
間違いやらデマやら
ずいぶん前のことだが、友人の息子さんの結婚式に出席した。そのとき、ひとりの男性がスピーチで坂村真民に触れていた。その男性は坂村真民の名前の読みを「さかむらまさたみ」と言っていた。私はずっと「しんみん」だと思っていたので、ああ、ほんとは「まさたみ」が正しいのかと、ちょっと驚いたのだった。
ところが、後で調べたら「しんみん」が正しかった。この記事を書くに際し、確認のためにウィキペディアをあたったら、
『坂村真民(さかむらしんみん、1909年1月6日 ―2006年12月11日)は、日本の仏教詩人。本名昂(たかし)』
という一文があった。スピーチの男性は間違っていたのだ。
大勢の前で「まさたみ」と言っていた男性、何を根拠にしていたのだろうか。スピーチで堂々と言うほどだからよほどの確信があったのだろうけど。
たしかに「まさたみ」と読めるし、いかにももっともらしく聞こえる。男性は、「しんみん」はペンネームで、本名が「まさたみ」と思っていたのかもしれない。しかし、ペンネームはともかく本名は昂(たかし)だ。
『日本史&世界史並列年表』(PHP研究所)によれば、地動説を唱えたガリレオ・ガリレイは1633年に異端審問にかけられ、有罪判決を受けてやむなく地動説を捨てた。
そして、そのとき言ったとされている名文句、「それでも地球は回っている」は、じつは後世の創作にすぎないという。つまり大嘘だったのだ。
そして、その後350年もたった1983年、ローマ教会が誤りを認めて謝罪した。そして、それからさらに10年近くたった1992年、教皇ヨハネ・パウロ二世により、ガリレオの名誉が回復されたのだという。
それにしても、350年もたってから謝罪とは、律義なのかなんなのか、驚いたり感心したりだ。あの世で悔し涙を流していたであろうガリレオにしてみれば「いまごろ何を言ってやがる」というところだろう。
独身時代に、「凡筆堂の相手は一人娘で、凡筆堂は長男で家を継がなければならないから、結婚の話は流れたんだとさ」という噂が流れていたことがある。友人が私に「ほんとかい」と問うて判明した。
びっくり仰天だった。まったくのデマであり、そんな事実はなかった。いったいどこの誰が、何を根拠に、なんのために流布したのか。間違いなのか意図的なのか。
これまたずいぶん前だが、長男が生まれる数日前に、隣保班の班長が拙宅を訪れ、「子供が生まれたそうだが、班としてのお祝いの品を決めなけりゃならない。男の子か女の子か、どっちかね」と訊ねられた。
どこをどう伝わって班長の耳に入ったのか知らないが、私と同姓のお宅で出産があり、その話が混線して伝わったのだった。
まだ生まれていませんよ、という私の言葉に班長は驚き、生まれたら教えてくれと、苦笑いしながら去ったのだった。
スピーチで「まさたみ」と呼んだ(読んだ)男性、その後友人か誰かが指摘してくれていればいいが、そうでなければその後も「まさたみ」と言い続けているだろう。実害はないだろうけどちょっと気の毒な気もするし、ややもすると「まさたみ」派が増えていくこともあり得る。
それにしても、そんな確信を持つほどに「まさたみ」を信じた経緯を知りたいものだ。