
#シロクマ文芸部 借りた本
借りた本の話をしたい。
十六のとき、本好きの友人がいた。岸という。休み時間はいつも何か読んでいて、ときどき「これ面白いから」と一冊貸してくれた。
岸のすすめる本は、どれも本当に面白かった。
ただ、どの本も、最後が無かった。
一冊目は落丁だと思った。最後の数ページが、根元から破られていた。
二冊目は、最後の見開きが油性ペンで真っ黒に塗りつぶされていた。
三冊目も、四冊目もそうだった。
犯人が分かる直前で終わる推理小説。宝の箱を開ける寸前で終わる冒険もの。告白の返事の一行だけが消えた恋愛小説。
返すときに文句を言うと、岸は決まって同じことを聞いた。
「君は、どうなったと思う?」
そこから帰り道が長くなった。
僕が犯人は執事だと言うと、岸は、執事は三章で死んでいると言った。死んだふりだと言い返すと、じゃあ葬式の場面はなんだったんだと笑った。駅に着いても決まらなくて、ホームで電車を二本見送ったこともある。
一度だけ、なんで破るのかと聞いた。
「最後まで書いてあると、そこで終わるだろ」
岸はそれしか言わなかった。
高校の三年間で、借りた本は三十一冊。最後まで読めたものは一冊もない。
卒業して、岸とは別々の大学に進んだ。
大学二年の冬、古本屋の百円棚で、見覚えのある背表紙を見つけた。岸に借りた一冊目の、犯人が分かる直前で終わる推理小説だった。
その場で最後のページを開いた。
犯人は執事ではなかった。死んだふりもしていなかった。最初から一番怪しく書かれていた男が、そのまま犯人だった。
拍子抜けした。二人で考えたどのオチより、つまらなかった。
岸はたぶん、最初から知っていたのだと思う。
それから十年ほどして、駅前の本屋で、平台に積まれた本の著者名が目に入った。
岸ユウスケ。
裏の略歴に、一行だけこう書いてあった。
高校時代、友人と本の結末を考えるのが好きだった。
それ以来、岸の本は全部買っている。そして全部、最後の数ページを読まずに棚に戻している。
娘が十歳になった。最近、本を読むようになった。
昨日、僕の本棚から一冊選んで、読みたいと言ってきた。岸ユウスケの三冊目だった。
渡す前に、書斎で最後の三ページを破った。
今朝、娘がその本を持って台所に来た。
「お父さん、これ、最後ないんだけど」
僕はコーヒーを置いた。
「君は、どうなったと思う?」
岸。
悪いけど、お前が書いたのより面白い結末を、娘と二人で考えるよ。