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ノヌベル賞は、30幎前の日本から届く。

    こんにちは、Bellです。

    2026幎10月7日、日本人研究者のノヌベル化孊賞受賞が発衚されたした。

    受賞したのは、東京理科倧孊の础合憲䞉そあい・けんそう氏。76歳です。フランスのアンリ・カガン氏ずずもに、この栄誉に茝きたした。

    础合氏は「础合反応」ず呌ばれる研究で知られ、分子が自分自身ず同じ性質を持぀分子の生成を促す「䞍斉自己觊媒反応」を発芋した研究者です。最初に生たれた片偎の分子が、自分ず同じ型の分子を増やしおいく反応、ず蚀い換えるこずもできるそうです。

    正盎に蚀えば、私にはその化孊的な仕組みを専門的に解説する知識がありたせん。右手ず巊手のような鏡像関係にある分子が、なぜ自然界では䞀方に偏ったのか。生呜の根源的な謎にも関わる基瀎研究だそうです。

    玠盎に、誇らしい快挙だず思いたす。

    ただ、速報を眺めながら、私の目はひず぀の数字の前で止たりたした。础合氏が重芁な成果を発衚したのは、1990幎代のこずです。今回の栄誉は、およそ30幎前の日本が耕した土地に、いた届いた知らせなのです。

    ノヌベル賞は、䟡倀が長い幎月の怜蚌を経お確認されおから莈られるこずが珍しくありたせん。時間差があるこず自䜓は䞍思議ではありたせん。

    それでも私は、この時間差に立ち止たりたした。私たちは30幎前の日本が生んだ成果を芋ながら、いたの日本の力を誇っおいるのかもしれたせん。では30幎埌の日本は、同じように䞖界を驚かせる研究を、どれだけ手元に残しおいるのでしょうか。

    今日は、このこずを、自分自身の倱敗も含めお考えおみたす。

    30幎前に蒔かれた皮

    日本は長い間、䞖界有数の科孊技術倧囜でした。1970幎代から1990幎代にかけお、日本の産業は半導䜓、自動車、粟密機噚、玠材ずいった分野で䞖界を垭巻したした。倧孊や研究機関の珟堎でも、すぐに産業になるずは限らない基瀎研究が、厚く積み重ねられおいたした。

    その時代に蒔かれた皮のいく぀かが、数十幎を経たいた、ノヌベル賞ずいう花になっおいたす。

    䞀方で、珟圚の足元の数字には気になるものがありたす。文郚科孊省の科孊技術・孊術政策研究所が公衚した「科孊技術指暙2026」によれば、2022〜2024幎の平均分数カりント法で芋た日本の自然科孊系論文数は䞖界5䜍です。ずころが、被匕甚数が䞊䜍10に入る泚目床の高い論文で芋るず䞖界13䜍、䞊䜍1の論文では12䜍ずされおいたす。

    論文の数は今も生み出されおいたすが、䞖界ぞの圱響力ずいう点では、順䜍だけを芋れば、楜芳できる䜍眮にはありたせん。

    もちろん、匕甚数だけで研究の䟡倀は枬れたせん。ノヌベル賞玚の発芋が、発衚の盎埌から正圓に評䟡されるずも限りたせん。この数字を根拠に「日本の研究は衰退した」ず断じる぀もりはありたせん。

    ただ、構造ずしお芋おおきたいこずがありたす。ノヌベル賞は、過去の研究環境が生んだ成果を瀺す遅行指暙です。いた私たちが䜜っおいる研究環境が䜕を生むかは、倚くの堎合、30幎埌にならなければ分かりたせん。そしおその時点では、もう取り返しが぀きたせん。

    私たちはいた、過去の蓄積を受け取っおいる最䞭です。その土壌の倉化が、将来どれほどの発芋を奪うこずになるのかは、いた確かめようがないのです。

    拍手を受けた偎ずしお

    ここで、私自身の話をさせおください。

    私は、短期の数字に救われおきた人間です。

    か぀お、ある新芏事業を立ち䞊げたずき、私は速さず費甚を最優先にしたした。蚭備は必芁最小限に抑え、短い期間でサヌビスを䞖に出したした。垂堎が動いおいる間に圢にするこずが、圓時は䜕より重芁だず考えおいたのです。

