
#シロクマ文芸部 月を見るはずだったのに、月がなかった夜~短編小説~
小牧幸助さんのお題で書きはじめる企画「月を見る」に参加です。
締切は9/30(水)23:59だそうです。よろしくお願いします。
※この物語はフィクションです。
月を見る。
そう思ってベランダに出たのに、その夜は月がなかった。
空を見上げても、どこにも見えない。
雲に隠れているのかと思ったけれど、そうではなかった。
新月なのだと、あとから知った。
「なんだ、月がないんだ」
私は、ひとりでつぶやいた。
最近の私は、こんなことばかりだった。
何かを始めたい。
このままでは嫌だ。
これからの人生、もう少し自分らしく生きたい。
そんな気持ちはある。
でも、何をしたいのかと聞かれると、答えられない。
昔好きだったことを思い出してみても、これといって浮かばない。
資格を取ろうか。
新しい仕事を探そうか。
何か発信を始めようか。
いろいろ考えているうちに、また一日が終わる。
そして、今日も何もできなかったと思う。
そんな自分に、少し疲れていた。
私はベランダの手すりにもたれて、もう一度空を見上げた。
やっぱり、月はない。
そのとき、ふと思った。
月は、本当に「ない」のだろうか。
見えないだけなのではないか。
新月の日も、月そのものが消えているわけではない。
ただ、今の私からは見えないだけ。
「……私も、そうなのかな」
口に出してから、自分でも少し驚いた。
やりたいことがない。
自分には何もない。
そう思っていたけれど。
もしかしたら、ないのではなくて、まだ見つけられていないだけなのかもしれない。
そう考えたら、ほんの少しだけ、呼吸が楽になった。
次の日の朝。
私は、昔好きだったことを一つだけ思い出してみた。
小さなノートに、思いついたことを書いてみる。
昔、文章を書くのが好きだった。
誰かの話を聞くのも好きだった。
人が自分でも気づいていないことを見つけるのも、好きだった。
どれも、仕事になるほどのことではないと思っていた。
だから、ずっと横に置いていた。
でも、その日は消さなかった。
ノートの端に、
「もう少し、やってみる」
と書いた。
何をするのかは、まだ決まっていない。
それでも、その日の午後。
昔好きだった作家の本を一冊買った。
それだけだった。
人生が変わったわけではない。
何か大きな決断をしたわけでもない。
ただ、昨日より少しだけ、自分のほうを向いてみた。
その夜。
私はまたベランダに出た。
空には、細い月が浮かんでいた。
昨日まで見えなかったものが、今日は見えている。
月は、昨日突然生まれたわけではない。
ずっとそこにあった。
ただ、見えない夜があっただけ。
私はしばらく、その細い月を眺めていた。
そして思った。
もしかしたら、自分の中にあるものも同じなのかもしれない。
まだ見つけられていないだけ。
まだ名前をつけられていないだけ。
まだ、光が当たっていないだけ。
だから今日は、答えを出さなくてもいい。
明日のことがわからなくてもいい。
見えないなら、見えないままでいい。
ただ、少しだけ気になる方向へ歩いてみる。
その先に何があるのかは、行ってみないとわからない。
私は、もう一度月を見上げた。
細い月が、静かにそこにいた。
~ 終 ~
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