
厳しいことを言った夜、私は山崎12年を渡した
中国・東莞にある取引先の工場を初めて訪れた日のことを、今でもよく覚えている。
目的は、製品に異物が混入した原因を調べ、生産ラインを確認することだった。
その会社とは長く取引をしていて、社内でも評価は高く、品質には信頼を置いていた。
「中国製だから仕方がない」
そんな大括りにはされたくない。
それくらい、きちんとものづくりをしている会社だと思っていた。
だからこそ、その日は少し厳しい目で工場を見るつもりだった。
ところが、工場に着いて最初に気になったのは、生産ラインではなかった。
オフィスへ入るビルの入口付近。
休憩時間だったのだろう。
従業員たちが花壇の石垣に腰掛け、話をしながらドリンクを飲んで、スナック菓子や蒸しパンのようなものを食べていた。
それ自体は何でもない光景だった。
問題は、その横に置かれたゴミ箱だった。
ゴミがあふれ、周囲にも無造作に捨てられている。
アリやハエが集まっていた。
その光景を見たあと、私は会議室に案内された。
社長や幹部の方々から、異物混入の経緯や、今後の検品方法について説明を受けた。
私は途中で話を止めた。
「ちょっと待ってください。その前に一つ聞いてもいいですか?」
そして、先ほど見た入口の話をした。
「オフィスへ入るところのゴミ箱を見ました。ゴミが散らかって、アリやハエがたかっていました。この状態で、本当に良い商品を作れると思いますか?」
会議室が静かになった。
私は続けた。
「オフィスの入口は、従業員が出入りする場所であると同時に、お客様を迎える場所でもありますよね?ある意味、会社の顔ですよね。そこが汚れている会社を見たら、お客様はどう感じるでしょうか」
かなり厳しい言い方だったと思う。
でも、そこで曖昧にする方が、相手に失礼だと思っていた。
社長はその場ですぐに謝罪し、清掃を指示した。
ところが、生産現場へ移動すると、工場入口のゴミ箱も似た状態だった。
私はまた聞いた。
「これではアリやハエが生産ラインに入ってきても不思議ではないですよね?」
異物混入への対策として説明されていたのは、主に検品方法の改善だった。
でも、私はそれ以前の問題だと思った。
「検品を厳しくすることも必要です。でも、その前に働く人たちの衛生意識を変える必要があるのではないでしょうか。よもや休憩中に食べ物を触った手で、手も洗わずそのまま生地を触っていないですよね?」
さらに工場内を見ると、捕虫器は設置されていたものの、交換や点検の記録がきちんと残っていない場所もあった。
指摘は次々と増えていった。
社長をはじめ、幹部の皆さんの表情はどんどん険しくなっていった。
ひと通り工場を見終え、再びオフィスへ戻った。
そこで私は、少し伝え方を変えた。
「私は皆さんの工場の品質を信頼していました。だから今日、実際に見て残念に思いました」
そして続けた。
「でも、今日指摘したことは、どれもすぐ改善できることです。致命的な問題ではありません。ぜひ幹部の皆さんが率先して、工場のあるべき状態を維持してください」
最後に、こう伝えた。
「二か月後、また来ます。その時には全部改善されて、私が安心できる状態になっていることを願っています」
今思えば、この「また来ます」という言葉が、自分なりの意思表示だったのだと思う。
仕事を切るために厳しく言ったのではない。
これからも一緒に仕事をしたかったから、言った。
その日の夜は、東莞市内のホテルに泊まることになっていた。
夕食は、その会社の社長たちとの会食だった。
私は日本から一本のウイスキーを持ってきていた。
山崎12年。
会食の席で、それを手土産として渡した。
社長は一瞬驚いた顔をした。
そして、何度も恐縮しながら受け取ってくれた。
私は当時、山崎が中国でも高い知名度を持ち、簡単には手に入らないウイスキーとして知られていることは理解していた。
ただ、その一本を渡すことが、相手にとってどれほど大きな意味を持つのかまでは、分かっていなかった。