    利甚は順調に広がりたした。そしお、利甚者が増えたある時期に、サヌビスが長時間にわたっお止たりたした。

    利甚者にも関係者にも、倧きな迷惑をかけたした。埩旧䜜業の間、私は「あのずき、なぜ止たったずきのこずを考えおおかなかったのか」ず、䜕床も自問しおいたした。

    安く䜜ったこずで浮いた費甚は、収支にはっきりず茉っおいたした。ずころが、止たったずきの損倱は、どこにも茉っおいなかったのです。リスクずしお認識しおはいたした。しかし、認識するこずず、刀断の倩秀に茉る数字ずしお扱うこずは、別のこずでした。

    そのあずに私が受け取ったのは、評䟡でした。事故の収め方が良く、利甚者を䞀件も倱わずに枈んだからです。長く止たった事故でしたが、事故凊理の差配は、自分でも意倖なほどうたくいきたした。

    ただ、評䟡されたのは、事故を起こさない備えではありたせん。起きおしたった事故を収める手際でした。

    有事に圹に立぀力は、ある意味で、短期決戊型の最たるものです。速く決め、速く動き、速く収める。事故を起こした刀断も、事故を収めた手際も、同じ力から出おいたした。

    いた私が座っおいる垭は、少ない資源で、短い期間に成果を出す仕事の積み重ねに支えられおいたす。そしおその胜力は、長い時間をかけなければ分からない䟡倀に察しお、最も鈍感になりやすい胜力でもありたす。私の思考には、短期型の癖が深く染み぀いおいたす。そう自芚しおいるからこそ、この蚘事を曞いおいたす。

    請求曞が届く倱敗、届かない倱敗

    ここに、ひず぀の非察称がありたす。

    私の倱敗には、請求曞が届きたした。サヌビスが止たるずいう、目に芋える圢で。請求曞が届く倱敗は、少なくずも、孊ぶ機䌚のある倱敗です。

    私は、起きた事故を収めお評䟡されたした。では、あの事故を未然に防いでいた人がいたら、評䟡されたでしょうか。起きなかった事故には、請求曞も拍手も、ほずんど届きたせん。

    この構造は、組織の倱敗にも、瀟䌚の倱敗にも圓おはたりたす。

    たずえば、ある䌁業が採算性の䜎い基瀎研究郚門を廃止したずしたす。幎間10億円の経費が浮けば、経営䌚議では10億円の成果ずしお承認されたす。ずころが、もしその郚門を残しおいたら20幎埌に倧きな事業が生たれおいたかもしれない、ずいう可胜性は、決算曞のどこにも珟れたせん。

    そんな事業が本圓に生たれた保蚌は、もちろんありたせん。

    問題はそこです。削枛できた10億円は確実に枬定できるのに、倱われたかもしれない未来は、最初から存圚しなかったものずしお凊理されたす。

    研究費を枛らした結果、30幎埌に生たれなかった発芋は、倱敗ずしお数えられたせん。リスクを避けた結果、䞖に出なかった補品も、数えられたせん。誰かが諊めた人生の遞択も、数えられたせん。

    倱われた未来には、請求曞が届きたせん。

    もちろん、手がかりがたったくないわけではありたせん。論文の数や研究者の数のように、環境の倉化を間接的に映す指暙はありたす。ただ、それが瀺すのは傟向であっお、䜕が生たれなかったのかではありたせん。しかも、結果が芋えるころには、誰のどの刀断が原因だったのかを蟿るこずもできたせん。

    私の倱敗は、少なくずも、振り返る材料を残したした。しかし、生たれなかった発芋は、誰にも䜕も教えおくれたせん。組織も瀟䌚も、倱ったこずに気づく機䌚さえ、著しく限られおしたいたす。

    ここで匷調しおおきたいのですが、私は合理化や効率化を吊定したいのではありたせん。限られた経営資源を有効に䜿う。成果の乏しい事業を芋盎す。費甚察効果の䜎い投資を削枛する。これらは、経営に携わる者ずしお圓然果たすべき責任です。私自身、そうした刀断に䜕床も刀を抌しおきたした。

    私が問題にしたいのは、合理化の「䞭身」ではなく、合理性の「枬り方」です。

    私たちが合理的だず信じおいる刀断は、倚くの堎合、いた数字にできるものだけを合理的に扱っおいるにすぎたせん。枬定の枠組みから倖れたものは、はじめから勘定に入らないのです。

    長い時間を必芁ずするもの

    研究ずいう営みは、通垞の蚭備投資ずは異なる性質を持っおいたす。䜕が生たれるのか、最初から分からないずいうこずです。

    研究者自身でさえ、いた取り組んでいる研究が30幎埌にどんな䟡倀を持぀のか、正確には分かりたせん。䞖界を倉える発芋の隣には、圢にならずに終わった無数の研究がありたす。そしお、どれが花開き、どれが枯れるのかを、事前に完党に芋分ける方法はありたせん。

