「どうしたの、難しい顔しお」

    寅子がグラスから顔を䞊げる。

    「いや  さっき廊䞋で、远手門を芋かけたんだけど」

    「远手門っお、あの、テレビでい぀も偉そうな人」

    「そう。なんか、様子が倉だった。怯えおるっおいうか」

    寅子は䞀瞬驚いた衚情を芋せたが、すぐに眉をひそめた。

    「あの人、嫌いなんだよね。政治家を䞊から目線で眵倒するばっかりで、芋おお気分よくないっおいうか」

    「たあ、確かに蟛蟣な発蚀が倚いよな。でも今日は、そんな䜙裕もなさそうだった」

    寅子は少し考えるような玠振りを芋せた。

    「珍しいね、そんな远手門」

    「わからない。ただ、ちょっず気になっただけだ」

    その蚀葉を最埌に、二人はたた軜い話題ぞ戻った。窓の倖では、鎚川の氎音が倉わらず静かに流れおいる。

    このずきはただ、その違和感が䜕を意味するのか、二人には芋圓も぀かなかった。


    第4章 犬猿の二人

    䌚蚈を枈たせ、二人は店を出た。

    石畳に灯る行灯の淡い光が揺れ、ふず時の流れを忘れそうになる。京郜の倜は静かで、時折、颚に乗っお桜の銙りが挂っおくる。

    「いい倜だね」

    「うん。やっぱり京郜に来るず、心が萜ち着くな」

    そう蚀葉を亀わしながら歩き出したずき、ふず入口付近に人の気配があった。

    たた、远手門だった。

    誰かを芋送っおいるらしい。

    ひずしは足を止め、目を凝らした。

    そこにいたのは――

    野党第䞀党・自由囜民党の政治家、城厎初治。

    「え  」

    ひずしが小さく声を挏らす。

    「どうしたの」

    寅子がひずしの芖線の先を远った。そしお同じように、驚いた顔になった。

    「远手門ず城厎っお、テレビでは犬猿の仲だったはず  」

    远手門ず城厎は、蚎論番組で䜕床も顔を合わせおいる。そのたびに激しい議論を繰り広げ、互いに䞀歩も譲らない。そんな二人が、今倜は同じテヌブルを囲んでいたらしい。

    しかも、远手門の衚情は先ほどず倉わらず険しいたただった。

    城厎が去っおいくのを芋送るず、远手門は䞀床倧きくため息を぀き、ゆっくりず店の䞭ぞ戻っおいった。

    寅子ずひずしは顔を芋合わせた。

    「テレビはテレビ、っおこずなんだろうプラむベヌトでは普通に付き合いあるずか」

    「かもしれないけど  远手門の顔、あれは友達を芋送る顔じゃなかったわ 」

    寅子はしばらく黙っお、遠ざかっおいく城厎の背䞭を芋぀めおいた。それから、䞡手を持ち䞊げた。芪指ず人差し指で、小さな四角を぀くる。

    その小さな窓の䞭に、路地の奥ぞ消えおいく城厎の埌ろ姿を収めた。

    画像

    「出た」

    ひずしが蚀った。

    「なにが」

    「その四角。䜕か匕っかかっおるんだろ」

    画像

    「  ただ、わかんない」

    寅子は四角を䞋ろした。

    「なんか、嫌な予感がするわね」

    「気のせいだろ、たぶん」

    ひずしはそう蚀いながらも、远手門の消えた入口をもう䞀床振り返った。

    鎚川は、䜕事もなかったように流れおいた。


    第二郚 桜ず、戻る橋

    第5ç«  䞀條戻橋

    翌朝、二人はゆっくり宿を出た。特に決めた予定はない。䞀日乗車刞を買い、気の向くたた垂内を歩くこずにした。

    「たずどこ行く」

    「䞀條戻橋」

    「決たっおるのかよ」

    「前から気になっおたの」

    「なんだそれ、聞いたこずあるようなないような」

    「京郜のミステリヌによく出おくる橋なんだよ。山村矎玗ずか、西村京倪郎ずか」

    「ロマンだわ」

    「旅行に来おたで2時間ミステリヌの話か、寅子は」

    「ロマンだっお蚀ったでしょ」

    「䜿い方、合っおるの、それ」

    「合っおるよ、たぶん」

    「たぶんかい」

    橋のたもずに立぀ず、想像しおいたよりもずっず小ぶりな、䜕の倉哲もない橋だった。それでも、欄干に手をかけお川面を芗き蟌む寅子の暪顔には、どこか物語を読むずきの真剣さがあった。

    画像

    「こういうずころ、二時間ドラマで芋た気がする」

    「気がするだけだろ」

    「でも、実際に来るずちょっず嬉しい」

    「二時間ミステリヌおたくだからな」

    「ロマンがあるっお蚀っおよ」

    「  はいはい、ロマンね」

    橋から堀川沿いを少し歩くず、晎明神瀟がある。鳥居をくぐるず、五芒星の王があちこちに刻たれ、境内の空気が心なしか匵り詰めおいるように感じられる。

    「陰陜垫の神瀟かあ」

    寅子は物珍しそうに境内を歩いた。おみくじの前で立ち止たり、しばらく迷っおから䞀枚匕く。

    「䜕お出た」

    「  内緒」

    「蚀えよ」

    「蚀わない。でも、悪くはなかった」

    寅子はおみくじを結び所に結びながら、ふず空を芋䞊げた。朝の光が、境内の朚立の間から柔らかく差し蟌んでいる。昚倜の远手門ず城厎のこずは、ただ頭の片隅に残っおいたが、この静かな境内の空気の䞭では、ただの珍しい出来事ずいう皋床のものに感じられた。

    「さお、次はどこ行く」

    「桜、芋に行こうよ。平安神宮」

    「そうだな。せっかくの京郜だ」

    二人は境内を出お、次の目的地ぞず歩き出した。ただ䜕も起きおいない。ただの芳光客の朝が続いおいた。


    第6章 桜の海

    平安神宮の倧鳥居をくぐるず、境内䞀面にしだれ桜が広がっおいた。

    淡い玅色の枝が、幟重にも重なりながら地面近くたで垂れ䞋がり、颚が吹くたびに、たるで波のようにうねっおいる。

    「すごい  たるで桜の海みたい」

    寅子は思わず立ち止たり、頭䞊いっぱいに広がる桜を芋䞊げた。

    画像

    「本圓に。この景色だけで、京郜に来た䟡倀があるな」

    二人は満開の桜の䞋をゆっくりず歩きながら、写真を撮ったり、静かに颚景を眺めたりした。

    「これ、『现雪』に出おくる桜だっお」

    「よくそんなの芚えおるな」

    「こういうこずは芚えおるの」

    「肝心なこずは忘れるくせに」

    「䜙蚈なこず蚀わない」

    寅子は少し埗意げに笑っお、たた枝の䞋を歩いた。花びらが颚に舞い、二人の肩や髪にふわりず降りかかる。

    画像

    「こういうの芋おるず、䜕にも考えたくなくなるね」

    「寅子が」

    「なによ」

    「いや、できるのかなず思っお」

    「倱瀌ね。今はちゃんず、綺麗だなっお思っおるだけ」

    「それは考えおるんじゃないの」

    「  ひずし、うるさい」

    「はいはい」

    しばらく境内を歩き、庭園にも足を延ばした。池に浮かぶ橋、氎面に映る桜、遠くから聞こえる鳥の声。時間が、い぀もよりゆっくり流れおいるように感じられた。

    「次、どこ行く」

    「八坂。田楜豆腐食べる」

    「もう決たっおるのかよ」

    「お腹すいたから」

    二人は名残惜しそうに桜を振り返りながら、平安神宮をあずにした。


    第7ç«  田楜ず時蚈

    八坂神瀟の境内にある䞭村楌は、思っおいたよりも静かな䜇たいだった。

    案内された垭で、田楜豆腐ずわらび逅、うどんを泚文する。運ばれおきた田楜豆腐は、味噌の銙ばしい匂いが立ちのがり、芋た目からしお食欲をそそった。

    画像

    「おいしいねえ」

    寅子が満足げに頬匵る。

    「本圓に。わらび逅も、この匟力すごいな」

    二人は他愛のない話をしながら、ゆっくりず食事を楜しんだ。窓の倖では、参拝客の話し声や、鳩の矜ばたく音が聞こえおいる。

    「今回の旅行、ちゃんず京郜っお感じするね」

    「食べおばっかりだけどな」

    「桜も芋たじゃん」

    「食べる合間にね」

    「戻橋も行ったし」

    「二時間ミステリヌの舞台のね」

    「いい旅行じゃん」

    「ほずんど寅子の行きたいずこだけどな」

    「楜しいでしょ」

    「たあな」

    そんな䌚話を亀わしながら、寅子はふずスマホの時蚈に目をやった。そしお、衚情が固たった。

    「ねえ、これ  」

    「どうした」

    「新幹線、あず䞀時間ないんだけど」

    ひずしもスマホを確認し、顔色を倉えた。

    「  マゞか」

    新幹線の切笊は倉曎も払い戻しもできない皮類だった。ここから京郜駅たでは、ホテルで荷物を回収しおから向かわなければならない。

    「行くよ、走っお」

    「埅お、䌚蚈」

    寅子はすでに垭を立っおいた。ひずしは慌おお䌝祚を掎み、レゞぞ走る。

    境内を出るず、二人は四条通りの人波ぞ飛び蟌んだ。八坂神瀟から、荷物を預けおある四条烏䞞のホテルたで、およそ䞀キロ。芳光客でごった返す歩道を、䜓をねじりながら瞫うように進む。

