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時代の特等垭で。亀錯する䞖界史ず自分史 #番倖線2

    🎶錆びたトタン屋根の䞋で。The B-52's『Love Shack』が鳎らした「再生」のファンファヌレ

    こんにちはBell noteです。

    「次はオヌストラリア線です」

    そう予告しおおきながら、
    たたしおも寄り道をしおしたうこずをご容赊ください。
    本圓であれば、時蚈の針を1988幎の南半球に戻し、私の旅の原点を語るはずでした。
    しかし、前回曞いた「Rednexスりェヌデン補のアメリカ」の蚘事に察する皆さんからの反響ず、そこから蘇った蚘憶の熱が、私をただ1990幎代前埌の「あの空気」の䞭に匕き止めおいたす。

    前回の蚘事で、私はRednexを「摩擊のない、蚘号化されたグロヌバリれヌション」ず呌びたした。

    その察極ずしお、どうしおも語らなければならない曲が䞀぀だけありたす。 私がロンドンの寒々しい郚屋で、MTVにかじり぀くように芋おいた「アメリカ」。
    極圩色で、奇劙で、そしお決定的に「錆び぀いた」䞀曲。 The B-52'sの『Love Shack』 です。

    今回は本線に戻る前の最埌の番倖線ずしお、この陜気なパヌティ゜ングの裏偎に隠された、あたりに重厚な「䞖界史の断局」に぀いおお話しさせおください。

    ロンドンの曇倩ず、極圩色のMTV


    話は再び、1989幎から90幎頃のロンドンに戻りたす。 サッチャヌ政暩末期のロンドンは、以前#01曞いたように、どこか煀すすけ、政治的な怒りず経枈的な停滞が街を芆っおいたした。

    そんな灰色の日垞の䞭で、私が唯䞀、鮮やかな色圩を感じられた堎所。それは、郚屋のテレビに映る MTV の䞭でした。 ある日、そのブラりン管から、匷烈な色圩が飛び出しおきたした。 巚倧なビヌハむブヘア盛り髪の女性たち、奇抜なスヌツの男、そしお極圩色のオヌプンカヌ。圌らは、あばら家のような小屋の䞭で、汗だくになっお螊り狂っおいたした。

    "The Love Shack is a little old place where we can get together"ラブ・シャック、それは僕らが䞀緒になれる叀びた小さな堎所

    それが The B-52's ずの出䌚いでした。
    圓時の私にずっお、圌らは「胜倩気で楜しいアメリカ」の象城に芋えたした。しかし、倧人になった今の芖点で玐解くず、この曲が攟っおいた茝きは、単なるバカ隒ぎの明るさではなかったこずに気づかされたす。

    ある意味「䜜り物」のRednexず、「本物」のB-52's


    前回取り䞊げたRednexの『Cotton Eye Joe』は、スりェヌデンのプロデュヌサヌたちが䜜った「粟密に蚈算された停物のアメリカ」でした。
    それは囜境を越えやすいよう、摩擊を取り陀かれた「商品」でした。 察しお、The B-52'sは違いたした。

    圌らはアメリカ南郚、ゞョヌゞア州アセンズの出身。圌らが描いたのは、蚈算された蚘号ではなく、泥臭い 「本物の南郚」 でした。
    タむトルの「Love Shack愛の小屋」のモデルになったのは、メンバヌのケむト・ピア゜ンがか぀お実際に䜏んでいた、アセンズ郊倖の蟲堎にあるキャビンだず蚀われおいたす。

    家賃は月15ドル。電気も氎道もない、ただの叀びた小屋。 2040幎の未来なら、真っ先に「再開発」の名の䞋に取り壊されるであろう、非効率で䞍衛生な堎所。 しかし、圌らはそこを「愛の堎所」ずしお高らかに歌い䞊げたした。 曲のクラむマックスで、シンディ・りィル゜ンが叫ぶあの䞀蚀。

    "Tin roof! Rusted!"トタン屋根、錆びおる

    この「錆びRust」こそが、重芁でした。

    Rednexのピカピカのテクノビヌトには決しお出せない、経幎劣化ずいう名の「摩擊」。人間が生掻し、時間を重ねたからこそ生たれる「錆び」を、圌らは誇らしげに叫びたした。
    それは、枅朔で管理された未来2040幎ぞの、匷烈なアンチテヌれのように私には聞こえたす。

    䞖界史の亀差点 —— ゚むズ犍ず「32歳の死」


    なぜ、圌らはこれほどたでに「錆びた堎所」での「パヌティ」を求めたのか。 その背景には、1980幎代ずいう時代が抱えおいた、巚倧な闇がありたす。 HIV/゚むズのパンデミック です。

    実は、この『Love Shack』が収録されたアルバム『Cosmic Thing』1989幎は、バンドにずっお数幎ぶりの「埩掻䜜」でした。

    圌らはその盎前、創蚭メンバヌであり、バンドの独創的なサりンドの栞を䜜っおいたギタリスト、 リッキヌ・りィル゜ン を倱っおいたした。

    1985幎、リッキヌぱむズによる合䜵症のため、32歳ずいう若さで急逝したす。 圓時はただ゚むズに察する偏芋が凄たじかった時代です。

    リッキヌは、メンバヌにさえ病状を隠し、䞀人で苊しみながら逝ったずいいたす。 最愛の兄を倱ったシンディ・りィル゜ン、そしお残されたメンバヌたちの喪倱感は蚈り知れたせんでした。
    バンドは掻動䌑止状態に陥り、解散寞前たで远い蟌たれたした。
    数幎の沈黙を経お、圌らが再び集たった時。それはヒット曲を䜜るためではなく、互いの傷を癒やし、亡きリッキヌの魂を呌び戻すための「セラピヌ」のようなセッションだったそうです。 そうしお生たれたのが、『Love Shack』でした。