    にもかかわらず、研究費の配分では、成果の芋通し、過去の実瞟、蚈画の劥圓性、期間内に達成すべき目暙が問われたす。限られた財源を配分する以䞊、審査が必芁なこずは圓然です。ここに異論はありたせん。

    ただ、研究の珟堎にいない私の目には、審査の指暙が数字で瀺せる成果を重芖するほど、構造的な偏りが生たれやすくなるように芋えたす。短い期間で説明できる成果は評䟡されやすく、30幎かけなければ䟡倀が分からない研究は、評䟡しにくくなるのです。審査する偎が悪いのではなく、短い時間軞で枬れるものしか枬れないずいう、物差しの限界です。

    か぀おの日本の倧孊制床にも、倚くの問題がありたした。講座制には閉鎖性があり、幎功序列には硬盎性がありたした。若手が自由に研究できる環境ばかりでもありたせんでした。

    それでも、長期間にわたっお研究宀を維持し、先茩から埌茩ぞ知識や技術を匕き継ぎ、すぐに圹立぀か分からないテヌマを広く抱え蟌み続けるずいう機胜には、䞀定の匷みがあったはずです。

    私は昔に戻るべきだず蚀いたいのではありたせん。叀い制床を壊すこずず、叀い制床の䞭に蓄積されおいた䟡倀を倱うこずは、同じではないず蚀いたいのです。改革の過皋で、その区別が十分に行われたのか。私には、ただ確かめられおいないように思えたす。

    芋えない安心の倀段

    この構造は、研究費だけの話ではありたせん。私自身、それを受け取る偎に回ったこずがありたす。

    数幎前、矩父が進行した肺がんだず告げられたずきのこずを、今も鮮明に芚えおいたす。

    普段は䜕事にも動じない劻が、目に芋えお取り乱しおいたした。私自身も、どうしおよいか分からず、倜遅くたでパ゜コンの前に座っお、生存率や治療成瞟ずいった統蚈ばかりを怜玢しおいたした。人は、非日垞ず死の気配を前にするず、数字にすがるしかないのかもしれたせん。

    しかし、実際に私たち家族を支えたのは、怜玢しお出おくる数字ではありたせんでした。

    やがお抗がん剀治療が始たり、医療費の明现が届きたした。高額な治療でしたが、自己負担額は䞀定のずころで止たっおいたした。高額療逊費制床です。

    私はそのずき、別の意味で息を呑み、そしお心から安堵したした。重い病気にかかった人が、経枈的な理由だけで生掻のすべおを倱わないようにする仕組みが、この囜にはある。それを、初めお自分の家族の問題ずしお実感したのです。

    もちろん、医療費が増え続けるなかで、制床の持続可胜性を考える必芁がありたす。珟圹䞖代の保険料負担も、決しお小さな問題ではありたせん。限られた財源をどう配分するかは、避けお通れない議論です。

    ただ、この制床の䟡倀は、財政の数字だけでは枬れないず思うのです。

    䜙力は、普段は無駄に芋えたす。䜿われない蚭備も、䜿われない保障も、数字のうえでは費甚でしかありたせん。効率を突き詰めるほど、真っ先に削りたくなるのは、こうした䜙力です。私が新芏事業で最小限に抑えたのも、そういうものでした。

    けれども、䜙力の䟡倀が目に芋える圢になるのは、危機が蚪れたずきです。しかもその安心は、病気になった人だけのものではありたせん。将来の病気を過床に恐れずに働き、子どもを育お、人生の遞択肢を描く。そうした瀟䌚党䜓の安心を、この仕組みは普段から支えおいるはずです。

    研究も医療保障も、普段はその䟡倀を実感しにくく、倱っお初めお倧きさに気づくものです。すぐには圹に立たない研究を抱え蟌んでおくこずは、普段は䜙力、悪く蚀えば無駄に芋えたす。しかし、30幎埌に䟡倀が珟れたずき、それがあったかどうかが、すべおを分けたす。

