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盛者必衰、再読——平家物語ず、監査の時代

    序章この蚘事を曞いおいる理由

    平家物語ずの出䌚いは、叀兞の授業ではありたせんでした。

    きっかけは矩兄です。

    圌は黒柀明の熱烈なファンでした。ずりわけ匷く残ったのは、『矅生門』ず『乱』でした。どちらも平家物語の映画化ではありたせん。
    しかしどちらにも共通しおいたのは——栄華の陰で秩序が厩れ、人々がそれぞれの「正しさ」を抱えたたた、時代の奔流に飲み蟌たれおいく——あの䞖界芳でした。

    その源流を蟿りたくお、私は平家物語ぞ行き着きたした。

    そこに埅っおいたのは、孊校の教科曞で習った「源平合戊の物語」ではありたせんでした。成功した人々が、なぜ倉化を芋倱うのか。誰もが合理的に振る舞っおいるはずなのに、なぜ時代そのものは別の方向ぞ流れおいくのか——人間ず組織をめぐる、きわめお珟代にも通ずる蚘録でした。

    以来、平家物語は私にずっお「時代が移る瞬間を蚘録した曞物」ずしお、折に觊れお読み返す曞になりたした。

    だから、先日ある蚘事を曞き終えたずき、頭の䞭にすっず浮かんできたのは、平家物語のある堎面でした。

    その蚘事は「善意が、思考を止める日——IFRSずいう鏡に映ったもの」です。

    ゚レベヌタヌで梅雚の話しかできなくなった人のこず、䌚議宀で「枛損の兆候が認められたす」ず告げられたこず、そしお「誰の悪意もない堎所で、誰も意図しなかった結果が静かに生たれおいく」ずいう感芚——この蚘事を曞きながら、ずっず頭の片隅に平家物語のある堎面がありたした。

    この蚘事は、その感芚を蟿り盎す詊みです。
    平家物語を時系列に沿いながら、察応する珟代の経枈事件ず、それを受けお蚭けられた監査・䌚蚈の芏制を䞊べおいきたす。
    平安末期の歊士たちの話であるず同時に、珟代を生きる私たち自身の話でもある、ず私は思い曞きたした。


    第䞀章頂点ず、批刀回路の封鎖

    平家物語より——祇園粟舎〜我身栄花巻䞀

    「祇園粟舎の鐘の声、諞行無垞の響きあり」

    祇園粟舎ずはむンドにあったお釈迊様ゆかりの寺院です。その鐘の音には、すべおのものは移り倉わるずいう真理が響いおいる、ずいう意味です

    平家物語はこの䞀文から始たりたす。物語が始たる前に、すでに終わりが告げられおいる。私がこの冒頭を読むたびに思うのは、これが「予蚀」ではなく「結論」ずしお眮かれおいる、ずいうこずです。

    平家は、最初から匷かったわけではありたせん。

    枅盛の先祖を蟿るず、桓歊倩皇の皇子たで遡るこずができたす。しかし䞭頃は郜の生掻からも遠ざかり、地方で现々ず生きる䞀族でした。枅盛の祖父・正盛の代になっお、ようやく䞭倮政界ぞ足がかりを埗た。

    物語は、そんな枅盛の若い日の゚ピ゜ヌドを䞁寧に描いおいたす。

    熊野詣での船に、倧きな鱞すずきが飛び蟌んできたこずがありたした。粟進朔斎——肉や魚を断っお身を枅める旅の最䞭でしたが、枅盛は躊躇わず、その鱞を自分で食べ、埓者たちにも振る舞いたした。「昔、呚の歊王の船に癜魚が躍り入った」ずいう叀い故事を匕いお、自らの刀断を正圓化しながら。芏則に瞛られるよりも、目の前の状況を読んで動く。その柔軟さが、この䞀堎面に凝瞮されおいたす。

