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戦争が奪うものは「お金」ではない——経済の嘘と人間の代償に関する5つの洞察



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    はじめに

    秋の夜長、暖かな部屋で明かりの下、キーボードを叩きながら言葉を紡ぐ。私たちが当たり前のものとして享受しているこの静かで穏やかな時間は、GDPの統計に直接表れることはなくとも、本来、何にも代えがたいかけがえのない価値を持っています。

    しかし、まったく同じ「今この瞬間」、地球のどこかでは、冷たい泥と暗闇の塹壕の中で、頭上を飛び交うドローンの羽音に震え、身を縮めている人々がいます。

    「戦争は経済を動かす」という言葉が語られることがあります。しかし、数値の上で経済が動くことと、人々の生活が本当の意味で豊かになることの間には、決定的で深刻な乖離が存在します。私たちが普段、社会を測るために使っている「経済」という物差し自体を問い直しながら、戦争がもたらす経済活動のからくりと、その陰で押しつぶされる「人間の尊厳」について、5つの視点から探求していきます。


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    1. 「経済が動く」と「人が豊かになる」は全く別物である

    「戦争によって景気が良くなる」という説は、経済の構造的メカニズムを正しく捉えていません。そこには、数値上の指標と実生活の豊かさを混同させる大きな罠が存在します。

    「戦争は経済を動かす。しかし、経済が動いたことと、人々が豊かになったことは同じではない。」

    経済学や歴史の視点からこの乖離を整理すると、以下の5つの核心が浮かび上がります(各論点の詳細なデータと出典検証は末尾の「補論」に収録しています)。

    • 付加価値の計上(フロー)と社会資本(ストック)・人命の喪失:GDP(国内総生産)が計測するのは、一定期間に新たに生み出された「付加価値」の合計です。そのため、兵器が製造されれば企業の付加価値として統計に記録され、破壊された建物を再建すれば再びGDPは増加します。しかしその裏で、人々の暮らしを支える住宅やインフラなどの社会資本(ストック)が破壊され、何よりかけがえのない人命や健康も失われていきます。経済学には死亡リスクを減らす政策を評価するための「統計的生命価値」という概念はありますが、それは一人の人生そのものの値段ではありません。失われた人が生きていたなら経験したはずの喜び、悲しみ、出会い、そして誰かを愛し必要とされる時間は、どの経済統計にも記録されないのです。

    • 機会費用(割れた窓の寓話)と「維持する責任」の軽視:経済学者バスティアが「割れた窓の寓話」で指摘したように、破壊からの復興や軍事行動に投じられる莫大な労働力、資源、税金は、平和であれば医療、教育、インフラの維持管理など、人々の命と生活を直接支える分野に使えたはずのものです。たとえば日本の公共事業評価では、将来の便益や費用を現在価値に換算する「社会的割引率」が2004年以来、基本的に年4%に固定されてきました(国土交通省資料)。年4%で割り引けば、30年後の100億円の便益は現在価値で約30.8億円に縮みます。2012年の中央自動車道笹子トンネル天井板落下事故や、2025年の埼玉県八潮市での道路陥没事故を受けた下水道管路の全国特別重点調査(優先調査約730kmのうち約72kmが原則1年以内の対策を要する「緊急度1」と判定)が示すように、新しい建設や破壊は数字として目立っても、「事故が起きないように日常を守り続ける維持管理」はなぜ評価や予算の後回しにされるのでしょうか。50年後の人間の安全を、現在の私たちはどのような基準で評価すべきなのかという問いがここにはあります(詳細は補論3参照)。

    • 分配の偏りとインフレの圧迫:戦時下では資金が軍需産業や特定の層へ偏在する一方で、一般市民は物資不足、通貨価値の下落(インフレ)、増税、労働環境の悪化に直面し、実質的な生活水準は大きく削られます。

    • 破壊による消費と「軍事技術の民生転用」という逆説:戦車や砲弾は、戦場で使われれば何かを破壊して消え去るのみです。もちろん、インターネット(ARPANET)やGPS、コンピューター、マウスなどの発展に軍事研究や資金が関与したことは歴史的事実です(NSF、CHM、NASA)。しかし、「研究資金の出所が軍事機関だったこと」と「実際の戦争による破壊が技術発展に不可欠だったこと」は同じではありません。軍事研究から民間に有用な技術が生まれたとしても、それが戦争で失われた人命や社会資本の損失を埋め合わせたとは言えません。むしろ私たちは、「人類は何かを破壊するためでなければ、知恵や資金を集めて技術を進歩させられないのか」という逆説を問う必要があります(詳細は補論1参照)。

