
不合理
ちばてつやが亡くなった
LINEはもはやインフラになったが
あまり積極的でなかったから
スタンプはほとんど購入していない
それでも例外としてあしたのジョーは持っていて
時折使っている
あしたのジョーを私が実際に読んだのは
連載が終わりもう40年が経とうとする頃で
2010年代に入っていて
東日本大震災を経て
まだ日本社会もその余波から浮上できずに沈んでいた時期だった
私があしたのジョーに惹かれたのは
中学を無事に卒業した伯父を教師が泣いて抱きしめて激励するくらい
祖父がとにかくでたらめな人物で
そこで育った母と生きてきたこととも無縁ではないように思う
ジョーが流れ着いた街として
描かれたのは東京の下町のスラムを思わせる風景で
私にはジョーとは違い
齧る親の脛があり
高等教育を受けられたから
私とは時代背景も境遇も全然違うけれど
社会の底で生きる人の抱える陰惨さには
祖父が呼び起こすトラブルを通じて触れていた
結果として父の稼ぎによりお金の苦労はしなかったけれど
生活が破綻するかもしれない恐怖はついて回った
そうした渦中にありながら当の本人は蒸発してしまい
災いだけが遺されて
そのことは私の思春期を大きくゆさぶった
私は参列者のなかで
最も祖父を疎んでいたように思うが
棺から遺稿を拾い上げ
葬儀とその後を通じて
おそらく誰よりも彼について考えることになった
あしたのジョーのヒロインといえば
まず浮かぶのは白木財閥の令嬢である葉子だろうが
実はもう1人いる
少年院上がりのジョーと西を受け入れた林商店の娘として
身近で見守るのりちゃんこと紀子
ジョーと彼女は惹かれ合う
しかし拳闘に身を燃やし尽くそうとするジョーの理想を聞いて
ついていけないと悟り身を引く
彼が本心を打ち明けたデートの終わりに
これまでどおり差し入れを持っていくと告げながら
さようならの言葉のあとの闇夜の余韻に一人ジョーは残される
そしてのりちゃんと西が結婚するが
その宴席で不躾な口上を述べるジョーに
それを聞いていたのりちゃんの冷ややかな目つきは強烈だ
私自身も
別れ話のさなかで婚約者の弁明を聞いていたとき
彼女とは到底分かりあえないと感じて
電話越しのやり取りながら同じような目をしていたような気がする
ちばてつやの描く表情は
これまでに読んだどんな漫画よりも
私の記憶に灼きついて離れない

アレクサンドル・ソクーロフのファウストという映画がある
ゲーテのファウストを原作としながら
全体的にどことなく気味の悪い映像が続く
それらにはいまひとつ感情移入はできなかったが
ラストシーンの荒唐無稽な光景は
人間のわけのわからない意志の力が画面いっぱいに放たれていて
欲望そのものを描写していたはずなのに
胸を打たれてしまった
自分でもわけがわからない
説明が難しいながらも大切な一本だが
奇しくも私があしたのジョーを読んだのと
そこまで遠からぬ時期に触れて
最後の情景からは
不合理にはみ出していく熱を感じていたような気がする
どうやら
私にも世間からこぼれおちて昭和を生きた祖父の血が流れているらしい