    そしお枅盛は、倪政倧臣——朝廷における最高䜍の臣䞋——にたで登り詰めたした。

    䞀門の暩勢が頂点に達したずき、枅盛の矩匟・平時忠が蚀いたした。

    「この䞀門にあらざらん者は、皆人非人たるべし」

    この䞀族に属さない者は、もはや人間扱いされない——ずいう意味です

    傲慢に聞こえたす。しかしこれは傲慢ずいうより、ある皮の「認識の結果」ずしお語られおいるように芋えたす。平家は実際に暩力の頂点にいた。その事実が、この蚀葉を生んだ。成功が先にあり、この蚀葉はその蚌蚀でした。

    問題は、この蚀葉の埌に続いた出来事の方にありたした。

    枅盛は「犿童かぶろ」ず呌ばれる少幎たちを、䞉癟人、京の街に攟ちたした。髪を短く切り揃え、赀い盎垂を着た十四、五歳の少幎たち。圌らは京の街を歩き回り、平家ぞの批刀を拟い䞊げたした。誰かが平家の悪口を蚀えば、その家に乱入し、財産を没収し、六波矅平家の本拠地ぞ連行する。

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    その結果ずしお䜕が起きたか。物語はこう蚘したす。

    「目に芋え、心に知るずいぞども、蚀葉にあらはしお申す者なし」

    目で芋おわかっおいおも、心でおかしいず思っおいおも、口に出す者がいなくなった

    批刀の回路が、閉じたした。

    枅盛が批刀を匟圧したかったのかどうか、私にはわかりたせん。むしろ「䞀門の嚁信を守りたい」ずいう、組織ずしお理解できる動機が、ああいう制床を生んだのだず思いたす。

    しかしその結果ずしお——「これはおかしい」ずいう声が、届かなくなった。

    成功が、フィヌドバックの経路を閉じた。


    この堎面を読むたびに、私の頭に浮かぶのは、二十幎以䞊前のある出来事です。

    察応する経枈事件——゚ンロン2001幎

    ゚ンロンは、1985幎に蚭立されたアメリカの゚ネルギヌ䌁業です。デリバティブずITを組み合わせた革新的なビゞネスモデルで、党米第7䜍の売䞊高たで登り詰めたした。「最も革新的な䌁業」ずしお六幎連続で称えられ、経営者は時代の寵児ずしお扱われおいた。

    監査を担圓しおいたのは、アヌサヌ・アンダヌセンずいう䞖界5倧䌚蚈事務所の䞀角を占める名門の監査法人でした。䞡瀟の関係は十幎以䞊に及び、゚ンロンがアンダヌセンに支払っおいた報酬は監査ずコンサルティングを合わせお幎間玄1億ドル——今の感芚で蚀えば、癟億円を超える芏暡です。

    そのアンダヌセンの内郚で、䞭堅の監査担圓者が゚ンロンの䞍審な取匕を䞊叞に告発しおいたした。「この䌚蚈凊理は、荒っぜすぎる」ず。

    その声は、届きたせんでした。

    幎間1億ドルの報酬を倱うこずを恐れた幹郚たちが、その告発を握り朰したのです。

    「目に芋え、心に知るずいぞども、蚀葉にあらはしお申す者なし」——平家の犿童が生んだのず同じ状態が、アヌサヌ・アンダヌセンの内郚でも起きおいたした。

    ただし決定的な違いが䞀぀ありたす。犿童制床は、枅盛が意図しお䜜ったものでした。しかしアンダヌセンの内郚で批刀の声が消えたのは、誰かが意図しお朰したからではなかった。組織ずしお合理的に動いた結果ずしお——巚倧な収入を守ろうずした結果ずしお——そうなった。

    悪意ではなく、合理性が、フィヌドバックの経路を閉じた。

    2001幎12月、゚ンロンは経営砎綻したした。負債総額は310億ドルを超えたした。埓業員2䞇人以䞊が職を倱いたした。翌幎、アヌサヌ・アンダヌセンも解散したした。「䞖界5倧䌚蚈事務所」が「ビッグ4」になった瞬間です。


    察応する監査芏制——SOX法2002幎

    ゚ンロンずワヌルドコム同じくアンダヌセンが監査しおいた通信倧手で、2002幎に圓時史䞊最倧の倒産を蚘録を盎接の契機ずしお、2002幎7月、アメリカで「サヌベンス・オクスレヌ法SOX法」が成立したした。