    • 「未来からの前借り」と借り換えられない命:戦前の日本が高橋是清蔵相による日銀の国債直接引受け以降、軍事費の拡大とともに財政規律を失い破局的なインフレを招いた反省から、戦後の財政法第4条(公債不発行の原則)および第5条(日本銀行による国債直接引受けの原則禁止)という二つの歯止めが設けられました。現代日本の国債は自国通貨建てで主に国内(日銀が約46.7%を保有 / 財務省資料)で消化されており戦前とは構造が異なりますが、特例国債の常態化により第4条の原則は実質的に形骸化しています。そして何より、「いくら借りたか」以上に「借りたお金で何を残したか」が問われます。国債という金銭の債務は「借り換える」ことができますが、戦争によって失われた時間と命は決して借り換えることができません。「未来からの前借り」とは、まだ生まれていない人々の選択肢まで現在の国家が先に使ってしまうことへの警告なのです(詳細は補論2参照)。

    過去の歴史において「戦争特需」で景気が向上したとされる事例は、自国が戦場にならず他国の破壊に対する供給基地となったという、極めて特殊な条件によるものです。当事国においては、若い働き手や技術者の喪失、教育の中断、社会インフラの老朽化・荒廃など、目に見えない基盤が長期にわたって損なわれ続けます。


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    2. 「一人の死」が奪い去る、まだ見ぬ無数の未来

    数式や経済指標の言説が交わされる陰で、実際にすり潰されているのは「一人の人間の生身の人生」に他なりません。マクロな統計や国家の論理は、しばしば個人の具体的な人生を抽象的な数字へと置き換えてしまいます。

    たとえば、子どもが好きで、将来は教育者として未来の子どもたちに貢献したいと考えていた20歳の青年が戦場へ送られるケースを考えてみます。彼が戦場で命を落とす、あるいは未来を奪われることは、単なる数字上の「一人の兵士の損害」にとどまりません。

    彼が教育者として育むはずだった何百人もの子どもたちの未来、彼を囲む家族や友人、地域社会へと広がるはずだった希望の連鎖、すなわち「まだ見ぬ無数の未来の連鎖」そのものが失われることを意味します。

    米戦略国際問題研究所(CSIS)の2026年7月1日付報告書によれば、2022年2月の全面侵攻開始から2026年6月までの間に、戦死者・負傷者・行方不明者を合わせた死傷者総数は、ロシア軍で約140万人(うち戦死者推計40万〜45万人)、ウクライナ軍で52.5万〜62.5万人(うち戦死者推計12.5万〜15万人)にのぼり、両軍合計で200万人を超えています。さらに民間人の犠牲についても、国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)の2026年9月報告書では2026年9月単月だけで少なくとも328人が死亡・2,105人が負傷(2026年1〜9月の死傷者は前年同期比59%増)したと記録されており、全面侵攻以降の国連確認分だけでもウクライナの民間人死者は17,000人以上、負傷者は約54,000人に達しています(ハーバード大学「Russia Matters」2026年10月28日集計)。

    国家が「威信」や「誇り」、「安全保障」といった言葉を掲げるとき、個人の存在は「兵力」や「損害率」という統計データへと置き換えられます。一人の死には誰もが胸を痛めるのに、何十万、何百万という死になると単なる「統計上の数字」として処理されてしまう——200万人を超える死傷者という巨大な数字は、かえって一人ひとりの痛みを覆い隠してしまいます。しかも戦争で変わるのは、亡くなった人の命だけではありません。生き残った人、家族を待ち続ける人、故郷を離れた人の人生もまた一変します。その変化を国家の経済成長率から読み取ることはできないからこそ、抽象的な数字の向こうにいる具体的な一人の人間の姿から目を離さないことが極めて重要となります。


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    3. 兵士の心を苛む「道徳的傷害(モラル・インジャリー)」

