
本棚発掘記⑥ 『風月夢夢』――静けさと熱狂のあいだ
私は、好きなものを説明するのが難しい。
何が好きで、何を書くのか。
何が刺さるのか。
色々複合で存在する。どれも大事で好きで。
どれを語らせても一ページたっぷり欲しい。
今後それもバレてきそうな癖だが(笑)。
その萌芽がここにあったという話で。
風月夢夢 秘曲紅楼夢 藤水名子さん。
https://booklog.jp/users/bookcat96/archives/1/4620106208
中国を舞台にした恋愛活劇ロマンを得意として登場され、今は江戸ものを多く上梓なさっておられる作家様だ。
正直なことを言ってしまえば、私は中国ものが苦手だ。読めない。
興味はあるというのに。
水滸伝も三国志も、封神演義もコケて、お恥ずかしいが読めていない。
それでも読書家か。
ごもっともである。
唯一、読まねばならなかったのは、漢詩であって。
昭和女子大学の国文に学んだ時は、中国文学が必修だった。
文法は苦手だったが、これは好きだった。
春の雨の中、酒家を探す旅人。紅い旗に緑が染み、遥かに杏の花が香る村。
夜半に一人傾ける酒杯に月光。
惜別を交わす友。
柳色にこころをよそえ、紅を差し、夫を想う女の嫋々たる姿。
そして長恨歌。
これらを先生のお導きで、おぼつかなくどうにか読んだ。
「桃の色の紅は、あなたがお召になっているお洋服のような色よ」
「ご趣味は?」
「漢詩を少々、と言えたら、皆さん素敵でしょう」
温顔で述べられた、まろやかなお声を、今も忘れない。
その後、もっと読みたいのにと思い思いしつつ、卒業してからは苦手が勝って、漢詩からも離れていた。
唯一、中国文学に尻尾を残していた接点。
それが藤水名子さんの中国ものの小説だった。
寝ても覚めても。
という表現が当たるような感じで、むさぼり読んだ。
剣戟があり、無頼の徒がいる。
美しく強い女がいる。
柳が揺れ、流水がゆく。雑踏と闇がある。
因縁があり、敵がいる。
いい格好もしない。欲望に忠実で、血が熱い。
冒険と恋と、せつなさと。
これもまた、私を熱狂させた。
「中国神武伝奇シリーズ」
「開封死踊演武シリーズ」
「あなたの胸で眠りたい-長安遊侠傳-」
は、もう一度手元に置きたいくらいで。
ともかくも、追いかけて読んだ。
そして、そこから今一度私は、漢詩を眠れぬ折に読み始めた。
図書館の本を読む事が多い私が、漢詩は手がかかるためにKindleで買った。
とても二週間などで、さっと読むような読書ではないからだ。
「浸りたくなったら、往く」と形容する方が正しい。
本に待ってもらうかたちの、読書で。
端から読了を目的にしていない。
玉壺の底には、氷心とともに。
水越しに覗かなければ見えない長安や竹林が視える。
楓橋夜泊の静謐を、心ゆくまで愛おしんだ。
不思議なもので、それだけを読んでいると、物足らなくなる。
藤水名子の描く、人間の体温が立ち上がる浪漫が、たまらなく欲しくなる。
そんなふうに私は、「風月夢夢 秘曲紅楼夢」を読んだ。
こういうことは珍しいが、筋を殆ど覚えていない。
ただ、やっぱり藤水名子はいい、と吐息をついた。
他に何も借りずに一度「紅楼夢も読むか」と決めたのは覚えている。
静けさと、芯から揺さぶられるような恋と戦いの両方を、ともに愛してやまない、という事実を、そこで見つけた。
向かい合ったルビンの壺の顔のような、私の両面。
それでは、説明など容易く出来るはずもないのだ。