    目指したのは「監査人が䌁業ず癒着できる構造」を壊すこずでした。CEOずCFOによる財務諞衚ぞの個人保蚌ず刑事責任、監査業務ずコンサルティング業務の分離、内郚統制の倖郚監査矩務Section 404——批刀の声が握り朰される構造を、制床ずしお防ごうずした。その方向性は正しかったず思いたす。

    ただ——SOX法が求める内郚統制の文曞化ず怜蚌は、膚倧なコストず工数を珟堎に求めたした。「䜕か問題のあるように芋えるこずは䞀切やっおはいけない」ずいう萎瞮が、別の圢の思考停止を生み始めた。

    批刀の声が届くようにしようずした制床が、今床は「刀断するこず自䜓がリスクになる」感芚を、別の堎所に育おたした。この反転は、この先の゚ピ゜ヌドでも、圢を倉えながら繰り返されたす。


    第二章内郚の声が、消えるずき

    第䞀章で倱われたのは「倖から届く批刀の声」でした。ここで倱われるのは「内偎から䞊がる諫蚀の声」です。そしおその消え方は、゚ンロンのように合理的な圧力によるものだけではありたせん。

    平家物語より——重盛の諫蚀ず死巻二〜巻四

    平家物語の䞭で、私が最も長く考え続けおいる人物は、枅盛の嫡男・平重盛です。

    重盛は、䞀門の䞭でほが唯䞀、父・枅盛に正面から異を唱えた人物ずしお描かれおいたす。

    最もよく知られる堎面は、埌癜河法皇の幜閉をめぐるものです。枅盛が埌癜河法皇を鳥矜殿に閉じ蟌めようずしたずき、重盛は父を諫めたした。
    泣きながら、ずも曞かれおいたす。私なりに蚳すずこうなりたす。

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    「朝廷に反くこずも、芪に背くこずも、私にはできたせん。この矛盟の䞭で私が遞べる道は、ただ䞀぀——出家しお、この䞖から身を匕くこずだけです」

    重盛の苊悩は、組織の䞭で良識を持぀者が必ず盎面するものです。
    䞊の刀断がおかしいず思っおいる。しかし䞊に逆らえば自分が排陀される。かずいっお黙っお埓えば、その刀断に加担したこずになる。その二埋背反の䞭で、少しず぀䜓を壊しおいく。

    1179幎、重盛は43歳で死にたした。

    物語はその死を静かに蚘した埌、すぐ次の展開ぞ進みたす。枅盛が埌癜河法皇を幜閉する。翌幎、以仁王が源氏に平家打倒を呌びかける。源氏が各地で挙兵する。物語の歯車が、明らかに速くなりたす。

    「内郚で異を唱えるこずができた唯䞀の人物」が早䞖した埌、䞀門を止める声は確かになくなった——ず物語は瀺しおいるように芋えたす。

    諫蚀する者がいなくなったずき、組織は止たれなくなる。


    この構造を芋るたびに、私の頭に浮かぶのは、二぀の事件です。

    察応する経枈事件——カネボり2005幎ず東芝2015幎

    カネボりずは、化粧品・食品・薬品・日甚雑貚を束ねた総合生掻䌁業ずしお、か぀お日本を代衚するブランドの䞀぀でした。

    2005幎、その実態が明らかになりたした。9期連続で実質的な債務超過状態にあったこず。粉食の総額が2,150億円に達しおいたこず。監査を担圓した䞭倮青山監査法人の公認䌚蚈士4名が逮捕されたした。監査人が被告垭に立぀——これは日本の䌚蚈史においお、前䟋のない事態でした。

    問題は「誰かが最初から䞍正を意図しおいたのか」ではなく、「なぜそれが9幎間続いたのか」にありたす。おそらく内郚では「これはおかしいのではないか」ずいう声があったはずです。「今期だけは」「この皋床なら」「来期には改善されるはずだから」——そういう小さな刀断の積み重ねが、幎を重ねるごずに匕き返せない堎所たで積み䞊がっおいった。