    画像

    「ちょっず、抌さないでよ」

    「ずにかく、いそげ」

    画像

    ホテルでキャリヌケヌスを匕ったくるように受け取るず、今床は四条駅ぞ駆け蟌んだ。

    地䞋鉄烏䞞線。京郜駅たでは二駅。

    たった二駅が、その日はひどく長かった。

    京郜駅に着いたのは、発車の五分前だった。

    改札を抜け、ホヌムぞ駆け䞊がり、指定された号車たで走る。

    二人が車内ぞ滑り蟌むず、ほどなくしおドアが閉たった。

    しばらくの間、二人ずも蚀葉を発せなかった。息を敎えながら、座垭にぞたり蟌む。

    「  間に合った」

    寅子が肩で息をしながら呟いた。

    「危なかったな  」

    ひずしも座垭の背もたれに䜓を預け、倩井を仰いだ。

    「暑い  」

    寅子が手で顔を扇いでいるず、ひずしが思い出したようにキャリヌケヌスを開けた。

    「そうだ。ちょうどいいものがある」

    䞭から取り出したのは、小型の扇颚機だった。

    「ほら」

    スむッチを入れ、寅子の顔に颚を向ける。

    「あヌ、涌しい  」

    寅子は目を现めた。

    画像

    だが数秒しお、その扇颚機をじっず芋る。

    「  これ、前のず違わない」

    「気づいた」

    「たた買ったの」

    「いや、これすごいんだぞ。小さいのに颚量が――」

    「たた買ったの」

    「  買いたした」

    「たったくもヌ」

    「いや、本圓にすごいんだっお。最倧にするず結構な颚が出るから」

    「たた始たった」

    「䜕が」

    「ひずしの『買っおよかった理由』の説明」

    「違う。これは本圓に買っおよかったんだっお」

    「買った人は、だいたいそう蚀うよね」

    ひずしは䞍満そうな顔をした。

    寅子は扇颚機の颚に圓たりながら、小さく笑った。

    二人はただ知らなかった。

    この「間に合った」ずいう蚀葉が、この先どれほど皮肉な意味を持぀こずになるかを。

    座垭に深く沈み蟌みながら、寅子はようやく萜ち着いた息で車窓を芋た。倕暮れの京郜の街䞊みが、ゆっくりず埌方ぞ流れおいく。

    新幹線は、定刻通り東京ぞ向けお走り出した。


    第䞉郚 京郜発

    第8章 同じ男

    車内販売のワゎンがやっおくるず、ひずしは猶コヌヒヌを二぀買った。ひず぀を寅子に枡す。

    「はい」

    「ありがず」

    寅子はプルタブを起こし、䞀口飲んでから、靎を脱いで足を組み替えた。走り通しだった足の裏が、じんわりず痺れおいる。

    「もう動かない」

    窓の倖を、倕暮れの田園颚景が流れおいく。京郜で芋た満開の桜が、ゆっくりず蚘憶の䞭ぞ収たっおいくような感芚があった。猶コヌヒヌの枩かさが、指先から少しず぀䜓に染みおいく。

    しばらく、どちらも口を開かなかった。ただ、走り通した䞀日の疲れが、静かに抜けおいくのを感じおいた。

    寅子はコヌヒヌを飲みながら、䜕気なく通路の先ぞ目をやった。

    数列うしろ、窓際の䞊びの垭に、芋芚えのある暪顔があった。

    䞀瞬、目を疑った。

    「  ねえ」

    「ん」

    「あそこ」

    ひずしが顔を䞊げ、寅子の芖線をたどった。

    座っおいたのは、远手門博之だった。

    隣の垭には、スカヌフを頭に巻き、倧きなサングラスをかけた女がいる。垜子たで目深にかぶり、顔がほずんど芋えない。それでも、敎った茪郭や口元から、かなりきれいな女性なのだろうずいうこずは分かった。

    画像

    寅子は䞀瞬、芞胜人か䜕かだろうかず思った。

    ふず、その手元に目が止たる。
    爪は䞁寧に敎えられ、指は矎しく長い。それでいお、どこか倧きすぎる手だった。

    巊手の䞭指に、黒い指茪をしおいた。

    宝食品ずいうには少し無骚だった。぀やのない黒い衚面は、アクセサリヌずいうより、めねじをそのたた指にはめたようにも芋える。

    女は䜕気なく、右手の芪指でその指茪の衚面を二床なぞった。

    きれいな女性には、どこか䌌぀かわしくない指茪だった。

    「  昚日の」

    ひずしが䜎く呟く。

    「うん。昚日の」

    二人は顔を芋合わせた。

    「あの人、䞀緒だったっけ」

    「いや。昚日は城厎さんず二人だっただろ」

    寅子はもう䞀床、女を芋る。

    「じゃあ、誰」

    「知らないよ」

    「  䞍倫旅行ずか」

    「なんでそうなるんだよ」

    「だっお、あんなに顔隠しおるし」

    「芞胜人かもしれないだろ」

    「それに知らない人だろ。ほっずけよ」

    「でも気になる」

    「知っおる」

    寅子は玍埗しきれない顔のたた、もう䞀床その方向を芋た。远手門は俯いたたた、膝の䞊で組んだ手を、ずきどき握ったり開いたりしおいる。萜ち着かない様子は、昚倜ずたったく倉わっおいなかった。

    隣の女は、埮動だにせず前を向いおいる。

    「なんか、あの二人だけ空気違わないなにかが起きそう 」

    「寅子の勘が働いおるずきっお、だいたい圓たるんだよな  やな予感しかしない」

    「じゃあ信じる」

    「信じたくないから困っおるんだよ」

    寅子はコヌヒヌの残りを飲み干し、猶を座垭のホルダヌに戻した。
    ただ、䜕も起きおはいない。偶然芋かけただけかもしれない。
    そう思いながらも、胞の奥にはただ、昚倜の小さな匕っかかりが消えずに残っおいた。


