
あむねむね#46 生きるのに必要な言葉から覚える
僅か3ケ月で日常インドネシア語会話ができるようになりましたが、最初は、苦痛に近い悲鳴をあげながら言葉を学んでいました
ある日、思い付いたことがあります。まず文法的な事柄は後回しにして、食べる-makan(マカン)、水-air(アイル)、飲む-minum (ミノム)、寝るーtidur (ティドゥル)、鶏-ayam(アヤム)、小便-kencing(クンチン)、大便=berak(ベラ)、等という単語に、mau(マウ)をその前につけて言うとそれぞれを行いたい、と言う意味になることを知った時、これでかなり助かりました
お腹がすいたら、mau makan(マウマカン)で良いし、鶏を食べたいなら、mau makan ayam(マウマカンアヤム)と言えば良かった。そして、これはなんだ、という意味のapa ini(アパイニ)を覚えるや、それからキャンプにいる現地人に、アパイニ、アパイニを連発して、返ってきた単語を耳で聞いて、それを帳面に書き、辞書を見て意味を捉え、そして覚えて行きました
私が持っていた辞書には、発音記号は書かれていずに、発音は単語の綴りを見せて現地人から学ぶことにしました。言わば、彼ら全ては私の語学の先生で、インドネシア語を学ぶには最高の環境にいたと言えます
一番重要なのは現実であり事実であるなどと気付くまでには、やはり生きていくために苦労しないと駄目なようだとおぼろげながら分かって来ました
そして、日本における英語勉強法は、実情に即していないことも分かりました。I have a book. I have a pen. How do you do? How are you? などの表現を中学一年時の最初の頃に学び始めたのですが、それよりも、お腹が空いた(I am hungry.)、何か食べたい(I want something to eat.)、喉が渇いた(I am thirsty.)、水が飲みたい(I want to drink water.)、おしっこしたい(I want to pee/urinate.)、大便したい(I have the urge to have a bowel movement/I want to take a shit.)などの生命維持と関連した言葉を最初に学ぶ方が良いと気付いたのはある意味収穫でした
その延長で考えると、外国語の習得の順序は、生命維持に必要な衣食住、体の各部名称、痛い、痒いなどの症状に関する単語や表現などを学ぶ方が重要です
それらをまず頭に叩き込んでから、挨拶、買い物、食堂にある食事の種類とその注文の仕方、更に移動する時の方向・方角、乗り物や交通手段などの単語と表現などを学んで行けば、海外に出た時に、まず生きることそして移動することに困らない英語表現が身につくはずです
インドネシア語の習得が加速的に進み始めた時、私が大学生だった頃に、ある教授が何かの拍子に諺のように発言した一場面を思いだしました。
「本から学ぶ者を秀才と言い、事実から学ぶ者を天才と言う」
まるで自分が天才になってきたような錯覚を覚えてひとりほくそえんでいました。しかし、大学生の頃、その教授が言ったことは覚えていたのですが、本当の意味を知ってはいませんでした。大自然の驚異が勝るインドネシアで、私をすりこ木で粉々になるほど虐める日本人上司がいたお陰で、自己防衛上、事実から言語を学ぶことに目覚めたのです