    重盛が早䞖しお枅盛を諫める者がいなくなったように——カネボりの内郚でも、「これはおかしい」ずいう声を届けられる経路が、い぀の間にか现くなっおいた。

    東芝の䞍正䌚蚈が発芚したのは2015幎です。7幎間にわたり、环蚈2,248億円の利益が氎増しされおいたした。

    こちらは少し異なる圢で、同じ構造が珟れおいたす。

    第䞉者委員䌚が指摘したのは「チャレンゞ」ずいう蚀葉でした。経営幹郚が「もっず利益を出せ」ずいうプレッシャヌを、この蚀葉で珟堎に䌝えおいた。問題は、その「チャレンゞ」が珟堎では「数字を䜜れ」ずいう意味に倉換されおいたこずず、誰もその倉換が起きおいるこずを経営幹郚に届けられなかった点にありたす。

    3代にわたる経営トップの掟閥構造が、内郚通報の経路を実質的に機胜䞍党にさせおいた、ず報告曞は述べおいたす。重盛が二埋背反の䞭で䜓を壊したように——東芝の珟堎も、おかしいずわかっおいながら、声を䞊げられない構造の䞭に眮かれおいた。

    諫蚀する者がいなくなった埌の平家が止たれなくなったように、その声が届かなくなった組織は、気づかないたた進み続けたす。

    䞭倮青山監査法人は埌に解散し、新日本監査法人は東芝ぞの監査で行政凊分を受けたした。


    察応する監査芏制——公認䌚蚈士法改正・J-SOX2006幎

    カネボり事件を受けお、2006幎、公認䌚蚈士法が倧幅に改正されたした。監査法人ぞの金融庁による監督が制床化され、品質管理䜓制の敎備が法埋䞊の矩務になりたした。同幎、金融商品取匕法J-SOXが成立し、䞊堎䌁業ぞの内郚統制報告曞の䜜成ず倖郚監査が矩務付けられたした。

    「おかしい」ずいう声が届く構造を、制床ずしお䜜ろうずした。その方向性は正しかったず思いたす。

    ただ、倖郚からの怜査が匷化されたこずで、監査法人の珟堎にも静かな倉化が起き始めたした。「指摘しなかったこずぞのリスク」が、「指摘しすぎるこずぞのリスク」を䞊回る環境が、少しず぀圢䜜られおいきたした。

    重盛ずいう諫蚀する者の空癜を、倖郚の仕組みで埋めようずした。しかしその仕組みが、今床は珟堎に別の重さを乗せるこずになりたした。


    第䞉章正しい刀断が、孀独になされるずき

    批刀も諫蚀も残っおいたずしおも、意思決定の過皋が内郚で共有されなければ、組織は同じ方向を向けなくなりたす。

    平家物語より——犏原遷郜巻五

    1180幎、枅盛は突然、郜を犏原珟圚の神戞垂付近ぞ遷すこずを決定したした。

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    この決断には、地政孊的な合理性がありたした。犏原は瀬戞内海の芁衝に䜍眮し、日宋貿易の拠点ずしお枅盛が長幎心血を泚いできた土地でした。長期的な芖点から芋れば、必ずしも荒唐無皜ではありたせんでした。

    しかし決定の過皋に、決定的な欠劂がありたした。内郚の合意が、なかった。

    公卿たちは突然の遷郜呜什に困惑したした。新しい郜の造営は䞍十分で、既存の建物を解䜓しお移築しながら䜏むような状態でした。そしお各地で源氏の挙兵が起きおいるさなかに——なぜ今、この決断なのか。その問いに答える蚀葉が、枅盛からは出おきたせんでした。

    「なぜ今か」が共有されないずき、珟堎は自分なりに意味を補完しようずしたす。それぞれが別の解釈を持ち、組織はバラバラに動き始める。

    遷郜からわずか半幎埌、平家は京郜ぞ戻りたした。

    決断の内容ではなく、決断の過皋が、組織を離反させるこずがある。


    この堎面を読んで私が思い浮かべるのは、1998幎に砎綻した日本長期信甚銀行の話です。

    察応する経枈事件——日本長期信甚銀行1998幎

    日本長期信甚銀行長銀は、1952幎に蚭立された名門の政策金融機関でした。䌁業に長期の資金を䟛絊するずいう特別な圹割を担い、日本の高床経枈成長を支えた䞀翌を担っおいたした。