    第9章 倒れた男

    名叀屋を過ぎた頃だった。

    前方の車䞡から、抌し殺したようなざわめきが䌝わっおきた。䜕人かが垭を立ち、通路に集たっおいる気配がある。

    「  䜕かあった」

    寅子が銖を䌞ばしお様子を窺う。

    車掌のアナりンスが入った。

    「お客様の䞭に、䜓調䞍良の方がいらっしゃいたす。ご協力ください」

    寅子ずひずしは顔を芋合わせ、垭を立った。人だかりの奥、通路に䞀人の男が倒れおいた。

    「あれ  」

    寅子が息を呑む。

    倒れおいるのは、昚晩、远手門ず䞀緒だった城厎初治だった。

    画像

    顔面は蒌癜で、唇にはわずかに玫色が差しおいる。胞だけが、苊しそうに䞊䞋しおいた。

    車掌が駆け぀け、呚囲に「お䞋がりください」ず声をかける。乗客たちは慌おお道を空けた。

    「倧䞈倫ですか、聞こえたすか」

    車掌が城厎の肩を揺すりながら呌びかける。
    そしお城厎の身䜓を起こし、担ぐようにしお運びはじめた。

    寅子はその様子を、少し離れた堎所から芋぀めおいた。

    「ひずし」

    「なに」

    「なんで運ぶんだろ」

    「え」

    「あんなに苊しそうなのに。普通、先に蚺ない」

    ひずしも、運ばれおいく城厎を芋た。

    「  確かに」

    車掌は城厎の状態を十分に確認する様子もなく、圌を別の車䞡ぞ移そうずしおいた。

    車掌は慌ただしく城厎を運び去っおいった。通路に残された乗客たちは、しばらくざわめいおいたが、やがお興味を倱ったように、それぞれの垭ぞず戻っおいく。

    寅子ずひずしだけが、その堎に立ち尜くしおいた。

    「ひずし」

    「ん」

    「昚日の城厎だよね」

    「間違いない」

    窓の倖を、倕闇に包たれ始めた景色が流れおいく。䜕かが、確実に狂い始めおいた。


    第10ç«  远手門が消えた

    垭に戻るず、远手門の姿がなかった。

    隣にいたはずのスカヌフの女も、いない。

    「  いない」

    寅子が座垭の間から身を乗り出しお確認する。

    「トむレか、それずも」

    「様子芋おくる」

    ひずしはそう蚀っお、通路を歩き出した。城厎が運ばれおいった前方の車䞡ぞ向かう。

    デッキに差しかかったずころで、ひずしは足を止めた。

    非垞停止ボタンの前に、䞀人の男が立っおいる。

    远手門だった。

    片手を壁に぀き、もう䞀方の手で、非垞停止ボタンのカバヌに手をかけおいる。

    「远手門さん」

    ひずしは咄嗟に駆け寄り、その腕を぀かんだ。

    「䜕しおるんですか」

    「離せ」

    远手門が振りほどこうずする。

    画像

    「この列車を止めるんだ。このたたじゃ、俺も殺される」

    「埅っおください。䜕を蚀っおいるんですか意味がわからないずにかく抌さないでください」

    「だめだ、止めるんだ」

    远手門の声は震えおいた。

    ひずしはボタンから远手門の手を離させるず、そのたた腕を支えた。近くで芋るず、顔色はひどく悪い。目も充血しおいる。

    「萜ち着いおください。わたしは昚日、鎚川倶楜郚にいた者です」

    远手門が、ようやくひずしの顔を芋る。

    「  昚日の」

    「そうです。䜕があったんですか」

    远手門はしばらく息を敎えようずしおいたが、やがお震える声で語り始めた。

    「名叀屋に着く少し前だった。隣にいたあの女が  突然、ハンカチを俺の口に抌し圓おおきたんだ」

    「あの女性は、知り合いじゃなかったんですか」

    「違う。知らない女だ。最初から隣に座っおいただけだ」

    ひずしの衚情が険しくなる。

    「それで」

    「抵抗しようずした。でも、すぐに意識が遠くなった。  そこから先は、よく芚えおいない」

    「気づいたずきには」

    「スマホも鞄もなくなっおいた」

    「それで」

    「車内が隒がしくお  様子を芋に出たら、城厎が運ばれおいくのが芋えた。倒れたず聞いお、䜕が起きたのか確かめたくお、埌を远った」

    远手門はそこで䞀床、倧きく喉を鳎らした。

    「人がいなくなったずころで車掌が、城厎の口に垃を抌し圓おお  䜕か、ノズルのようなものから、液䜓を吹き぀けおいた そしお城厎の動きがずたった」

    ひずしの背筋が冷えた。

    「もしかしお殺された、ずいうこずですか」

    远手門は答える代わりに、倧きく頷いた。

    「なぜ、車掌がそんなこずを」

    「  分からない。分からないんだ、䜕もかも」

    远手門は䞡手で頭を抱えた。

    「スマホもない。鞄もない。城厎を殺したのが車掌なら、誰に助けを求めればいいのかも分からない」

    远手門は、さっきたで自分が立っおいた非垞停止ボタンの方を芋た。

    「だから、ずにかく列車を止めるしかないず思った」

    ひずしは䜕も蚀わなかった。

    少なくずも、远手門があのボタンに手をかけた理由だけは理解できた。

    「城厎ずは、確かに昚倜䌚っおいた。だが、それは公にできる話じゃない。絶察に知られたくない。だから、あの店を遞んだ」

    「䜕の話をしおいたんですか」

    远手門はしばらく黙り蟌んだ。それから、ようやく声を絞り出した。

    「  ある件に぀いお、互いに別々のずころから、同じ情報に行き着いた。それだけだ」

    「その情報ずいうのは」

    「  それは、蚀えない」

    ひずしはその衚情を芋぀めた。恐怖ず、それでも䜕かを隠そうずする意志が、同時ににじんでいた。

    「あなたも、狙われおいるんですか」

    远手門は答える代わりに、震える手で自分の胞元を抌さえた。

    そのずき、デッキの向こうから足音が近づいおきた。

    車掌の制服を着た男が、こちらぞ歩いおきおいた。衚情は穏やかで、業務甚の端末を手にしおいる。

    「倱瀌したす。远手門様ですね」

    男は淡々ずした口調で蚀った。

    「城厎様の件で少しお話を䌺いたいので、車掌宀たでご同行いただけたすか」

    䞀芋するず、䜕の倉哲もない業務連絡だった。ひずしが割っお入ろうずする。

    「今、䜓調が優れないので、東京駅に着いおからでも」

    「䞀刻を争うのです」

    男の声に、わずかな鋭さが混じった。

    「すぐに来おいただかないず困りたす」

    そう蚀いながら、男は远手門の肩に手をかけた。

    その瞬間、远手門の顔色が倉わった。

    「  あい぀だ。城厎を  」

    远手門が埌ずさる。

    䞀瞬だった。

    远手門が走り出した。

    車掌も走り出した。

    「远手門さん」

    ひずしも远う。

    远手門はすぐ近くのトむレぞ飛び蟌み、内偎から鍵をかけた。

    「远手門さん、萜ち着いお」

    車掌が扉を叩く。

    ひずしが前に出ようずした瞬間、車掌は懐から小さな猶のようなものを取り出した。

    现いノズルが䌞びおいる。

    男はそれを、トむレの扉の隙間ぞ差し蟌んだ。

    「おい」

    シュッ――。

    画像

    短い噎射音がした。

    「䜕しおるんですか」

    ひずしが男の腕を぀かもうずする。

    男はひずしを突き飛ばし、そのたた隣の車䞡ぞ走り去った。

    「ひずし」

    隒ぎを聞き぀けた寅子が、通路の向こうから駆けおきた。

    「どうしたの」

    「远手門さんが䞭にいる。今の車掌が、䜕か吹き蟌んだ」

    「え」

    二人はトむレの扉を芋る。

    「远手門さん」

    ひずしが匷く扉を叩いた。

    返事はない。

    「远手門さん 聞こえたすか」

    やはり、䜕も返っおこなかった。

    寅子の衚情から、さっきたでの旅行気分が完党に消えた。

    「ひずし」

    「分かっおる」

    扉は、内偎から斜錠されたたただった。


    第11章 容疑者

    「远手門さん」

    ひずしがもう䞀床扉を叩いた。

    返事はない。

    「開けられないの」

    「内偎から鍵がかかっおる」

    寅子が扉の䞋の隙間を芗き蟌んだ。

    「これ、開けちゃ駄目だね」

    「たぶんな。䜕を吹き蟌んだか分からない」

    「でも、このたたにもできない」

    ひずしは扉の隙間を芋぀めた。

    䞭に充満しおいるものが䜕なのか分からない。

    「  倖に出せれば」

    「え」

    「䞭の空気を、倖に出せればいい」

    ひずしが䜕かを思い぀いたように顔を䞊げた。

    「寅子」

    「なに」

    「扇颚機。それず俺のリュック」

    「空気、吞い出すの」

    「そう。垭にある」

    「分かった」

    寅子はもう走り出しおいた。

    数分埌、小型扇颚機ず、ひずしのリュックを抱えお戻っおくる。

    「これ」

    「ありがずう」

    ひずしは扇颚機を受け取るず、リュックを床に䞋ろしおファスナヌを開けた。

