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9月は接吻してってば|アマノ文筆クラブ

    結婚して二十年になる。

    9月になると、妻は言う。

    「9月は接吻してってば」

    8月には言わない。10月にも言わない。9月の、だいたい夕飯のあとだ。

    最初の年に理由を聞きそびれた。二年目には、今さら聞けなくなった。そのまま二十年たった。

    言われたら、する。それで妻は満足そうに皿を洗いにいく。

    今年の9月、高校生の娘が麦茶を飲みながら言った。

    「なあ、なんでお母さん、9月だけそれ言うん」

    俺は黙った。知らないからだ。

    妻が笑った。

    「お父さんが言うたんやんか。プロポーズのとき」

    覚えていない。

    「9月やったやろ。あんた、指輪出す前にめちゃくちゃ緊張しとって」

    妻は、俺の声色をまねた。

    「9月ですね」

    「……うん」

    「セプテンバーですね」

    「……うん」

    「セプテンバーなんやから、接吻してってば」

    娘が麦茶を吹いた。

    思い出した。本当に言った。緊張しすぎて、口から出たのがそれだった。

    「あれ、ずっと守ってたんか」

    「せっかく決めてくれた決まりやし」

    妻は皿を持って台所に立った。

    9月は、あと三日しか残っていなかった。

    俺は台所まで歩いていって、妻の背中に言った。

    「9月ですね」

    「……うん」

    「セプテンバーですね」

    妻は振り向かずに笑った。

    「二十年ぶりに聞いたわ」


     
     
    ちょっと不思議で、少し切なくて、たまに笑える短い話を書いています。 スキもらえるだけで嬉しくなってしまいます。

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