    戦争が人間に強いる最も残酷な変化の一つは、平時において最も尊重されるべき良心の書き換えです。

    「人を傷つけてはならない」「弱者を慈しむべきだ」という人間としての道徳観は、戦場においては「国家が指定した敵を殺害すること」へと強制的に再設定されます。

    銃口の向こう側にいる「敵」もまた、故郷では誰かの息子であり、友であり、未来を夢見ていた一人の人間です。しかし、相手を「敵」という記号に押し込めなければ、引き金を引くことはできません。そのように人間を記号化して殺傷を強いる構造そのものが、人間性の破壊と言えます。

    この構造は、兵士の心に深い痕跡を残します。近年では、過酷な体験によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)にとどまらず、「自らの良心や道徳観に反する行為に加担した、あるいは目撃した」という魂の傷である「道徳的傷害(モラル・インジャリー)」が大きな問題となっています。

    戦場から生きて帰還できたとしても、自らの良心と向き合い、深い葛藤を抱える人がいます。その記憶や悔恨は、長い年月を経てもなお、一生残るかもしれません。しかし同時に、人間にはその経験と向き合いながら、新たな人生を築いていく可能性もあります。傷が残ることと前に進めないことは同じではなく、その葛藤の深さと回復への道のりの双方に目を向けることが求められます。


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    4. 兵器の実験場と化した戦場での「命の買い取り」

    現代の戦争は、格差や貧困を利用した構造と、高度なテクノロジーの進歩が絡み合い、人間性の軽視をより一層深刻化させています。ウクライナ戦争における現実は、この歪んだ構造を如実に示しています(各機関による戦死者・死傷者推計の詳細比較は補論4参照)。

    • ハイテク兵器の「実験場化」:ドローン、AI、遠隔操作ロボットなどの最先端技術が投入され、戦場は各国や軍事企業にとって実戦データを得るための「ショーケース(実験場)」と化しています。モニター越しの操作により殺傷行為が効率化され、アルゴリズムの精度やコストパフォーマンスの計算が優先されます。CSISの2026年7月報告書によれば、東部戦線などの前線から20〜40kmにおよぶ領域はドローンが飽和状態に展開する「キルゾーン」と化しており、人間同士の直接的な銃撃戦ではなく、AIを搭載した自律型攻撃ドローンやFPV(一人称視点)ドローンによる攻撃が死傷の主要な要因となっています。

    • 生身の兵士の「使い捨て」:受刑者の恩赦や、地方の貧困層に向けた高額な契約金・戦死補償金を提示することで、国家が国民の生活苦につけ込み命を買い叩く仕組みが作られています。十分な訓練を受けていない兵士が少人数の分隊で前線に送り込まれ、ウクライナ側の陣地を割り出すためのおとり(威力偵察)や時間を稼ぐための「消耗品」として扱われています。その結果、ポクロウシクやコスチャントィニウカ、スロビャンスク周辺などの主要攻勢軸におけるロシア軍の1日あたりの平均前進距離はわずか50〜90メートル(第一次世界大戦のソンムの戦い並み)にとどまる一方で、2026年には月間30,000〜34,000人もの死傷者を出し続けていると推計されています(CSIS報告書)。

    また、ロシア独立系メディアのメディアゾナ(Mediazona)とBBCロシア語版の共同調査(およびThe Kyiv Independentの報道)は、SNSの訃報や地方メディア、自治体の発表など公開情報から確認できる戦死者を1人ずつ照合し、2026年10月23日更新時点で282,993人のロシア兵の実名リストを記録しています(一方、ウクライナ側の公開情報プロジェクトUALossesでも約116,000人の戦死と約106,000人の行方不明が記録されています / NV報道)。Mediazonaの地域別集計は人口規模や配置部隊数による補正を行っていない絶対数であるため、単純にリスクの地域差と断定することはできないものの、モスクワ市やサンクトペテルブルクといった大都市に比べ、バシコルトスタン共和国やタタールスタン共和国などの地方で多くの戦死者が確認されており、経済的な誘因による動員構造との関わりが指摘されています。

    本来、人間を過酷な労働から解放し暮らしを豊かにするために開発されたはずの最先端技術が、約6,000ドルの自律型攻撃ドローン等でいかに効率よく標的や生身の人間を破壊するかというコスト計算に使われ、生身の兵士がドローンに追い詰められる——ここには、テクノロジーと人間の尊厳が逆転した残酷な倒錯が存在します。家族に支払われる高額な補償金は、交換不可能な命と引き換えにした「血の代償」であり、決して人々の豊かさを意味するものではありません。