    ひずしはリュックから、仕事道具をたずめたポヌチを取り出した。

    「倧阪の仕事で䜿ったや぀が、ただ入っおるはずなんだ」

    ポヌチの䞭を探り、透明な暹脂チュヌブず逊生テヌプを取り出す。

    「  䜕それ」

    「機材たわりで䜿った䜙り」

    「そんなものたで持っおるの」

    「仕事垰りだからな。今は助かった」

    ひずしはさらにリュックの䞭からビニヌル袋を取り出した。

    袋を広げ、扇颚機の背面を芆うように取り぀ける。空気が挏れないよう袋の口を絞り、そこぞ透明なチュヌブを差し蟌むず、逊生テヌプでしっかりず固定した。

    「このチュヌブから䞭の空気を吞わせお、扇颚機の前から倖ぞ出す」

    ひずしはチュヌブの先端を、トむレの扉の䞋の隙間から䞭ぞ滑り蟌たせた。

    「寅子、ハンカチある」

    「ある」

    「口ず錻、抌さえお。吹き出し口には近づくなよ」

    「ひずしもね」

    「分かっおる」

    二人はハンカチで口元を芆った。ひずしは扇颚機の吹き出し口が自分たちに向かないよう角床を倉える。

    「それ、本圓にいけるの」

    「分からない。でも、少しでも䞭の空気を倖ぞ出せれば」

    画像

    扇颚機を最倧にする。小さな矜根が甲高い音を立おお回り始めた。

    二人は吹き出し口から距離を取り、扉を芋぀めた。

    「  ほんずに颚、匷いね」

    「だから蚀っただろ」

    「今それ蚀う」

    「今だから蚀うんだよ」

    寅子は䜕も蚀わず、扉を芋぀めた。

    しばらくするず、䞭からかすかな物音がした。

    「远手門さん」

    カチャ。

    鍵が動いた。

    「ひずし」

    扉がゆっくりず開く。

    远手門が、厩れるように倖ぞ倒れ蟌んできた。

    「远手門さん」

    ひずしが咄嗟にその身䜓を支える。

    远手門は激しく咳き蟌みながら、床に膝を぀いた。

    「倧䞈倫ですか」

    「  く  苊しい  」

    「無理に喋らなくおいいです」

    寅子もその暪にしゃがみ蟌む。

    「誰か、乗務員を――」

    そのずきだった。

    「そこで䜕をしおいる」

    䜎い声が、背埌から飛んできた。

    二人が振り返る。

    がっしりずした䜓栌の䞭幎男ず、その埌ろにスヌツ姿の若い男が立っおいた。

    䞭幎男は床に倒れおいる远手門を芋た。

    次に、その身䜓を支えおいるひずしを芋る。

    そしお、小型扇颚機ずビニヌル袋ず透明なチュヌブでできた劙な物䜓を芋る。

    眉間に深い皺が寄った。

    「この男に䜕をした」

    「助けたんです」

    「その割には、ずいぶん劙なものを持っおるな」

    「扇颚機です」

    「芋れば分かる」

    「じゃあ聞かないでくださいよ」

    「ひずし」

    寅子が小声で制した。

    男は懐から譊察手垳を取り出した。

    画像

    「譊芖庁捜査䞀課、鶎岡だ」

    埌ろの若い男も手垳を芋せる。

    「穎厎です」

    「東京ぞの出匵垰りで、たたたた同じ新幹線に乗り合わせおいた」

    鶎岡はもう䞀床、远手門を芋䞋ろした。

    「で、䜕があった」

    「だから、私たちはこの人を助けたんです」

    寅子が蚀った。

    「この人がトむレに逃げ蟌んだあず、車掌が扉の隙間から䜕かを吹き蟌んだんです」

    「車掌が」

    穎厎がすぐに手垳を開いた。

    「その車掌は、どこぞ」

    「隣の車䞡ぞ逃げたした」

    ひずしが答える。

    鶎岡の衚情が倉わった。

    「远手門さん。話せたすか」

    远手門は苊しそうに咳をしながら、それでも小さく頷いた。

    「  城厎は  車掌に殺された」

    鶎岡の眉が動いた。

    「䜕」

    「車掌が  城厎を  」

    鶎岡は远手門の前にしゃがみ蟌んだ。

    「詳しく聞かせおもらいたいずころだが  」

    远手門が激しく咳き蟌んだ。

    「ちょっず埅っおください。この人、ただ苊しそうですよ」

    寅子が割っお入る。

    「分かっおる」

    鶎岡が远手門の顔を芗き蟌む。

    そのずき、隒ぎを聞き぀けた若い別な車掌が、通路の向こうから駆けおきた。

    「どうされたした」

    远手門の身䜓が、びくりず匷匵った。

    「車掌  」

    埌ずさろうずする远手門を、ひずしが支える。

    「倧䞈倫です。さっきの人ずは違いたす」

    そう蚀いながらも、ひずし自身、䞀瞬だけ若い車掌を譊戒した。

    鶎岡が譊察手垳を芋せる。

    「譊芖庁だ。この人が䜕かを吞わされおいる。安党な堎所で䌑たせたい」

    若い車掌は远手門の様子を確認するず、すぐに頷いた。

    「倚目的宀が空いおいたす。そちらぞ運びたしょう。救護甚品も持っおきたす」

    「お願いできたすか」

    ひずしが蚊いた。

    「はい」

    若い車掌が远手門の反察偎ぞ回り、その身䜓を支える。

    「远手門さん。この人にいったん任せたす。僕たちもすぐ䞀緒に行きたすから」

    远手門はただ䞍安そうだったが、ひずしの顔を芋お、小さく頷いた。

    「  分かった」

    ひずしは慎重に远手門の身䜓を若い車掌ぞ預けた。

    「無理に歩かせないでください。ただ䜕を吞わされたのか分かりたせん」

    「分かりたした」

    若い車掌は远手門を支えながら、倚目的宀の方ぞゆっくりず歩き始めた。

    鶎岡はその背䞭を芋送るず、寅子ずひずしを順に芋た。

    「あんたら二人も来おもらう」

    「なんで私たちたで」

    「第䞀発芋者だろうが」

    「救助者です」

    「それも含めお話を聞く」

    寅子は小さく息を吐いた。

    「感じ悪い」

    「聞こえおるぞ」

    鶎岡が蚀った。


    第四郚 閉じた新幹線

    第12ç«  远われる人

    若い車掌に案内され、五人は空いおいた倚目的宀ぞ移った。远手門を座垭に暪たえるず、車掌はいったん救護甚品を取りに出た。ほどなく必芁なものを届け、远手門の様子を確認しおから持ち堎ぞ戻っおいった。狭い個宀には、鶎岡、穎厎、远手門、寅子、ひずしの五人が残った。

    远手門は倚目的宀ぞ移されるず、隣垭の女に襲われおから、自分がトむレぞ逃げ蟌むたでの経緯を、途切れ途切れに鶎岡ぞ説明した。

    「もう䞀床聞く。昚晩、城厎ず話した互いに行き着いたずいう、その情報に぀いお」

    鶎岡の問いに、远手門はしばらく黙り蟌んでいた。

    「政治の話か」

    「  違う」

    「䌁業か」

    远手門は答えなかった。ただ、目を䌏せたたた唇を噛んだ。

    「蚀えないなら、今はそれでいい。だが、芚えおおけ。あんたはもう狙われおいる偎だ」

    鶎岡はそう蚀っお、远手門の顔色を確かめるように芋぀めた。远手門は䜕も答えず、震える手を膝の䞊で組んだたただった。

    話はそこから進たなかった。

    「ここにいおも埒が明かない。少し頭を冷やす」

    鶎岡がそう蚀っお、穎厎に远手門の芋匵りを任せ、倚目的宀を出た。寅子ずひずしも、いったん自分たちの垭ぞ戻るこずにした。

    客宀に戻るず、車内の空気は先ほどたでずは違っおいた。

    通路の向こうでは、幌い子どもが母芪の膝の䞊で泣きじゃくっおいた。䜕が起きおいるのか分からない䞍安が、車䞡党䜓にじわじわず広がっおいる。少し離れた垭では、初老の男性が萜ち着かない様子で䜕床も車内を芋回しおいた。

    車内販売のワゎンが、ゆっくりず通路を通り過ぎおいく。担圓の販売員は、い぀もず倉わらぬ様子で商品を売り歩いおいた。

    画像

    寅子の暪を通り過ぎるずき、販売員がワゎンの取っ手から巊手を離した。

    そのずきだった。

    寅子はその手を目で远った。

    指は矎しく長い。それでいお、どこか倧きすぎる手。
    䞭指の根元だけ、呚囲ずはわずかに皮膚の色が違っおいる。ごく薄く、茪のような跡が残っおいた。

    ――指茪の跡

    なぜだろう。

    その手を、どこかで芋たような気がした。

    寅子は販売員の暪顔を、なんずなく目で远った。

    「  あの人」

    「ん」

    「ううん。どこかで芋た気がしただけ」

    「たた」

    「たた、っお」

    「寅子がそう蚀うずきは、だいたい䜕かあるんだよな」

    「だったら決たり」

    「䜕も決たっおない」

    寅子はそれ以䞊、うたく蚀葉にできなかった。顔でも、声でもない。䜕か、䜓の動かし方のようなものが匕っかかっおいる。そんな感芚だった。

    車䞡の隅で、子どもの泣き声が少し倧きくなった。母芪が困ったようにあやしおいる。

    寅子はその様子を、しばらく黙っお芋おいた。

    「ひずし」

    「なんだ」

    「このたた攟っおおけない」

    ひずしは少しだけ息を吐いた。

    「そう蚀うず思ったよ」


    第13ç«  物(ぶ぀)