    1988幎、長銀は䞍動産関連融資を䞀気に拡倧する経営蚈画ぞず舵を切りたした。この方針に慎重論を唱えた圹員は、たもなく関連䌚瀟ぞの出向を呜じられたした。

    翌幎から積極的な融資攻勢が始たり、バブルが厩壊するず、その融資の倚くが䞍良債暩化したした。

    ここから先に起きたこずが、犏原遷郜の構造ず重なりたす。

    長銀の経営陣は、䞍良債暩を長い目で凊理するずいう「蚈画的段階的凊理」のレヌルの䞊を走り続けたした。䞍良債暩凊理に必芁な額が玄8,000億円ず内郚で認識されながら、実際の凊理は玄6,000億円にずどめられたした。

    1998幎の提携亀枉で、スむス銀行が長銀の垳簿を粟査し、「必芁な凊理額は9,200億円だ」ず䞻匵したした。長銀が倖郚向けに「5,000億円」ず説明しおいた数字、内郚で認識されおいた「8,000億円」、スむス銀行が算出した「9,200億円」——䞉぀の数字が、それぞれの堎所で孀立しおいたした。

    「なぜこの数字なのか」ずいう問いは、どの堎所でも正しく共有されおいなかった。それぞれが自分なりに意味を補完し、それぞれの文脈で動いおいた。

    枅盛が「なぜ今か」を説明しないたた遷郜を決めたずき、公卿たちがそれぞれの解釈で混乱したように——長銀をめぐる数字もたた、共有されないたた、それぞれの堎所で別の意味を持っおいた。

    1998幎10月、長銀は䞀時囜有化されたした。最埌の株䟡は2円でした。


    察応する監査芏制——䞍正リスク察応基準2013幎

    東芝事件の発芚前幎、2013幎に「䞍正リスク察応基準」が日本の監査基準に加えられおいたした。

    それたでの監査は、䞻に「蚈算ミスや手続きミス誀謬を発芋する」こずを䞭心に蚭蚈されおいたした。意図的な虚停——䞍正——に察しおは別の考え方が必芁だ、ずいう認識から生たれた基準です。経営者ぞのより螏み蟌んだ質問、䞍正が疑われる堎合の远加調査、内郚通報制床が実際に機胜しおいるかの確認——そういった手続きが明確に求められるようになりたした。

    ずころが東芝事件はその翌幎に発芚し、これらの手続きが「トップからの圧力による組織的䞍正」の前では十分に機胜しなかったこずが明らかになりたした。

    ここに、今も答えの出おいない問いが残りたす。

    組織のトップが情報を歪めおいるずき、倖郚からそれを芋抜く構造的な方法は、ただ十分に存圚しない——ずいうのが正盎な実情です。

    この問いぞの答えが出ないたた、監査基準はさらに詳现になり、求められる文曞は増えおいきたした。手続きの増加が、問いそのものを芆い隠しおいくような、奇劙な感芚が残りたす。


    第四章問題を、芋えない堎所ぞ移すずき

    批刀も諫蚀も、意思決定の共有も倱われたずき、組織はやがお別の方法を孊びたす。問題そのものを芋えない堎所ぞ移すこずで、今日をやり過ごす——ずいう方法を。

    平家物語より——郜萜ちず忠床の別れ巻䞃

    源矩仲の䞊掛が迫る䞭、1183幎倏、平家は郜を捚おたした。安埳倩皇ず䞉皮の神噚を抱え、䞀門は西囜ぞ萜ちおいきたした。

    物語はこの「郜萜ち」の堎面を、静かな抒情で描いおいたす。

    忠床ただのりずいう人物がいたす。枅盛の末匟で、歊将であるず同時に圓代きっおの歌人でもありたした。郜萜ちの倜、忠床は銬を返し、歌人・藀原俊成の邞を䞀人で蚪ねたした。「䞖が静たったあか぀きには、勅撰集ぞの䞀銖なりずもお取り䞊げください」そう蚀い残しお、巻物を預け、倜の闇の䞭ぞ去っおいきたした。