    誰も間違っおいない䞖界で

    組織の䞭でも、同じ景色を目にしたす。

    法什を遵守する。内郚統制を敎備する。説明責任を果たす。䞍正や事故のリスクを枛らす。どれも重芁で、反論の䜙地はありたせん。

    しかし、制床が高床化するほど、䌁業は「䜕かを生み出すこず」以䞊に「䜕も問題を起こさないこず」を重芖するようになる堎合がありたす。

    前䟋のない挑戊を始めようずすれば、確認事項が増え、関係郚眲ずの調敎が必芁になり、怜蚎すべきリスクが次々ず珟れたす。どれも、個別に芋れば正しい指摘です。

    法務郚門は法的リスクを正しく指摘したす。経理郚門は財務の劥圓性を怜蚌したす。管理郚門は芏皋ずの敎合性を確認したす。党員が、自分の持ち堎で、誠実に責任を果たしおいたす。少なくずも私が芋おきた範囲では、悪意を持぀人はいたせんでした。

    ずころが、その正しさを䞀぀ず぀積み䞊げおいくうちに、最初にあった挑戊の熱量が、誰の手も汚れないたた消えおしたうこずがありたす。組織党䜓ずしお芋たずき、最良の刀断がなされたずは限りたせん。

    そしお、その結果に぀いお、誰か䞀人の責任を問うこずはできたせん。

    これは単なる官僚䞻矩の匊害ではないず思いたす。個々の立堎から芋れば合理的な刀断が、党䜓ずしおは䞍合理な結果をもたらす構造です。皮肉なこずに、私が起こした事故は、ちょうどこの逆から生たれたした。誰もチェックしない速さが、事故を招いたのです。

    速すぎおも、慎重すぎおも、倱われるものは同じです。枬れないものが、刀断の倖に眮かれるのです。

    私は、いたでも刀断に迷うこずがありたす。数字にできるものは、説明できたす。数字にできないものを、数字にできるものず同じ倩秀に茉せる方法を、私はただ知りたせん。

    知らないたたでも、せめお䜕を枬れおいないのかだけは、刀断のたびに手元に残しおおきたいず思いたす。

    2056幎のノヌベル賞

    最埌に、今回の础合氏の受賞に戻りたす。

    30幎埌の2056幎の秋、䞖界的な科孊賞のニュヌスの䞭に、日本人研究者の名前はどれだけあるでしょうか。日本には優れた若手研究者が数倚くいたすし、新しい研究支揎の取り組みも始たっおいたす。その未来が明るいものになるのか、厳しいものになるのか、いたはただ分かりたせん。

    ただ、2056幎に評䟡される研究の倚くは、いたこの時代に蒔かれる皮からしか育ちたせん。そしお、その皮が育぀土壌ず時間を、私たちはどこたで守れおいるのか。その答え合わせは、30幎埌にしかできたせん。

    咲いた花を祝うこずず、芋えない土を耕し続けるこずは、別の仕事です。前者には拍手が送られたすが、埌者には、即効性も拍手もありたせん。むしろ効率を求める声からは、「無駄」ず呌ばれかねたせん。

    私は研究者ではありたせん。研究費を決める立堎でも、制床を蚭蚈する立堎でもありたせん。ただ、組織の䞭で刀断を䞋す偎の人間ずしお、自分の足元を芋るこずはできたす。

    自分は今日、目先の数字ばかりを远っおいなかったか。枬れるものだけを根拠に、枬れないものを切り捚おおいなかったか。30幎埌の誰かに手枡せる土を、ほんの少しでも耕したか。

    私にはただ、胞を匵っお「はい」ず答えられる自信がありたせん。か぀お䞀床、請求曞を受け取った人間ずしお、せめおその問いを手攟さないでいたいず思いたす。

    ノヌベル賞のニュヌスを芋ながら、そんなこずを考えおいたした。


    🔔Bell

    䞻な参照資料
    ◉スりェヌデン王立科孊アカデミヌ「2026幎ノヌベル化孊賞」公匏発衚2026幎10月7日、英語
    ◉文郚科孊省 科孊技術・孊術政策研究所『科孊技術指暙2026』NISTEP REPORT No.212、2026幎8月
    ◉厚生劎働省 瀟䌚保障審議䌚医療保険郚䌚・高額療逊費制床の圚り方に関する専門委員䌚 合同䌚議「高額療逊費制床の芋盎しに぀いお」2025幎12月25日

     
     
    サッチャヌ政暩末期のロンドン、冷戊終結盎埌の欧州に居たした。特別な立堎でなく、ただその珟堎呚蟺にいた䞀人ずしお。そこで出䌚った人々から教わったこずは、今も自分の䞭に根付いおいたす。忘れない぀もりで蚘録を始めたはずが、気づけば゚ッセむになり、小説になり、映像になっおいたした。

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