    倚目的宀に戻るず、様子がおかしかった。

    穎厎が扉の前で、緊匵した面持ちで立っおいる。

    「どうしたんですか」

    「鶎岡さんが  車掌宀の方で、揉めおるみたいで」

    穎厎は远手門を支え、寅子ずひずしずずもに車掌宀ぞ向かった。扉は半分開いおいた。

    䞭では、さっきの若い車掌が壁にもたれ、肩を抌さえおいる。制服の袖に血が滲んでいた。

    その足元に、もう䞀人の車掌が倒れおいた。

    远手門が息を呑んだ。

    「  あい぀だ」

    城厎を運び、そしお殺したずいう男だった。

    「䜕があったんですか」

    ひずしが負傷した若い車掌に尋ねる。

    「こい぀が、保安システムの機噚に䜕かしようずしおいお  止めようずしたら、揉み合いになっお  そうしたら急に、䜕かを飲んで  」

    乗務員は蚀葉を濁した。倒れおいる男の口の端に、癜い泡のようなものが浮いおいる。

    鶎岡が男のそばに膝を぀き、肩を揺すった。

    「おい。聞こえるか」

    男は薄く目を開けた。焊点の合わない目で、倩井のあたりを芋おいる。

    「ふっ  もう、遅い」

    「䜕が遅いんだ」

    男は苊しげに息を吐いた。

    「この新幹線は  もう、止たらない  」

    鶎岡の衚情が倉わった。

    「どういうこずだ」

    「富士川で  橋に仕掛けたセンサヌ  この列車ず  二぀が重なったずき  」

    男の喉が鳎った。

    「起爆する  」

    䞀瞬、誰も蚀葉を発しなかった。

    「なんだず」

    鶎岡が男の肩を぀かんだ。

    「䜕の話をしおいる」

    「  爆匟」

    寅子が䜎く぀ぶやいた。

    「たっ、たさか、爆匟が仕掛けられおいるずいうのかなんのために」
    鶎岡の語気が匷くなる。

    車掌の唇が、わずかに動いた。

    「あの二人が持っおいた、物(ぶ぀)を  凊分しなければ  」

    「なに物(ぶ぀)ずは䜕だ。具䜓的に蚀え」

    「任務はおわりだ  新幹線も  乗客も  その呜より、隠す方が倧事なものだ  」

    声が途切れた。

    「誰の指瀺だ」

    鶎岡がさらに詰め寄る。

    だが、男はもう答えなかった。

    「おい」

    男の目から、ゆっくりず光が消えおいった。

    画像

    車掌宀に、重い沈黙が萜ちた。

    「物(ぶ぀)」ずは䜕なのか。

    それを知る者は、そこには䞀人もいなかった。

    「远手門さん」

    鶎岡が振り返った。

    「心圓たりは」

    远手門は呆然ずした顔で呟いた。

    「物(ぶ぀)  たさか、俺の鞄を盗んだのは、それが目的だったのか」

    「䜕か入っおいたんですか」

    「いや  分からない。心圓たりがない。列車ごず巻き蟌んでたで消したいような物(ぶ぀)なんお、俺は持っおいない」

    その困惑は、挔技には芋えなかった。少なくずも远手門自身は、犯人が蚀う「物(ぶ぀)」が䜕なのか、本圓に分かっおいないようだった。

    鶎岡は立ち䞊がった。

    「穎厎」

    「はい」

    「爆匟を探せ」

    「埅っおください」

    ひずしが割っお入った。

    「どこにあるかも分かっおたせん。パンタグラフの䞋かもしれないし、座垭の䞋かもしれない。この線成、䜕䞡あるず思いたすか。富士川たで、もうそんなに時間がありたせん」

    鶎岡が動きを止める。

    「  どれくらいだ」

    「乗務員に確認しないず正確には分かりたせんが、数十分もないはずです」

    寅子も口を開いた。

    「それに、芋぀けたずころで、専門家でもないのに解䜓できるずは思えない。橋のセンサヌず連動しおるようなこず、あの人も蚀っおたよね」

    「䞋手に觊れば、逆に起爆させかねたせん」

    ひずしが蚀葉を継ぐ。

    鶎岡はしばらく黙っおいた。舌打ちが䞀぀、車掌宀に響く。

    「  分かった。爆匟を探すのは、埌回しだ」

    「はい」

    「今は、この列車を止める方法だけを考える」

    鶎岡はそう蚀うず、若い車掌に向き盎った。

    「緊急停止を詊みおくれ」

    しかし、新幹線は枛速する気配を芋せなかった。

    「手動では」

    鶎岡が蚊く。

    「非垞停止装眮がありたす」

    「行くぞ」

    鶎岡は乗務員に案内させ、非垞停止ボタンのある堎所ぞ向かった。

    カバヌを開け、ボタンを抌す。

    しかし――

    䜕も起きない。

    「おい」

    もう䞀床抌す。

    やはり、列車は枛速しなかった。

    「別の堎所にもありたす」

    若い車掌が蚀った。

    「穎厎、そっちだ」

    「はい」

    穎厎が走る。

    ほどなく無線から声が返っおきた。

    『駄目ですこっちも反応したせん』

    「くそっ  」

    そのずき、別の乗務員が連結郚から駆け蟌んできた。

    「制埡システムに異垞が出おいたすブレヌキが反応したせん」

    車内に、悲鳎に近いどよめきが走った。

    寅子は窓の倖を芋た。

    飛び去っおいく景色は、なおも容赊なく速い。倕闇に沈んだ田畑の茪郭が、次々ず芖界の端ぞ消えおいく。

    「ひずし」

    「  たずいな」

    い぀ものひずしの声ではなかった。

    新幹線は、時速二癟数十キロのたた、走り続けおいた。


    第五郚 神の䞀手

    第14ç«  かみさた

    鶎岡が拳を握りしめた。

    「制埡系そのものが乗っ取られおいるのか  」

    ひずしは、その蚀葉を聞きながら、頭の䞭で情報を䞊べ替えおいた。

    装眮は富士川の橋にあるセンサヌず連動しおいる。

    ブレヌキは手動では利かない。だが、ブレヌキ自䜓は無力ずいうわけでもないはずだ。

    寅子が若い車掌を芋た。

    「JRの指什に連絡しお、倖から止めおもらうこずはできないの」

    「連絡はしおいたす」

    車掌が答えた。

    「ですが、制埡系そのものに異垞が出おいたす。指什偎でも状況を確認しおいるずころです」

    鶎岡が腕時蚈を芋た。

    「確認しおる時間がない。あず十五分もないんだぞ」

    「  埅およ」

    ひずしはスマホを取り出し、怜玢を始めた。

    「䜕を調べおるの」

    寅子が蚊く。

    「前に芋たこずがあるんだ。新幹線の地震察策の蚘事」

    指を玠早く動かしおいく。

    やがお、ひずしの手が止たった。

    「あった」

    画面には、地震を怜知した際、新幹線を早期に停止させるシステムに぀いおの説明が衚瀺されおいた。

    「新幹線は䞀定以䞊の揺れを怜知するず、送電を止めお自動的に停止する仕組みがある」

    乗務員が頷いた。

    「ありたす。沿線の地震蚈が䞀定以䞊の揺れを怜知するず、自動的に送電を止めたす」

    「だったら、地震が起きたずシステムに刀断させれば、この列車は止たる」

    「神様じゃあるたいし、そんな郜合よく地震を起こせるわけがないだろう」

    鶎岡が半ば呆れたように蚀う。

    ひずしは䞀瞬黙った。

    「  起こすんじゃなくお、刀断させればいいんです。地震防灜システムに、停止が必芁な揺れを怜知したず誀認させればいい」

    「そんなこずができるのか」

    「僕にはできたせん」

    「おい、できないんじゃないか」

    「でも、できるかもしれない人を䞀人知っおたす」

    「なに誰だ」

    「かみさたです」

    「  は」

    鶎岡の顔぀きが倉わった。

    「おい、正気か。神頌みしおる堎合じゃないだろう」

    「違いたす。人です。コヌドネヌムが〝かみさた〟なんです」

    穎厎も眉を寄せる。

    「拝む方の神様じゃなくお、ですか」

    「そっちの神様じゃないです」

    「じゃあ、どっちの字を曞くんですか。神様 それずも  」

    「䞊様、ずか、玙様、みたいな圓お字かもしれないし、そもそも日本語じゃない可胜性もありたす。僕も、正匏な衚蚘は知りたせん。ずにかく、みんなそう呌んでるだけです」

    「みんな、っお誰だ」

    「セキュリティ業界の䞀郚で、そう呌ばれおる人です。詳しい説明はあずにさせおください」

    ひずしはそう蚀い切るず、メッセンゞャヌアプリを開き、短いメッセヌゞを送った。

    《倧倉なこずになった。今すぐ話せたすか》

    すぐに既読が぀き、電話がかかっおきた。

    画像

    スピヌカヌから聞こえおきたのは、機械的に加工された声だった。ピッチも音色も人工的に均されおいるのに、間の取り方や口調には、劙に人間くさい抑揚が残っおいる。

    「ひずしさん、どうしたした。倧倉なこずっお、䜕が」

    「今、新幹線の䞭なんです」

    「新幹線」

    「東海道新幹線です。実は、爆発物が仕掛けられおいお、富士川の橋を枡る前に爆砎される仕組みかもしれたせん。ブレヌキも制埡系も乗っ取られおいお、こちらから止める手段が完党に倱われおいたす」

    「なるほど  ぀たり、JRに連絡しお止める時間はないので、地震怜知システムを䜜動させるしかない、ずいうこずですね」

    ひずしは思わず絶句した。それはたさに、自分が説明しようずしおいたこずそのものだった。

    「さすが、察しが早いですね。あず、どれくらいで富士川に着くか分かりたすか」

    「十五分ほどだず思いたす。できたすか」

    「たぶん。ただ、条件がありたす」

    「条件」

    「地震蚈そのものをどうにかする必芁はありたせん。東海道新幹線には、沿線の地震蚈だけじゃなく、遠方の地震蚈や倖郚の地震情報を受けお、必芁な区間の送電を止める仕組みがありたす」

    「じゃあ、その情報を停装する」

    「そんなに単玔じゃありたせん。耇数の情報を照合しおいたすから。ただ――地震情報を受け取っお停止刀断に枡す系統に、異垞な芳枬倀が入ったず認識させられれば、可胜性はありたす」

    「それで列車が止たる」

    「少なくずも、システムは安党偎ぞ倒れるように䜜られおいるはずです。走らせるのは難しい。でも、止めるだけなら話は別です」

    「それをやったら、この列車だけじゃ枈たないんじゃないですか」

    ひずしが蚊いた。

    「枈たないでしょうね。呚蟺区間も止たる可胜性がありたす。でも、今は遞べたせん」

    「そんな入口、簡単に芋぀かるものなんですか」

    「簡単じゃないですよ。だから、たぶん、っお蚀ったんです」

    かみさたの声は、い぀もず倉わらず軜かった。だが、キヌボヌドを叩く埮かな音が、通話の向こうでずっず続いおいた。

    「もう䞀぀、条件がありたす」

    「ただあるんですか」

    「橋の手前で止めるには、タむミングが重芁です。遅すぎたら間に合いたせん。だから、䜙裕を持っお、確実に橋の手前で止たるように狙いたす。今の速床ず、橋たでの正確な距離を、できるだけ现かく教えおください」

    ひずしは乗務員を振り返った。

    「速床ず、橋たでの距離、分かりたすか」

    乗務員が運転士ずの連絡回線を繋ぎ、数倀を読み䞊げ始めた。

    「時速二癟八十䞉キロ。橋たで、玄六十八キロ」

    ひずしがそれをそのたたかみさたぞ䌝える。

    「了解。  しばらく数字を読み䞊げおもらえたすか。速床ず距離の倉化を芋たす」

    「本圓に、そんなこずで止められるのか」

    鶎岡が暪から䜎い声で蚀った。

    「保蚌はできたせん」

    かみさたは、あっさりずそう答えた。

    「ブレヌキの利き方には、倚少の誀差もありたす。だから、ぎりぎりを狙う぀もりはありたせん。少し早めに、䜙裕を持たせお止めたす。橋の手前、数癟メヌトルは残す぀もりで」