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    5. 国家の大義が消し去る「親の祈りと個人の尊厳」

    国家が「誇り」や「大義」を強調するとき、その陰で最も深く切り刻まれているのは、わが子を戦場へ送り出さなければならなかった親たちの心です。

    小さな手を引いて歩いた日々、風邪をひいた夜に徹夜で看病した記憶、愛らしい笑顔や声の記憶が鮮やかであればあるほど、親にとって「今この瞬間も無事でいるだろうか」「冷たい泥の中で震えていないだろうか」と眠れぬ夜を過ごす時間そのものが拷問となります。

    戦死の知らせが届いたとき、どれほど国から勲章や高額な補償金が与えられようとも、親にとっての世界はその瞬間に崩れ去ります。国家が戦争の損失を金額で計算したとしても、子どもを失った親にその金額を示したところで、いったい何が回復するのでしょうか。かけがえのないわが子の命と引き換えにできるものなど、この世には何一つ存在しません。

    国家が人々を守るために防衛を行うことと、国家の意思決定によって人々が犠牲になることは、同じ国家の行為の中に同時に存在し得ます。しかも国家は現実には、限られた予算の中で人命に関わる選択を迫られます。「測れないものを守るために、測らなければならない」という矛盾の中で、国家指導者が「主権」や「安全保障」という抽象的な概念で戦争を語るとき、一人の兵士の背後にある「親の切実な祈り」や「家庭の温もり」、そして平時に社会インフラや日常を静かに守り続けていたはずの人々の営みは、あまりにも容易に消去されてしまいます。


    おわりに:私たちが人間らしさを失わないために

    私たちが安全な場所からニュースの数字や映像として戦争を消費するのではなく、同じ地球の上で冷たい泥に震えている一人ひとりの存在と、その帰りを待つ人々の深い悲しみに心を寄せ続けること。そして、正確な知識に「分かった」と納得して思考を止めるのではなく、数字の論理と生身の命の間にある「摩擦」に立ち止まり続けること。それこそが、国家の威信や経済の嘘に流されず、人間としての感覚を保ち続けるための確かな糧となります。

    国家指導者が開戦や武力行使を決断するとき、教育者を夢見たあの青年の、失われるはずだった教室の風景や、彼が生涯背負うかもしれない悔恨の重み、そして遺された親の慟哭を、本当の意味で引き受けているのでしょうか。

    私たちが問うべきなのは、「国家が何を守ったか」だけではありません。「守るという決断によって、誰が何を失い、その責任を誰が引き受けたのか」——この問いを手放してはならないはずです。

    暖かな部屋で明かりの下、キーボードを叩きながら言葉を紡ぐ静かな夜。戦争が奪うのは、現在の生活だけではありません。明日を自分で選ぶことのできたはずの時間そのものなのです。


    補論:本論考の背景にある4つのファクト検証ノート

    本編で提示した経済・技術・財政・戦死者統計に関する各論点について、一次資料に基づく詳細な検証データと出典を以下にまとめます。

    補論1:「軍事技術の民生転用」に関する4つの技術の起源検証

    「軍事研究が技術の発展に貢献したという事実」と、「その技術は戦争がなければ生まれなかったという主張」は区別して検証する必要があります。インターネット、コンピューター、マウス、GPSの4つの技術について、公的機関・学術機関の記録(米国国立科学財団(NSF)、コンピューター歴史博物館(CHM)、米航空宇宙局(NASA))を照合した結果は次の通りです。

    技術
    歴史的に確認できる事実
    「軍事が起源」と断言できるか

    インターネット
    米国防総省のARPAがARPANETの開発を支援した一方、大学や研究機関、NSF(NSFNET)も商業化・発展に大きく貢献した。
    軍事研究が重要な起点だが、軍事だけではない

    コンピューター
    数学、機械式計算、商業計算の歴史が先行し、第二次世界大戦期に電子計算技術が大きく進展した。
    できない(先行する学術・商業計算の歴史がある)

    マウス
    ダグラス・エンゲルバートが「人間の知的作業を支援するため」に開発し、1968年に実演。ARPAなどが資金を提供した(CHM記録)。
    軍事資金による支援は事実だが、目的は軍事専用ではない

