
【短歌エッセイ】梅雨の季節の思い出
約6年前の2019年のこと、当時私は徒歩とバスで通勤していた。
通勤路には、排水が悪い上に周囲より高さが低いのか、ちょっとした雨天でも歩道一杯に割りと深めの水たまりができてしまう箇所があり、靴が濡れて不快な思いをすることが多かった。
当時の住居からバス停まで17分くらい歩く必要があったが、朝の時間というのはバタバタと忙しいもので、急いで早歩きするからこそ履き慣れた靴で行きたい。
そういうこともあり、わざわざ雨靴を買うのもなぁ……と気が進まなかったのだが、あまりにも靴が濡れて不快な状況が続いたので、ついに決心して雨靴を買った。
明らかにしっかり雨が降る、という日に覚悟して雨靴を履き、少し余裕を持って通勤路を急いだのだった。
濡れ靴の不快さついに耐え切れず
雨靴で行く履き慣れぬ道
雨降れば湿気を嫌い日が照れば
熱気を厭う 梅雨明け間近
同じく約6年前の2019年7月の作品だ。
雨天の日が続けばじめじめした湿気にげんなりし、梅雨の中休みを感じさせる晴天が続けば、照りつける強い日差しからの熱気にげんなりしていた。
それでも、この晴天は梅雨明けの兆しかな? と思ったものだ。
最近の真夏の到来を感じさせる暑さは、まさにそんな感じであり、奄美地方は早々に梅雨明けしてしまった。
とは言えさすがに他の地方は、またしばらくは雨天が続くのだろうと思うが、どうだろうか。
物価が高騰している現在、この梅雨の時期に災害が起きない程度の必要充分な雨が降って、農作物がしっかり育ってくれることを願うものだ。
丁度1年前くらいの話になる。
雨の日は日も差さず、室内にいても気持ちが下向きになりがちだ。
そんな日が何日も続けばその度合いも増す。
それでも、雨はずっと降っているわけではなく、降ったり止んだりしているものだ。
室内にいて屋根を叩く雨音が、「ぽつぽつ」から次第に「ざあざあ」になるのを耳にした時、それはまるで、客席の片隅で湧き起り劇場一杯に響き渡った大きな拍手のように感じられた。
気が滅入りそうな日でも、頑張って生きている。それだけで、もう充分に、誰もが拍手喝采ものなんだ。そんなふうにやさしく、自分を認めてあげていい。
そう思えたら、雨の日の憂鬱も少し軽くなるかもしれない。
もちろん、これを読んでいただいているあなた自身も。
ぽつぽつはざあざあとなる 客席に
鳴る万雷の拍手のごとく



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