
天高く、馬「恋うる」秋。
つぶらな瞳。
ぷにぷにの鼻先。
首筋をなでた時の、ぬくもり。
「乗馬」と縁のあった時期があります。
ほんの少しだけ。
乗っている時間より、
世話をしている時間の方が圧倒的に長く、
さほど、上達はしませんでした。
でも、かけがえのない時間でした。
無心で草をはむ。
ぼーっと、まどろむ。
突然、思い立ったかのように、疾走する。
乗る醍醐味もありますが、
人のコントロールから解き放たれ、
「自分の時間」をくつろぐ。
そんな姿をながめるのが、好きでした。
一頭一頭の性格や気質は、さまざま。
その厩舎にいた最年長の黒鹿毛は、
風格をたたえ、一目置かれていました。
栗毛の若駒は、やんちゃ。
過敏肌なのか、ブラッシングを全力で嫌い、
かみついてきます。
のんびりやの白毛は、
生まれたころから牛と一緒に放牧され、
自分も、牛だと思っているようでした🐮
ふだんは馬耳東風で、愛想のない芦毛は、
ポケットにニンジン🥕をしのばせていると、
ねだって甘えてくる「ツンデレ」タイプです。
まさに、「十人十色」ならぬ、「十頭十色」。
そして、かしこくもあります。
上級者が乗ると、シャキッと動くのに、
初心者だと、それ相応でね、という感じ。
ところが、鞭を持つと、少しシャキッとする。
でも、ほんの少しだけ。「それなり」にですが…
乗馬の世界で生きる馬たちの多くは、
もともと、競馬の世界にいました。
一説には、6〜8割が元競走馬だとも🐎
競馬を引退した後、セカンドキャリアとして。
あるいは、デビュー前に、活躍が見込めず、
乗馬用に転身してきた馬も少なくありません。
気性の荒いままでは、乗馬の世界になじまず、
「リトレーニング(乗用馬への再調教)」も。
それがうまくいかないと、
別な「運命」が待っていることも、
後になって知りました。
「馬七人三(うましちひとさん)」
そんな言い方があります。
実際に走るのは馬。
その馬が力を発揮しなければ、
よい結果は出せません。
馬の力を引き出すのは、騎手や乗り手。
「手綱さばき」が、成績を左右します。
人とのかかわりも、似てるかな。
そう感じます。
「馬なり」という言葉もあります。
手綱をゆるめ、馬に身を任せる。
そんな状態を指します。
この「馬なり」という言葉が、好きです。
馬の体温を感じながら、
「馬なり」に、どこまでも、どこまでも。
時には「馬なり」のように、
誰かに身をゆだね、ともに進む。
そんな瞬間があっても、いいのかも。
また、馬とかかわりたいな。
午年の今年、ふと思ったりします。
天高く、馬肥ゆる秋。
わが、脇腹も心配ですが、
それよりも、やはり、
天高く、馬「恋うる」秋、かな🐴