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    経正぀ねたさずいう人物もいたす。枅盛の甥で、琵琶の名手でした。郜萜ちの前、仁和寺の埡宀皇族出身の高僧のもずを蚪ね、預かっおいた琵琶「青山」を返しにいきたした。「郜にいる間は栌別のお蚈らいをいただきたした」ず瀌を述べ、琵琶を眮いお去った。

    矎しいものを䜜り続けた人々が、それを携えお逃げるのではなく、眮いおいく。垰れないかもしれない、ずいうこずを、どこかでわかっおいたように芋えたす。

    問題は移動した。しかし消えおはいなかった。珟実を芋えない堎所ぞ移し替えるこずで、今日䞀日をやり過ごす——この構造が、平家の郜萜ちには芋えたす。


    この堎面を読んで私が思い浮かべるのは、1997幎11月のある蚘者䌚芋です。

    察応する経枈事件——山䞀證刞1997幎

    1997幎11月24日、山䞀證刞の野沢正平瀟長が、蚘者䌚芋の堎で泣きたした。

    「私らが悪いのであっお、瀟員は悪くありたせんから」

    野沢瀟長は、瀟長に就任しお初めお䌚瀟の深刻な実態を知った人間でした。自分が経営する䌚瀟が2,600億円を超える簿倖債務を抱えおいたこずを、瀟長宀に入るたで知らなかったのです。

    「飛ばし」ず呌ばれる手法がありたした。バブル経枈の厩壊で、顧客䌁業に倚額の損倱が出たした。「法人の山䞀」ず呌ばれた同瀟は、顧客ずの長幎の関係を守るために、その損倱を自瀟で肩代わりしたした。しかしその損倱を決算に蚈䞊するず、自瀟の財務が傷む。だから「飛ばした」——決算期の異なる別の䌚瀟に、埌で買い戻す玄束をしお転売し、垳簿から消した。

    「い぀か株䟡が回埩すれば、元に戻せる」。その楜芳が出発点でした。傲慢ではない。むしろ顧客ぞの誠実さから始たった行為でした。

    株䟡は回埩したせんでした。簿倖債務は金利が積み重なり、膚らみ続けたした。珟実は消えおいなかった。芋えない堎所に移されおいただけでした。

    忠床が藀原俊成の邞を倜半に蚪ね、歌集を預けお去ったずき——垰れないかもしれないずわかっおいながら、「それでもい぀か郜に戻れる」ずいう確信を手攟せなかったように。


    察応する監査芏制——䌚蚈ビッグバン1998〜2001幎

    山䞀砎綻を䞀぀の契機ずしお、日本は1990幎代埌半から「䌚蚈ビッグバン」ず呌ばれる䞀連の䌚蚈制床改革を実斜したした。

    栞心は「芋えない堎所をなくすこず」でした。連結決算䞻矩ぞの移行2000幎3月期から、金融商品の時䟡䌚蚈2001幎3月期から、キャッシュフロヌ蚈算曞の矩務付け2000幎3月期から——山䞀が䜿った「飛ばし」を制床的に䞍可胜にしようずした改革です。

    「芋えない堎所に問題を移す」こずぞの、正圓な凊方箋でした。

    ずころが——連結の範囲が広がるに぀れ、監査の察象も広がりたした。「芋えない堎所をなくす」ための制床が、「芋えるようにしなければならない堎所」を倧幅に広げた。監査の珟堎に求められる䜜業の量ず専門性が、急速に高たりたした。この流れの先に——珟代の監査法人の䞭間局流出問題の、遠い起点の䞀぀があるように、私には芋えたす。


    第五章最埌たで、正しさを疑わなかったずき

    批刀の回路が閉じ、内郚の声が消え、意思決定が孀立し、問題が芋えない堎所ぞ移されおいく——その果おに、組織は䜕に行き着くのか。自分たちの䞖界の正しさぞの、揺るぎない確信です。

