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足りないのは配分を間違えている

     「時間が足りない」「お金が足りない」「余裕が足りない」——足りない、は現代人の口癖である。
     そして足りないと感じた人は、増やそうとする。
     もっと働き、もっと詰め込み、もっと効率化する。だが在庫管理の世界には、古い格言がある。倉庫が溢れるのは、モノが多いからではなく、置き方が悪いからだ。
     あなたの人生も同じかもしれない。資源の総量ではなく、配分表が壊れている。そして配分の誤りは、増産では直らない。
     増やせば増やすほど、間違った場所に積み上がるだけである。

     この診断を裏づけるのが、経済学者センディル・ムッライナタンと心理学者エルダー・シャフィールの欠乏の研究だ。
     彼らが示したのは、欠乏が単なる状態ではなく、認知の様式を変えてしまうという事実である。何かが足りないと感じた瞬間、心はその対象に照準を絞る「トンネリング」を起こし、トンネルの外にあるもの——長期の計画、健康、大切な関係——が視界から消える。さらに欠乏は頭の処理能力そのものに課税する。インドのサトウキビ農家を収穫前(貧しい時期)と収穫後(豊かな時期)に検査すると、同一人物なのに、欠乏期の知能検査の成績はIQにして十数ポイントも低かった。
     足りないという感覚は、足りない資源を上手にやりくりする能力まで奪う。

     つまり欠乏の最大の被害は、資源の不足ではなく、配分能力の毀損なのである。

     では、正しい配分とは何か。
     ここで多くの人が金額の多寡を考えるが、データは別のことを言う。

     ブリティッシュコロンビア大学のエリザベス・ダンらの実験では、同じ金額でも自分のために使うより他人のために使ったほうが幸福度が上がった。
     ハーバードのアシュリー・ウィランズらの研究では、家事代行など「時間を買う支出」は、モノを買う支出より幸福への転換効率が高かった——にもかかわらず、実際にそう配分している人は少数だった。
     資源から幸福への為替レートは、使い道によって何倍も違う。
     私たちは、レートの悪い両替所に行列を作りながら、手持ちの少なさを嘆いているのだ。

     そして配分表の歪みが最も深刻なのは、時間の口座である。
     社会学者の生活時間調査が各国で示してきたのは、有償労働と無償労働を合算した総労働時間の偏りと、それ以上に「余暇の質」の格差だ。

     研究者たちが「汚染された余暇」と呼ぶ現象がある。
     ソファに座っていても、頭は夕食の段取りと明日の提出物を回している——バックグラウンド通信つきの自由時間は、帳簿上は余暇でも、実質は待機勤務である。細切れで、中断され、常に誰かの需要と隣り合わせの時間。
     この口座の持ち主が「私の要領が悪いから」と自分の能力を疑うとき、ムッライナタンの知見を思い出してほしい。欠乏があなたの処理能力を下げているのであって、処理能力の低さが欠乏を招いたのではない。因果の向きを、逆に記帳させられているのだ。

     配分の修正は、家計簿と同じ手順でやる。
     第一に、現状の記帳。一週間、時間とお金と気力が実際にどこへ流れたかを記録する。
     配分の誤りは、感覚では見えず、帳簿でしか見えない。
     たいていの人は、自分が最も大切だと言うものに、最も少なく配分している事実に驚くことになる。

     第二に、レートの高い項目への付け替え。
     ウィランズの知見に従えば、多少の出費で時間を買い戻すこと、ダンの知見に従えば、少額でも人との関係に使うことは、同じ資源からより多くの幸福を引き出す。

     第三に、トンネルの外に定期送金を仕組むこと。
     欠乏の渦中では長期的に大事なものが見えなくなるのだから、見えているうちに——健診の予約、友人との約束、休暇の確保を自動化しておく。
     視野が狭くなる日の自分を、視野が広い日の自分が守る設計である。

     足りない、という感覚は本物だ。
     だがその感覚が指す先は、たいてい間違っている。

      増やす前に、流れを見よ。穴の空いたバケツに注ぎ足す水の量を競っても、渇きは終わらない。人生の豊かさは所持金ではなく、送金先の一覧表に書いてあるのだから。


    帰って来た #逆説から考える生きることシリーズ
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    #オーディオブック #聞く読書 #音読 #朗読 #耳活

     
     
    https://note.com/big_hilo 世の中の綺麗事の裏側にある不都合な真実を言語化しようとする実験的note。幸福の土台は感情論ではなく冷徹な合理性にあるのでは!?そんな少し皮肉で限りなく自由なコラムを模索中。読後、あなたの常識が少しだけ書き換わるかもしれません。

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