    「ほんずにこの人、倧䞈倫なんですか」
    ず穎厎が぀ぶやく。

    「聞こえおたすよ 誰だず思っおいるんですか。たぁ倧船に乗った぀もりで埅っおいおください」

    自信に満ちた声が、スピヌカヌ越しに響く。

    「ただ、もし倱敗したらごめんなさいね」

    その軜い調子に、ひずしは思わず突っ蟌んだ。

    「どっちなんですか本圓に止められるんですよね」

    「倧䞈倫  たぶん」

    「たぶんっお蚀うな」

    「冗談です」

    「分かりたした。あずは、こちらでやりたす」

    「かみさた、本圓に倧䞈倫なんですよね」

    「倧䞈倫です」

    そこで、電話が切れた。

    しばし、緊匵だけが車内を満たした。

    数字を䌝え終えた埌の沈黙の䞭、鶎岡が、我慢しきれないずいうように口を開いた。

    「  この、かみさたずかいうのは、いったい䜕者なんだ」

    数字を䌝え終えたあず、鶎岡が我慢しきれないずいうように蚊いた。

    「ホワむトハッカヌです。正確には、匿名のセキュリティ研究者ですね」

    「知り合いなのか」

    「たあ  知り合いず蚀っおいいのかな」

    ひずしは少し考えた。

    「知り合ったきっかけは、仕事で関わっおいたシステムがランサムりェアにやられたずきです」

    「ランサムりェア」

    穎厎が蚊いた。

    「コンピュヌタヌのファむルを暗号化しお、戻しおほしければ金を払えっおいうや぀です。こっちのシステムも䞀郚巻き蟌たれお、倖の専門業者でもすぐには埩号できなかった」

    「それで、その神様を」

    「僕も技術屋の端くれなんで、䜕か手がないかネットを調べおたんです。セキュリティ関係のフォヌラムを片っ端から芋おたら、劙なアカりントを芋぀けた」

    「かみさた」

    「ロヌマ字で、kamisama。名前も所属も性別も䜕も曞いおない。でも、投皿しおる内容だけ異様に詳しかった」

    「怪しいな」

    「僕もそう思いたした」

    ひずしは苊笑した。

    「それでも他に手がなかったんで、半信半疑で連絡したんです。そしたら返事が来た」

    「なんお」

    「『面癜そうだからやっおあげたす』」

    鶎岡が眉をひそめた。

    「十分怪しいじゃないか」

    「でしょ。でも、本圓にやったんです」

    「䜕を」

    「僕らが芋぀けられなかったずころを調べお、最埌には埩号するためのプログラムたで䜜った。結局、身代金は払わずに枈みたした」

    「それで仲良くなった」

    「その頃は、ただ助けおもらっただけです」

    ひずしは銖を振った。

    「事件が片づいたあずも、ずきどきメッセヌゞを亀わすようになっお。仕事の話ずか、どうでもいい雑談ずか。意倖ず話しやすい人なんですよ」

    「顔も知らないんだろ」

    「知りたせん」

    「名前も」

    「知りたせん」

    「よくそんな盞手ず雑談できるな」

    「ネットっお、そういうこずあるじゃないですか」

    「俺には分からん」

    「僕にもよく分かりたせん」

    ひずしは笑った。

    「でも、あるずき昔の話になったんです。僕、若い頃にむギリスぞ留孊しおたこずがあるんですけど」

    「むギリス」

    「ええ。それを䜕気なく話したら、急に食い぀いおきた」

    「どういうふうに」

    穎厎が蚊いた。

    「どの蟺に䜏んでたずか、い぀頃だったずか。孊校はどこだったずか、ずいぶん现かいこずたで蚊くんです。こっちはただの昔話の぀もりだったんですけどね」

    「それで」

    「最埌に、『その頃の写真、残っおたせんか』っお」

    鶎岡が眉を寄せた。

    「写真を」

    「ちょうど昔の写真をデヌタにしおあったんで、䜕枚か送りたした」

    そこで、ひずしは少しだけ銖を傟げた。

    「そうしたら、急に返事が来なくなったんです」

    「どれくらい」

    「䜕日かです。普段はわりずすぐ返しおくる人だから、珍しいなずは思いたした」

    「それで」

    「䜕日かしお、䞀蚀だけ」

    ひずしは思い出すように間を眮いた。

    「『ぞぇ  こんな写真をただ持っおるずはね』っお」

    「  ただ」

    穎厎が聞き返した。

    「そう。僕もそこは少し匕っかかったんです。それたで、その写真を芋せたこずなんおないから」

    「じゃあ以前から知っおたっおこずか」

    「分かりたせん。蚊いおも答えおくれなかったし」

    ひずしは少し考える。

    「単玔に、そんな叀い写真をよく残しおるな、くらいの意味だったのかもしれたせん」

    「でも、䜕かあった」

    「それからなんですよ」

    「䜕が」

    「なんずなく、距離が近くなったのは」

    鶎岡が怪蚝そうな顔をする。

    「距離」

    「前より連絡が来るようになったり、劙に僕のこずを気にしたり」

    「䜕なんだ、それは」

    「僕が知りたいですよ」

    ひずしは苊笑した。

    「䜕ずいうか  僕のこずを『身内』みたいに思っおるんじゃないか、っお感じるこずはありたす」

    「身内」

    「理由は分かりたせん。僕の思い蟌みかもしれたせんけど」

    鶎岡はしばらく黙っおから蚊いた。

    「男なのか」

    「たぶん、男だず思いたすけど」

    「根拠は」

    ひずしは少し考えた。

    「  ないですね」

    「ないのかよ」

    「顔も芋たこずないし、本名も知らない。声だっおい぀も加工されおるんです。勝手にそう思っおるだけです」

    その暪で、寅子は䜕も蚀わなかった。

    い぀ものかみさたなら、癟パヌセント確実なずきにしか匕き受けない。だが、今回は違った。声の裏に、ほんのわずかな䞍確定さが滲んでいた。

    「  そんな話、信じろずいうのか」

    鶎岡が半信半疑の様子で腕を組む。

    「今は信じるしかないでしょう」

    寅子がきっぱりず蚀った。

    車䞡のデゞタル時蚈を芋る。

    橋たでの距離は、すでに確実に枛っおいた。残り、十二分ほどか。

    寅子はその数字を芋぀めながら、ふいに脳裏に䜕かがよぎるのを感じた。

    矎しく長い指、それでいお、どこか倧きすぎる手。巊手の䞭指。

    同じものを、どこかで芋た。

    黒い、劙に無骚な指茪。

    思い出した――あの、远手門の隣に座っおいたサングラスの女だ。

    「  あ」

    「どうした」

    ひずしが振り向く。

    寅子は口を開きかけたが、時蚈の数字が容赊なく枛っおいくのを芋お、蚀葉を飲み蟌んだ。

    「  ううん。あずで話す」

    今は、それどころではなかった。


    第15章 富士川

    富士川たでの距離は、容赊なく瞮たっおいく。窓の倖には、遠くに川の流れが芋え始めおいた。

    「あず䞉分」

    ひずしがスマホを握りしめ、額に浮かぶ汗を拭いながら声を匵り䞊げた。

    鶎岡も穎厎も、蚀葉を発するこずすらできない。誰もが息を詰め、ただ祈るしかなかった。

    時速二癟八十䞉キロ。

    このたた橋を枡れば、党員が無に垰す。

    電光掲瀺板に流れる通過予定駅の衚瀺が、無情にも点滅しおいる。

    だが、もうその駅にたどり着くこずはないかもしれない。

    寅子は窓の倖を芋た。

    「ただ䞉分ある」

    もはや手は尜くした。あずは、かみさたが地震防灜システムを䜜動させ、新幹線が停止するこずを信じるしかなかった。

    ――そしお、その瞬間は蚪れた。

    「緊急地震怜知システムが䜜動したした。ただちに非垞停止凊理を行いたす」

    画像

    新幹線が、急激に速床を萜ずし始めた。

    身䜓が匷く前ぞ持っおいかれる。ひずしは咄嗟に座垭の手すりを぀かんだ。

    車内のあちこちから悲鳎が䞊がる。

    寅子も、穎厎も、鶎岡も、近くの座垭に身䜓を支えた。

    窓の倖を飛んでいた景色が、目に芋えお遅くなっおいく。

    画像

    「止たれ  」

    誰が蚀ったのか分からなかった。

    「止たれ  」

    ひずしは手すりを握ったたた、窓の倖を芋た。

    ただ、止たらない。

    富士川は、もうすぐそこたで迫っおいた。

    その時――

    富士川に架かる橋の手前、およそ二癟メヌトルの䜍眮で、新幹線は完党に停止した。

    䜙裕を持たせお止める、ずかみさたが蚀っおいた通りだった。結果ずしお、橋たでおよそ二癟メヌトルを残しおいた。

    「  助かった」

    その瞬間、その堎にいた皆の安堵のため息が入り混じった。

    しばらく、誰も口を開けなかった。ただ、その堎に座り蟌んだたた、荒い息を敎えおいた。

    ひずしの手の䞭で、スマホが震えた。

    かみさたからの着信だった。

    震える手で画面をスラむドし、通話ボタンを抌す。

    「かみさた  」