    平家物語より——壇之浊巻十䞀

    1185幎3月24日、壇之浊。

    この日、平家は滅びたした。

    朮の流れが倉わり、源氏の軍勢が抌し寄せおきたずき、二䜍の尌——枅盛の劻・時子——は幌垝・安埳倩皇を抱きかかえお、海に向かいたした。

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    安埳倩皇は数え幎8歳でした。䜕が起きおいるのかわからなかったかもしれたせん。「どこぞ行くのか」ず問う垝に、二䜍の尌は答えたした。

    「波の䞋にも郜はさぶらふぞ」

    波の䞋にも、郜はありたすよ

    この蚀葉を、私は長い間「慰めの嘘」ずしお読んでいたした。幌い子どもを安心させるための、最埌の優しさずしお。

    しかし今は、もう少し別の読み方をしおいたす。

    二䜍の尌は、本圓にそう信じおいたのかもしれない。平家の䞖界こそが郜だずいう確信を、波の䞋たで持ち続けおいたのかもしれない。

    平家は、䜕床も倖郚からの譊告を受けおいたした。源氏の挙兵。富士川での敗走。䞀の谷での奇襲。しかしその郜床、「䞀時的な異垞」ずしお凊理し続けた。認識の構造そのものが、倉化を受け取る回路を閉じおいた。

    平家は傲慢だったから滅んだのではない、ず私は思いたす。

    平家は、自分たちの䞖界の正しさを、最埌たで疑えなかった。その確信が、倖郚からの信号を遮断し続けた。


    この堎面を読んで、私がすぐに思い浮かべるのは、2020幎のある䌁業の話です。

    察応する経枈事件——ワむダヌカヌド2020幎

    ドむツのオンラむン決枈䌁業ワむダヌカヌドは、フランクフルト蚌刞取匕所の䞻芁指数DAXに採甚されおいる優良䌁業でした。ドむツにずっお垌少なフィンテックの旗手ずしお、囜を挙げお期埅されおいたした。

    英玙フィナンシャル・タむムズが最初の䞍正疑惑を報じたのは2019幎1月のこずです。

    その報道に察しお、䜕が起きたか。

    ワむダヌカヌドの経営陣は「空売り勢力ず結蚗したメディアの攻撃だ」ず䞻匵したした。そしおドむツ金融監督庁BaFinは——その䞻匵を支持し、ワむダヌカヌド株の空売りを2ヶ月間犁止したした。さらに疑惑を報じおいたFTの蚘者に぀いお、垂堎操䜜の疑いで調査を開始したした。

    譊告を発した者が、逆に告発される。

    「波の䞋にも郜はある」ずいう確信が、経営陣だけでなく、監督圓局にたで広がっおいたように芋えたす。

    監査を担圓しおいたEYは、3幎間にわたっお銀行口座の残高を十分に確認しおいなかったず埌に報じられたした。2020幎6月、「玄19億ナヌロ玄2,300億円の珟金の存圚を確認できない」ず告げたこずで、すべおが厩れたした。6月25日、ワむダヌカヌド砎産申請。CEOが逮捕されたした。2021幎1月、BaFin長官が蟞任。2023幎、EYはドむツで2幎間の新芏監査犁止凊分を受けたした。


    察応する監査芏制——グルヌプ監査基準の改正2023幎

    ワむダヌカヌド事件も含む䞀連の倧型䞍正䌚蚈を受けお、日本では2023幎、「監査基準報告曞600グルヌプ監査における特別な考慮事項」が改正されたした。

    改正の栞心を䞀蚀で蚀えば、こうなりたす。「グルヌプの䞭に、芋えにくい堎所を䜜っおはならない」。

    改正前は、グルヌプ党䜓の芏暡から芋お「重芁性が䜎い」ず刀断された子䌚瀟や孫䌚瀟に぀いおは、より簡易な手続きで枈たせるこずが認められおいたした。改正埌は、この「芏暡が小さいから省略できる」ずいう発想がなくなりたした。芏暡の倧小にかかわらず、グルヌプ監査人はすべおの構成単䜍に個別に向き合うこずが求められるようになっおいたす。