その日は、昼間あれほど厳しいことを言った。
品質管理について次々と問題を指摘し、会社の入口のゴミ箱にまで口を出した。
相手からすれば、
「取引を切られるのではないか」
と思っていたかもしれない。
そんな相手から、その日の夜に山崎12年を渡された。
おそらく、少し意外だったのだと思う。
翌日、私は香港へ戻った。
夜は同行していた会社のメンバーと、普通に香港の街で食事でもしようと思っていた。
ところが、その社長から連絡があった。
「今晩、時間をつくってもらえませんか」
そして、香港にある広東料理のレストランへ招待された。
ミシュランで二つ星を獲得していた店だった。
私はそこで初めて、前日の山崎12年が、単なる「日本からのお土産」として受け取られていなかったことに気づいた。
もちろん、高級なウイスキーを渡せば、人間関係が良くなるという話ではない。
むしろ逆だと思う。
昼間に言うべきことを言わず、夜だけ良い酒を渡しても、信頼関係にはならない。
仕事では、厳しいことを言わなければならない時がある。
特に品質に関わる問題なら、曖昧にすることはできない。
でも、問題を指摘することと、相手そのものを否定することは違う。
私は、
「今日の問題は直してほしい。でも、あなたたちとの仕事を終わらせたいわけではない」
ということを伝えたかったのだと思う。
それを言葉だけでなく、一本のウイスキーでも伝えようとしていた。
その後も、彼らとの付き合いは続いた。
彼らが日本へ来た時には、私たちがよく使っていた東京の寿司店へ案内した。
そこには、私がキープしていた山崎12年のボトルがあった。
「これ、飲みましょう」
そう言ってグラスに注いだ。
彼らは本当にうれしそうに飲んでくれた。
その後、その店に彼らのための山崎12年のボトルが増えていった。
会社と会社の付き合いだった関係が、いつの間にか少し変わっていた。
もちろん仕事だから、品質について妥協することはない。
問題があれば指摘する。
直すべきものは直してもらう。
でも、それだけが仕事ではない。
相手も、自分も、一人の人間だ。
国が違っても、言葉が違っても、立場が違っても、一緒により良いものを作ろうとしている。
山崎12年について知ると、その名前の「12年」が、ただ長い時間を表しているわけではないことに気づく。
樽に入れて、ただ12年待てばいいわけではない。
原酒をつくり、熟成を見守り、それぞれの個性を見極め、最後に一つの味として仕上げていく。
時間だけでは、良いものにはならない。
その時間の中で、何を積み重ねてきたかが大切なのだと思う。
それは、私たちの仕事も同じだったのかもしれない。
最初から信頼関係があったわけではない。
問題があれば話し合い、改善し、また次の仕事を一緒に進めてきた。
一つひとつの仕事を重ねる中で、少しずつできていったものだ。
そして気がつけば、あの初めての出会いから、もうすぐ12年になる。
12年という時間をかけて育つものがある。
ウイスキーも、人と人との関係も、ただ時間が経てば良くなるわけではない。
その間に何を積み重ねてきたか。
何を守り、何を直し、何を信じてきたか。
振り返れば、私たちもまた、より良いものを作りたいという気持ちを、12年かけて重ねてきたのだと思う。
始まりは、品質をめぐって厳しい言葉を交わした、緊張感のある取引関係だった。
それが、何度も同じテーブルを囲み、同じ酒を飲み、いつしか会社同士というだけではない関係になった。
山崎12年という名前を眺めながら、ふと思う。
今年もまた、あの12年熟成の一本を一緒に飲む機会があるだろうか。
もしその時が来たら、今度は少しだけ素直に言ってみたい。
あの時、厳しい話を受け止めてくれて、ありがとう。
より良いものを作ろうと、一緒に歩いてくれて、ありがとう。
そして12年という時間を、一緒に重ねてくれて、ありがとう。
GLOBAL FOOD CONSULTING
食やものづくりの現場から、人と事業の価値を考えています。