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待つ時間|掌編小説・シロクマ文芸部


    待つ時間、ひとりきりだった。
    病室の中、光のない海の底をただよう深海魚のようにぼんやりと過ごす。


    息が苦しい。
    こんなはずではなかった、と思う。
    いつの間にこんな暗い所まで来てしまったのだろう。
    細くなった手足をさすり、ただひたすら痛みに耐える。
    いっそこの光も届かぬ場所で、溺れて死んでしまいたい。


    どこの神様か知りませんが、
    いるなら今が救いどきじゃないんですか?


    眼の前に広がるのは真っ暗な海の底。
    これは受け入れられぬ。
    ぎゅっと目をつぶる。

    誰も自分のことを覚えていない世界線へ行きたい。
    泡のように消えてしまえたらそれで。



    「センパイ」


    バカ丸出しの声が響く。
    この世のものとは思えない。


    「せっかく見舞いに来たんだから、
    売店でアイスでも奢ってくださいよ」

    別のバカの声もする。
    なにがアイスだ。

    さながら深海に迷い込んできた、
    赤と黄色の小さな金魚。
    この海の底には似つかわしくない。

    早く帰れよ。
    ここはお前らがいていい場所じゃない。

    「せっかく来たのにつれないっすね」


    2匹の鮮やかな金魚は
    深海でほぼ屍と化した身体にまとわりつく。

    涙が滲む。
    待ってなかった。
    待ってなかったのに。


    「待ってたくせに」


    頭の中が真っ白になる。
    もうなにも考えてはならないのに。


    「センパイ。」


    額に押し当てられる温度の高い唇。
    指先から熱を失っていく。
    袖口からは甘いバニラの匂い。

    なにが大丈夫なものか。
    ちいさな真珠が海底にこぼれ落ちる。


    待ってない。
    待ってないのに。



    ↓




    【あとがき】
    この話は、ひとつの場面をいくつかの物語として読めるように書いています。

    例えば、
    病室で、弱った人のもとへ二人がお見舞いに来た話。
    捕らわれ、傷つけられた人のもとへ二人が助けに来た話。

    「見舞い」「売店」「アイス」も、どの世界でも成立するように置いています。細かい言葉にも、いくつか別の意味を忍ばせました。

    また、登場人物の性別は意図的に書いていません。
    主人公も、赤と黄色の金魚も、読む人それぞれに自由に思い浮かべてもらえたらと思います。額にキスをする人との関係も、恋人でも、友人でも、もっと名前のつかない関係でも。

    もしあなたがこの物語からストーリーを思い浮かべたなら、どんな小さなことでもコメントで聞かせてもらえたら、とても嬉しいです。

    「待ってたくせに」は、誰のセリフだと思われましたか?
    「なにが大丈夫なものか」は、誰に向けた言葉だと感じられたでしょうか?

    この物語が、読んでくださった皆さまそれぞれの「待つ時間」になれば幸いです。



    シロクマ文芸部さんのこちらのお題に参加させていただきました。ありがとうございました。


     
     

    *Botan

     
     
    犬や猫たちと暮らす、地方都市のフリーランサー。 手帳のことを中心に、エッセイ、小説、写真から記憶をたどるモーメント・ジャーナルなどを書いています。 仕事も暮らしもごちゃまぜに、日々おもしろかったことや考えたことを残したい。 整理整頓は永遠の課題。

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