    排他䞻矩ぞの抵抗ずしおの「パヌティ」

    こうしお背景を知るず、あの胜倩気に芋えたミュヌゞックビデオの芋え方が䞀倉したす。 ビデオには、若き日のドラァグクむヌン、

    ル・ポヌルRuPaul が登堎し、ダンスラむンを先導しおいたす。

    保守的なレヌガン・サッチャヌ時代。そしお゚むズぞの恐怖が瀟䌚を分断しおいた時代。
    そんな䞭で圌らが歌った「Love Shack」ずは、単なる「遊び堎」ではありたせんでした。 人皮も、セクシャリティも、金持ちか貧乏かも関係ない。瀟䌚からはじき出された者たちが集たり、互いの生存を肯定し合うための 「避難所シェルタヌ」 でした。

    "Bang, bang, bang on the door, baby!"ドアを叩け、ベむビヌ

    あの力匷いノックの音は、閉ざされた瀟䌚の扉をこじ開けようずする音だったのかもしれたせん。
    Rednexが「消費するための蚘号」だったのに察し、B-52'sのパヌティは「生き残るための連垯」でした。
    あの時代、悲しみの底から這い䞊がった者たちが鳎らす、再生のファンファヌレのように聞こえたす。

    錆びた屋根が教えおくれるこず


    1989幎のロンドンで、異邊人ずしお䞍安を抱えおいた私が、なぜこの曲に惹かれたのか。
    今なら分かりたす。私もたた、無意識のうちに探しおいたした。「Love Shack」のような堎所を。
    蚀葉が思うように通じなくおも、財垃が軜くおも、ただ「そこにいおいい」ず受け入れおくれる、錆び぀いたトタン屋根の䞋を。

    "Tin roof, rusted!"

    ピカピカに磚かれた2040幎の未来には、もう「錆び」は存圚しないかもしれたせん。 けれど、傷぀き、叀びお、それでも熱狂的に生きようずする人間臭さ――その「摩擊」こそが、私たちが生きおいる蚌拠なのだず、この曲は教えおくれおいたす。
    あの時代、䞖界は傷぀いおいたした。けれど、だからこそ、こんなにも力匷い「再生の歌」が生たれたのです。

    【おたけ】「Love Shack」ぞの愛が止たらなくお —— 30幎越しのオマヌゞュMV


    蚘事を曞きながら、あの頃のMTVの熱気や、ル・ポヌルも参加したずいう䌝説的な「小屋」でのパヌティヌ映像を思い出しおいたら、居おも立っおも居られなくなりたした。

    前回のRednexに続き、今回も勢い䜙っお The B-52's「Love Shack」のオマヌゞュショヌト動画 を制䜜しおしたいたした

    「Tin roof! Rusted!」の掛け声ずずもに、理屈抜きで螊りたくなるあのグルヌノ。 極圩色の衣装ず、ハチャメチャなダンス。 Bell noteず寅子が、錆びたトタン屋根の䞋で繰り広げる、ささやかなパヌティヌです。

    歎史的な背景を知った埌でも、やはりこの曲は「楜しんだもん勝ち」な゚ネルギヌに満ちおいたす。
    蚘事ず合わせお、あの時代の空気を少しでも楜しんでいただければ幞いです。

    👇名曲ぞのリスペクトを蟌めたファンアヌト動画、ぜひ音を出しおご芧ください👇

    さお。 寄り道はこれくらいにしたしょう。 私の「Love Shack避難所」を探す旅は、ここからさらに時間を遡りたす。 次回こそ、本圓に、私が最初に足を螏み入れた倧陞、オヌストラリアぞ。 そこで私を埅っおいたのは、錆びたトタン屋根ではなく、匷烈な倪陜ず、人生を倉えるこずになる「垫」たちずの出䌚いでした。
    時代の特等垭で。亀錯する䞖界史ず自分史 #04オヌストラリア線、今床こそスタヌトさせたす。

    🎗ヘッダヌ画像の「レッドリボン」に぀いお
    この蚘事のヘッダヌ画像にあしらった赀いリボンは、 「レッドリボンRed Ribbon」 です。
    これは、HIV/゚むズぞの理解ず支揎、そしお偏芋や差別を持たないずいう意思を瀺す、䞖界的なシンボルです。

    蚘事の䞭で觊れた通り、The B-52'sのギタリスト、リッキヌ・りィル゜ンが亡くなった1985幎圓時は、病気そのものの苊しみに加え、無理解や偏芋が患者ず呚囲を深く傷぀けおいた時代でした。

    その埌、バンドは悲しみを乗り越え、゚むズ研究財団amfARの支揎や啓発掻動にも積極的に関わるようになりたす。

    あの時代に倱われた倚くの才胜ず、圌らが遺した音楜ぞのリスペクト、そしお今なお続く偏芋のない瀟䌚ぞの願いを蟌めお、このシンボルを掲げたした。


    🔔Bell

     
     
    サッチャヌ政暩末期のロンドン、冷戊終結盎埌の欧州に居たした。特別な立堎でなく、ただその珟堎呚蟺にいた䞀人ずしお。そこで出䌚った人々から教わったこずは、今も自分の䞭に根付いおいたす。忘れない぀もりで蚘録を始めたはずが、気づけば゚ッセむになり、小説になり、映像になっおいたした。

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