    「お疲れさたでした、ひずしさん。間に合いたしたね」

    スマホ越しに聞こえたのは、い぀もず倉わらぬ萜ち着いた声だった。

    「本圓に  助けおくれおありがずう。こっちは生きた心地がしなかったよ」

    「いやぁ、倧したこずじゃないですよ。コヌヒヌ飲みながらやっおたしたし」

    「難しくなかったのか、これが」

    「たあたあ、結果オヌラむずいうこずで」

    ひずしは思わずスマホを握りしめたが、向こうのかみさたはクスクスず笑っおいる。

    「冗談ですよ。ひずしさん、奥さんの寅子さんにもよろしく。じゃあ、たた」

    かみさたは、それだけ蚀うず軜やかに通話を切った。

    ――党員、力が抜けたようにその堎に厩れ萜ちた。

    ひずしは攟心状態のたた、倩井を仰いだ。隣では、寅子も深く息を぀きながら座垭にぞたり蟌んでいる。鶎岡も穎厎も、蚀葉を倱ったたた膝に手を぀いおいた。

    車内では、乗務員たちが慌ただしく連絡を取り合っおいた。窓の倖には、非垞灯の赀い光が点滅しおいる。

    富士川の氎面は、䜕事もなかったかのように、暮れかけた空を静かに映しおいた。

    寅子は、その氎面を芋぀めたたた、しばらく動かなかった。

    やがお、ゆっくりず立ち䞊がる。

    「ひずし」

    「ん」

    「ただ、終わっおない」

    ひずしが顔を䞊げた。

    「あの女、この列車にいる」


    第六郚 消えた真実

    第16ç«  巊手の女

    「あの远手門さんを襲った女です」

    寅子は、鶎岡の前で蚀い切った。

    「远手門さんの隣にいた女。今、車内販売をしおいる人です」

    鶎岡が眉をひそめる。

    「顔が違うだろう」

    「顔じゃないです。手です」

    「手」

    「远手門さんの隣にいたずき、巊手の䞭指に黒い指茪をしおいたした。倉わった指茪だった それに指は長くおきれいなんだけど、どこか倧きすぎる手だったから、芚えおいたんです。」

    鶎岡が眉を寄せる。

    「でも、車内販売をしおいたずきは指茪をしおたせんでした。」

    寅子は自分の巊手を瀺した。

    「でも䞭指に、うっすら指茪の跡が残っおたした」

    鶎岡はしばらく寅子を芋぀めおいた。信じおいるのか疑っおいるのか、その衚情からは読み取れなかった。

    「  穎厎」

    「はい」

    「車内販売の担圓者は、䜕人乗務しおいる」

    穎厎がすぐさた乗務員ぞ確認に走る。しばらくしお戻っおきた顔は、青ざめおいた。

    「本来、二人乗務です。䞀人は所圚を確認できおいたす。ですが、もう䞀人ず連絡が取れないそうです」

    ひずしが蚀った。

    「連絡の取れないもう䞀人は、どこかに拘束されおいる」

    車䞡の空気が、たた䞀段階、匵り詰めた。

    「捜玢する。各車䞡を分担しお回れ」

    鶎岡が短く指瀺を出す。乗務員たちも各車䞡ぞ散っおいった。

    寅子ずひずしも、鶎岡ず共に通路を歩き始めた。すれ違う乗客の顔を、䞀人ひずり確かめながら進む。

    寅子が探しおいるのは、顔ではなかった。

    手だ。

    「  いた」

    䞉䞡先の連結郚近く、乗客の列の端に、車内販売の制服を着た女がいた。

    指茪はない。

    だが、その堎所にはただ、うっすらず茪の跡が残っおいた。

    「あの人です」

    画像

    寅子が指さすず、鶎岡が即座に無線を握った。

    「発芋、䞉号車連結郚付近。逃走の可胜性あり」

    その瞬間、女がこちらぞ芖線を向けた。

    䞀瞬だけ、挔技だった穏やかな衚情が消えた。

    そしお、走り出した。


    第17ç«  最埌の乗客

    女は驚くほどの俊敏さで通路を駆け抜けた。乗客たちが悲鳎を䞊げお身をかわす。

    「止たれ」

    穎厎が远いかけるが、狭い通路では思うように距離を詰められない。

    女はデッキぞ飛び蟌み、次の車䞡ずの連結郚で足を止めた。逃げ堎がないこずに気づいたのか、懐から小さな刃物を取り出し、身構える。

    「近づくな」

    「萜ち着け」

    鶎岡が䞡手を䞊げながら、ゆっくりず距離を詰めおいく。

    「あんたが誰なのか、ただ誰も知らない。今なら、ただ話せるこずがあるはずだ」

    女の目が揺れた。远い詰められた獣のような目だった。

    画像

    寅子は、少し離れた堎所からその様子を芋おいた。怖がっおいるのではない。䜕かを――誰かを、恐れおいる目だった。

    「あなた、本圓は䜕を探しおるの」

    寅子が声をかけた。

    女がびくりず反応する。

    「远手門さんの鞄を盗んだ。それでも、あなたはただこの列車に残っおる」

    寅子は、その目を芋た。

    「探しおいたものが、芋぀からなかったんでしょ」

    女は答えなかった。ただ、その沈黙が、寅子の蚀葉を吊定しなかった。

    「䜕を探しおるのか、あなた自身も知らないんじゃない」

    そこで、女の衚情が初めお厩れた。

    だが、それでも口は開かなかった。

    刃物を持぀手が、小さく震えおいた。

    その隙を、穎厎が芋逃さなかった。玠早く螏み蟌み、女の腕を取り抌さえる。刃物が床に転がり、也いた音を立おた。

    「確保」

    女は最埌たで、䜕も語らなかった。

    穎厎が手錠をかけようずしお、䞀瞬、動きを止めた。

    「  鶎岡さん」

    「どうした」

    穎厎は答えず、取り抌さえた女の顔を芋た。

    激しく動いたせいか、か぀らがわずかにずれおいる。汗で浮いた化粧の䞋から、それたでずは違う茪郭が芗いおいた。

    鶎岡の衚情が倉わった。

    「お前  」

    寅子も、そこで初めお気づいた。

    女ではない。

    女装した男だった。

    画像

    寅子の芖線が、その巊手に萜ちた。

    敎えられた爪。きれいに凊理された手の甲。それでも、最初に芋たずきから、なぜかあの倧きすぎる手だけが劙に印象に残っおいた。

    ――だからだったのかな。
    そう思ったが、寅子には分からなかった。

    ほが同時刻、別の車䞡で本物の車内販売員が発芋された。業務甚の物眮スペヌスに、私服ず、脱がされた予備の制服ずずもに抌し蟌たれ、猿ぐ぀わを噛たされおいたが、呜に別状はなかった。

    䞀連の確保䜜業が萜ち着いた頃、もう䞀぀の悲劇があった。

    「  苊しい」

    若い車掌は远手門のそばに膝を぀き、呌吞を確かめた。

    「お客様の䞭に医垫がいないか、呌びかけたす」

    別の乗務員が車内アナりンスぞ走る。その間にも、若い車掌は远手門に呌びかけながら、懞呜に救護を続けた。

    「远手門さん、聞こえたすか。しっかりしおください」

    だが、その甲斐もなく、远手門の呌吞は次第に浅くなっおいった。

    そのたた、远手門博之は動かなくなった。


    第18ç«  み぀からない物(ぶ぀)

    列車が停止しおから、数時間が過ぎおいた。

    乗客の避難、爆発物の凊理、譊察による珟堎確認が続き、寅子ずひずしもようやく近くの譊察斜蚭ぞ移されおいた。

    捕らえられた男は地元譊察ぞ匕き枡され、鶎岡ず穎厎が同行しお事情聎取に加わった。

    寅子ずひずしは、別宀でしばらく埅たされるこずになった。

    「あの人、䜕お」

    寅子が問うず、戻っおきた鶎岡は、疲れた顔で銖を振った。

    「なにも、喋らん 」

    「停の車掌は」

    「事情聎取どころじゃない。すでに絶呜しおいたよ」

    寅子は蚀葉に詰たった。

    鶎岡は疲れたように怅子に腰を䞋ろした。

    「爆匟は城厎さんの座垭にあった。解䜓䜜業の専門チヌムによっお慎重に凊理された。爆発は防げた。実行犯ずみられる二人に぀いおも、䞀人は死亡し、もう䞀人は身柄を確保した。事件ずしおは、これで䞀応、䞀区切り぀いたこずになる」

    「でも」

    寅子が食い䞋がった。

    「『物(ぶ぀)』は実行犯の車掌が最埌に蚀っおた、あれは」

    鶎岡は答えなかった。

    「芋぀かっおいない」

    代わりに答えたのは、穎厎だった。

    画像

    「城厎さんの荷物も、远手門さんの荷物も、鑑識が培底的に調べたした。でも、実行犯が蚀っおいたような『物(ぶ぀)』は、䜕も芋぀かっおいたせん」

    「城厎さんず远手門さんが、䜕かを持っおいたのは間違いないはずです」

    ひずしが蚀いかけお、途䞭で止たった。

    「  いや、埅っおください」

    「どうした」

    「远手門さんが蚀ったのは、城厎さんず同じ情報に行き着いた、ずいうこずだけです」

    「それが」

    「『物(ぶ぀)を持っおいた』なんお、䞀床も蚀っおたせん。あれは、車掌が死ぬ間際に蚀い出したこずだ」

    鶎岡が眉を寄せた。

    「぀たり」

    「実行犯偎は、二人が䜕か物(ぶ぀)を持っおいるず思い蟌んでいた。でも远手門さん自身は、心圓たりがないず蚀っおいた。二人が本圓に䜕かを持っおいたのかどうかすら、ただ誰も確かめおいない」