    「波の䞋にも郜はある」ず蚀いながら芋えない堎所を攟眮しおしたう——その構造ぞの、制床䞊の応答です。

    しかし——「すべおの構成単䜍に個別に関䞎する」ずいうこずは、関䞎すべき察象が栌段に広がるこずを意味したす。その䞀方で、監査法人の珟堎では3〜5幎目の䞭間局が盞次いで䞀般䌁業ぞ転職しおいく珟象が続いおいたす。関䞎すべき察象は広がる。しかし関䞎を担う人材の厚みは、薄くなっおいく。

    この二぀が、同時に進んでいたす。

    そしおこの問題は、「善意が、思考を止める日」に曞いた、あの䌚議宀の堎面ぞず぀ながっおいきたす。


    終章内偎に残された者が、語るずき

    平家物語より——建瀌門院・倧原埡幞灌頂巻

    平家物語は第十二巻で実質的に終わりたす。しかし「灌頂巻」ずいう補巻がありたす。

    埌癜河法皇が、京郜・倧原の寂光院に萜ち延びた建瀌門院を蚪ねる堎面です。

    建瀌門院は、枅盛の嚘でした。安埳倩皇の母でした。壇之浊で海に入りたしたが、生き延びお、山深い倧原の寺で隠棲しおいたした。

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    埌癜河法皇が問いたす。䞀門の栄枯を、どのように経隓されたしたか、ず。

    建瀌門院は答えたす。仏教の「六道」——地獄・逓鬌・畜生・修矅・人・倩の六぀の䞖界——すべおを、私は䞀身に経隓したした、ず。栄華の頂点にいたこずも、滅亡を芋届けたこずも、䞀人生き残ったこずも、すべおが「六道」ずいう枠組みの䞭に収たっおいく。

    これは勝者による歎史の蚘述ではありたせん。内偎に残された者が、自らの䜓隓を語るこずで、初めお届く䜕かがある。

    建瀌門院は「平家が正しかった」ずも「間違っおいた」ずも蚀いたせん。ただ、それが起きた、ずいうこずを、静かに語った。

    語れる堎所にいたからではない。勝者の偎にいたからでもない。語るこずしか、残されおいなかった。それでも圌女は語った。語るこずそのものが、圌女の意志でした。


    「倉化を芋なくなる」ずいうこず

    ここで、もう䞀床だけ問い盎したす。

    平家は、なぜ倉化を芋なくなったのか。

    犿童制床は「批刀を聞きたくないから」䜜られたのではありたせんでした。嚁信を守ろうずした。その結果ずしお、批刀が届かなくなった。重盛は倉化が芋えおいた。しかし重盛がいなくなった埌、芋えおいた者もいなくなった。

    ぀たり問題は意志ではなく、構造にある。

    倉化を「芋なかった」のではない。倉化を「芋る構造」が、成功の積み重ねの䞭で、少しず぀倱われおいった。

    盛者必衰ずは、倉化を芋なくなった者が静かに衰えおいく話かもしれない。

    そしお——倉化を芋なくなっおいるこずに、気づけない。

    それが最も怖い。


    この蚘事を曞きながら、私は䜕床か手が止たりたした。

    「監査法人が悪い」ずいう話ではない。
    「IFRSが間違っおいる」ずいう話でもない。
    誰の悪意もない堎所で、誰も意図しなかった結果が静かに生たれおいく——その構造を蚀葉にしようずするずき、どこか加害者のいない犯行珟堎を蚘録しおいるような、奇劙な感芚がありたした。

    しかしそれでも、曞く、ずいうこずを遞びたした。

    わからないこずず、語るこずは、矛盟しない。
    建瀌門院がそうであったように——内偎にいる者だからこそ語れるこずがある、ず思っおいるからです。
    語るこずしか残されおいなくおも、語るこずそのものに意志がある。

    私自身もたた、その構造の倖偎にいるのかどうか、わからないたた——それでも、曞いおいたす。


    🔔Bell

     
     
    サッチャヌ政暩末期のロンドン、冷戊終結盎埌の欧州に居たした。特別な立堎でなく、ただその珟堎呚蟺にいた䞀人ずしお。そこで出䌚った人々から教わったこずは、今も自分の䞭に根付いおいたす。忘れない぀もりで蚘録を始めたはずが、気づけば゚ッセむになり、小説になり、映像になっおいたした。

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