
月を見る ショートショート シロクマ文芸部
月を見るとき、どんな感想が浮かぶだろうか。
きれいだ、とか。ロマンチックだ、とか。たぶん、そういうものだと思う。
私はというと、月を見るたびに感想が目まぐるしく変わる。
といっても、縁側に座って夜空を見上げる、あの月見ではない。日常に潜んでいる月を見つけては、勝手に感傷にふけってしまうのだ。
朝、コーヒーにミルクを入れる。
白がゆっくり回って、一瞬だけ、まん丸になる瞬間がある。
満月だ。
これを見た日は、なんとなく、今日はまだ何も失敗していないな、という気分になる。三秒後には崩れて、ただのコーヒーに戻る。
爪の根元にある、白い半月。
あれには爪半月という名前がついている。子どものころ、あれが大きいのは健康な証拠だと誰かに教わって、私はしょっちゅう自分の指を眺めていた。
今はずいぶん薄い。
沈みかけの月を、自分の指に十本ぶん飼っている気分になる。
夜勤の休憩室で、電子レンジの中を覗く。
回っているカップスープの表面に、油の粒が丸く浮かんでいる。
これも月だ。
二時十五分、誰もいない部屋で、私はひとり月を眺めていることになる。そう思うと、急に自分のことがおかしくなって、少し楽になる。
風呂上がり、鏡の曇りを拭こうとして、手を止めた。
すでに、丸く拭かれていた。
先に入った誰かが、自分の顔を映すために拭いた跡だ。その丸の高さが、私よりだいぶ低い。
いちばん好きな月かもしれない。
空の月は、いつ見てもひとつだ。
けれど日常に潜む月は、いくつも見つかるし、どれも数秒で消える。
明日には、また違う感想になっている。
よかったら、探してみてほしい。
たぶん今日も、どこかに出ている。