    GPS
    米国防総省が海軍等の複数の軍事衛星航法計画を統合し、1978年にNAVSTAR初号機を打ち上げて開発した(NASA記録)。
    システム自体は軍事主導といえる

    この技術史からは、①軍事研究機関から資金提供を受けたことと軍事目的のために発明されたことは同じではない、②防衛のための研究が技術発展を加速させたことと実際の戦争による破壊が不可欠だったことは同じではない、③民生転用による経済的利益が戦争による人的資本・社会資本・人命の損失を上回る保証はない、という3つの原則が確認できます。

    補論2:戦前日本の教訓と財政法第4条・第5条、および現代国債の保有構造

    1947年制定の財政法は、戦前・戦中の戦費調達に対する反省を背景に2つの歯止めを設けています。

    • 財政法第4条(公債不発行の原則):国の歳出は原則として公債または借入金以外の歳入をもって賄うことを規定(ただし公共事業費、出資金および貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で建設公債の発行を許容)。

    • 財政法第5条(日銀直接引受けの原則禁止):すべて公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせてはならないと規定(日本銀行の解説では、中央銀行による政府への直接資金供与が財政節度を失わせ、通貨の増発と悪性インフレを招く危険性を理由として明記)。

    歴史的には、1932年に高橋是清蔵相が昭和恐慌からの脱出を目的として日銀による国債直接引受けを開始したものの、景気回復後に軍事費膨張を抑えようとした高橋が1936年の二・二六事件で暗殺された後、直接引受けが常態化して戦争遂行の財源となり、戦後の激しいインフレにつながりました。なお、2023年2月10日の衆議院財務金融委員会における鈴木俊一財務大臣の答弁では、第4条の直接の立法趣旨は「健全財政の原則」にあるとしつつ、戦前のように国力に見合わない債務が積み上がり国民生活を危うくしてはならないという歴史的教訓も認められており、「成立背景としての歴史的教訓」と「法解釈上の直接目的」は区別して理解する必要があります。

    また、現代の日本国債は自国通貨(円)建てで発行されており、財務省が公表している2026年6月末速報の「国債等の保有者別内訳」(日銀資金循環統計ベース)によると、国債・財投債合計(約1,006.5兆円)のうち日本銀行が約46.7%を保有し、国内の銀行等・生損保等・公的年金・家計と合わせて大半が国内で保有されています。そのため戦前や外貨建て債務国とは構造が異なりますが、①特例公債法による赤字国債発行が常態化し第4条が実質的に形骸化していること、②国内保有であっても税収による利払いを通じた国内での所得移転や、政策金利上昇時の日銀当座預金付利負担が生じること、③労働力や生産設備、エネルギーといった実物資源の供給制約は通貨発行では解消できないことから、「借りたお金で将来の社会に何を残したか」という支出の質の検証が不可欠です。

    補論3:社会的割引率(年4%固定)と笹子トンネル・八潮市陥没事故が問う「維持する責任」

    公共事業の費用便益分析(B/C)で用いられる「社会的割引率」は、将来発生する便益や費用を現在価値に換算する指標です。国土交通省は2004年に過去複数年の国債の実質利回り等を参考に基本値を「年4%」に設定して以来、20年以上にわたり4%を適用し続けてきました(2023年の技術指針改定および社会的割引率の見直し報告により、近年の実質利回りを踏まえた1%および2%による参考比較が導入されましたが、基本値は当面4%とされています)。

    採用する社会的割引率
    30年後の便益100億円の現在価値 20年後の修繕費100億円の現在価値
    年 4%(2004年設定の基本値)
    約30.8億円 約45.6億円

    年 2%(2023年改定の参考比較値)
    約55.2億円 約67.3億円

    年 1%(2023年改定の参考比較値)
    約74.2億円 約82.0億円

    また、日本の道路事業の費用便益分析には維持管理費も含まれていますが、「計算に入れていること」と「実際に現場で適切な時期に点検・修繕が行われる制度・予算になっていること」の間には乖離が見られます。

    • 笹子トンネル天井板落下事故(2012年12月2日):中央自動車道笹子トンネルで天井板が崩落し9人が死亡した事故では、国土交通省の事故調査・検討委員会報告書において、事故箇所のアンカーボルトについて近接目視や打音による点検が12年間実施されておらず、過去の検査で確認された問題もその後の点検計画に十分反映されていなかったことが指摘されました(国交省関連情報)。