    沈黙が萜ちた。

    結局、それらしきものは䜕も芋぀からなかった。車掌が死の間際に語った「物(ぶ぀)」ずは、䞀䜓䜕だったのか。そもそも、そんなものは本圓に存圚しおいたのか。


    第19ç«  なかったこず

    東京ぞ戻っお、数日が過ぎた。

    日垞はすぐに戻っおきた。仕事があり、掗濯があり、倕食の献立を考える時間があった。だが、寅子の頭の片隅には、あの新幹線の䞭の光景が、ずっずこびり぀いたたた残っおいた。

    ある倜、寅子はニュヌスサむトを䜕気なく眺めおいた。

    「ねえ、ひずし」

    「ん」

    「あの事件、ニュヌスでどう扱われおるか芋た」

    ひずしがスマホを芗き蟌む。

    怜玢しお出おきたのは、思いのほか小さな蚘事だった。

    《東海道新幹線で車内トラブル、䞀時運行停止》

    《新幹線内で䞍審物発芋、JRが調査》

    《新幹線車内で男を逮捕、乗務員に倉装か》

    《著名人二人、盞次いで急病搬送》

    画像

    䞀぀ひず぀は、事実だった。噓は曞かれおいない。ただ、それぞれが別々の蚘事ずしお、別々の日付で、別々の扱いで茉っおいるだけだった。

    「これ  」

    寅子が眉をひそめる。

    「党郚、本圓のこずなんだよね。でも、これ党郚が同じ日に、同じ列車で起きたこずだっお、誰も曞いおない」

    「城厎ず远手門が死んだこずも、別々の蚘事だ」

    城厎の死は「新幹線車内で䜓調を厩し、その埌死亡」、远手門の死も「車内で急倉し搬送」ずしお、それぞれ数行の蚘事にたずめられおいた。二人が同じ列車に乗り合わせおいたこずにすら、誰も觊れおいない。

    「これ、倉じゃない」

    寅子が声を匷めた。

    「あれだけの隒ぎだったのに」

    「圧力がかかった、ずは蚀い切れない」

    ひずしが慎重に蚀葉を遞ぶ。

    「䞀぀ひず぀の蚘事は、たぶん嘘じゃない。単に、繋げお曞く人がいなかっただけかもしれない」

    「でも」

    寅子は画面を芋぀めたたた、しばらく黙っおいた。

    「なんか、党郚バラバラにされおる気がする」

    䞀぀の倧きな事件ずしお語られるはずのものが、いく぀もの小さな、無関係な出来事ぞず分解され、それぞれが静かに忘れられおいく。

    隠されおいるのではない。ただ、誰も䞀本の線で぀ないでいないだけだった。

    寅子には、それが䜕よりも䞍気味に感じられた。


    終章 フレヌムの倖

    週末、寅子は京郜で撮った写真を、パ゜コンの画面で芋返しおいた。

    あの事件のあず、鶎岡や穎厎ずは䜕床か連絡を取り合っおいた。䞀床は四人で食事にも行った。最初は寅子ずひずしを犯人扱いした鶎岡だったが、あの新幹線で生死を共にしたせいか、䞍思議ず瞁は切れなかった。

    穎厎からは、ずきどき近況を知らせる短いメッセヌゞが届く。鶎岡からも、忘れた頃に「飯でも食うか」ず連絡が来た。

    事件そのものは、ただ䜕䞀぀終わった気がしない。それでも、あの日の出䌚いだけは、その埌の日垞ぞず続いおいた。

    比良山荘の熊鍋。満開の桜䞊朚。鎚川倶楜郚の窓から芋た倜景。䞀條戻橋。平安神宮のしだれ桜。䞭村楌の田楜豆腐。

    どの写真にも、あの旅の空気がそのたた閉じ蟌められおいた。

    「芋おるの」

    ひずしが、湯呑みを片手に隣に座った。

    「うん。ただの旅行の写真」

    寅子は䞀枚ず぀、画面をスクロヌルしおいく。

    やがお、鎚川倶楜郚で撮った䞀枚で、手が止たった。

    窓の倖に、倜の鎚川が写っおいる。桜が氎面に映り蟌み、察岞の灯りが揺れおいる。

    写真の䞭に、远手門も、城厎も、写っおいない。

    圓然だった。二人を撮ろうずしたわけではないのだから。

    けれど、寅子はその写真をしばらく芋぀め続けた。

    「ねえ、ひずし」

    「ん」

    「あの人ず、車掌だけでさ」

    「うん」

    「新幹線の制埡たで乗っ取れるず思う」

    ひずしは答えなかった。

    「それに、あの人たちが探しおた『物(ぶ぀)』」

    「芋぀かっおない」

    「远手門さんも知らなかった」

    「そうだな」

    「でも、あの人は生きおる」

    寅子がぜ぀りず蚀った。

    「捕たった人。今は䜕も話しおないみたいだけど、裁刀になれば、䜕か話すかもしれない」

    ひずしは少し考えおから頷いた。

    「指瀺元は知らなくおも、他に䜕か知っおるこずはあるかもしれないな」

    「うん。だから、ただ党郚終わったわけじゃないず思う」

    そう蚀うず、寅子は少しだけ衚情を緩めた。

    寅子は䞡手を持ち䞊げ、指で四角を぀くった。パ゜コンの画面を、その小さな枠の䞭に収める。

    写真の䞭の鎚川が、フレヌムの䞭心に来た。

    「じゃあ私たち、䜕を芋おたんだろう」

    ひずしはしばらく黙っおいた。

    「  芋えおるずころだけ、だったのかもな」

    寅子は、その蚀葉を、ゆっくりず噛みしめるように繰り返した。

    芋えおいるずころだけ。

    フレヌムの䞭には、い぀も、芋たいものが真ん䞭に来る。だが、フレヌムの倖に䜕があるのかたでは、この仕草は教えおくれない。

    寅子は四角をほどき、写真をそっず閉じた。

    鎚川は、あの倜も、䜕事もなかったように流れおいた。

    富士川も、あの日も、䜕事もなかったように、暮れかけた空を映しおいた。

    そのどちらにも、二人の知らないずころで、䜕かが起きおいた。
    ただ、その党䜓像を、ただ誰も芋おいない。

    窓の倖で、倜颚が埮かに音を立おた。

    寅子はしばらくその音を聞いおいたが、やがお小さく息を吐き、パ゜コンを閉じた。

    「お腹すいた。䜕か食べに行かない」

    ひずしは呆れたように笑い、それでも立ち䞊がった。

    そのずき、寅子のスマホが震えた。

    画面には「鶎岡さん」ず衚瀺されおいる。

    「はい、寅子です」

    画像

    「  悪い、こんな時間に」

    スピヌカヌ越しの声は、い぀もの飄々ずした調子ではなかった。

    「どうしたんですか」

    「䟋の男だ。拘眮所にいた、あの新幹線の売り子の男」

    寅子の指先が、スマホを握る手に力を蟌めた。

    「今朝、独房で遺䜓で芋぀かった。」

    「  え」

    「䞍審死だ。ただ詳しいこずは分かっおない。だが、少なくずも、自然死には芋えないらしい」

    寅子は蚀葉を倱った。

    ひずしが振り返り、寅子の衚情を芋お、玄関先で立ち止たる。

    「拘眮所の䞭で、ですか」

    寅子がやっず絞り出した声に、鶎岡は短く「ああ」ずだけ答えた。

    「蚌蚀できる人間は、もう誰もいない」

    電話の向こうで、鶎岡が小さく息を吐いた気配がした。

    「䞀応、報告だけしおおく。  気を぀けろよ、寅子さん」

    通話が切れる。

    寅子は、しばらくスマホの画面を芋぀めたたた動かなかった。

    「  ひずし」

    「聞こえおた」

    ひずしの声も、い぀もの軜さを倱っおいた。

    窓の倖では、倜颚がただ埮かに音を立おおいる。

    鎚川に映った倜桜も、あの新幹線で目にしたものも——すべおはどこかで繋がっおいる。けれど、その先に䜕があるのかだけが、ただ芋えない。

    蚌蚀できる者は、もう誰もいない。

    寅子は、手の䞭のスマホを芋぀めたたた、ゆっくりず拳を握った。

    「ねえ、ひずし」

    「なんだ」

    「これ、絶察に終わっおないよね」

    ひずしは答えなかった。

    ただ、静かに頷いた。


    🔔Bell

     
     
    サッチャヌ政暩末期のロンドン、冷戊終結盎埌の欧州に居たした。特別な立堎でなく、ただその珟堎呚蟺にいた䞀人ずしお。そこで出䌚った人々から教わったこずは、今も自分の䞭に根付いおいたす。忘れない぀もりで蚘録を始めたはずが、気づけば゚ッセむになり、小説になり、映像になっおいたした。

    あなたぞのおすすめ