    • 埼玉県八潮市の道路陥没事故(2025年1月28日)と全国特別重点調査:下水道管内部の硫化水素による腐食等から陥没が発生したこの事故では、従来の点検技術では事前の把握が難しかった側面が報告されている一方、事故を受けて国土交通省が全国の優先実施箇所(約813km)を対象に下水道管路の全国特別重点調査を実施した結果、2025年8月時点で調査した約730kmのうち約72kmが「緊急度1(原則1年以内の速やかな対策が必要)」と判定されました。

    公共インフラは完成した瞬間から老朽化が始まります。「造る責任」「維持する責任」「役割を終えたときにどうするかを決める責任」の3つを一体として評価し、目に見えにくい日常の維持管理に正当な価値を置くことが、将来世代に対する財政責任の本質と言えます。

    補論4:ウクライナ・ロシア両軍の戦死者・死傷者数に関する算定手法別一覧

    戦時下において両国とも正確な公式統計を公表・更新していないため、戦死者・死傷者数のデータは、各調査機関の「算定手法」「対象期間」「内訳の定義(戦死のみか、負傷・行方不明を含むか)」を厳密に区別して参照する必要があります。

    算定手法・調査機関 対象期間(発表・更新時期) ロシア軍:戦死者数 ロシア軍:死傷者・行方不明等 ウクライナ軍:戦死者数 ウクライナ軍:死傷者・行方不明等 ① 公開情報による実名確認 Mediazona・BBC共同調査 2022年2月〜2026年10月20日 (2026年10月23日更新) 
    282,993人

    (実名確認された戦死者のみ、最小確定値 / Mediazona)調査対象外 
    (戦死者のみを集計) 調査対象外 調査対象外 
    ① 公開情報による実名確認 UALossesプロジェクト 
    2022年2月〜2026年10月末時点 調査対象外 調査対象外
    約116,000人
    (実名確認された死者 / NV報道) 約106,000人
    (実名確認された行方不明者のみ、負傷者は含まず / NV報道)

    ② 遺産相続簿に基づく統計推計 Mediazona・Meduza共同推計 
    2022年2月〜2025年12月末時点 (2026年5月9日更新) 
    約352,000人

    (男性の超過死亡統計による戦死者推計 / Mediazona) 推計対象外
    (戦死者のみを推計) 推計対象外 推計対象外
    ③ 統計モデルによる総合推計 
    英誌『The Economist』 2022年2月〜2026年10月 
    (2026年10月30日発表、※ウクライナ軍は2025年7月時点) 
    374,000〜770,000人
    (UNITED24報道)1,400,000〜2,100,000人
    (戦死者+負傷者の合計 / UNITED24報道)
    73,000〜140,000人
    (2025年7月時点の戦死者推計 / Russia Matters集計)
    公表なし

    ④ 軍事・情報機関に基づく推計 米戦略国際問題研究所(CSIS)
    2022年2月〜2026年6月 (2026年7月1日発表)
    400,000〜450,000人 
    (CSIS報告書)
    約1,400,000人
    (戦死+負傷+行方不明の合計 / CSIS報告書)
    125,000〜150,000人
    (CSIS報告書)
    525,000〜625,000人
    (戦死+負傷+行方不明の合計 / CSIS報告書)

    ⑤ 当事国による公式発表
    ロシア政府 / ウクライナ政府 
    露軍戦死:2022年9月時点
    ウクライナ軍戦死:2026年2月時点 5,937人
    (2022年9月発表以降、公式更新なし)
    非公表
    (※ウクライナ軍参謀本部発表の露軍損失は2026年10月31日時点で約1,588,170人 / UNITED24報道)
    55,000人
    (2026年2月ゼレンスキー大統領発表 / Russia Matters集計)
    負傷者約370,000人
    (2024年12月ゼレンスキー大統領発表時点 / Russia Matters集計)


    #ウクライナ戦争 #ドローン戦争 #戦争と経済 #人間の尊厳

     
     
    1959年生まれ。自称「少々厄介な爺」。家族という一番近い他人との距離、介護、歴史、生活、AI、社会の矛盾を物語にしています。時々、脱線して、発見して、き笑う。noteは連載の図書館、Kindleは完成本の書店。答えは渡さない。ただ、読後に問いが残る場所でありたいです。

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