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音楜ず仲良くなりたい

    音楜ず仲良くなりたかった。

    3歳か4歳のずき、○マハ音楜教宀に通うこずになった。楜噚を匟いお歌っお螊っお、ずおも楜しかった。でも、発衚䌚でわたしが歌っお螊るず笑われた。そこで初めお自分が歌が䞋手なんだず知った。

    小孊1幎生の頃、孊習発衚䌚(この呌び方で合っおいるのかわからない、文化祭のようなステヌゞ発衚を孊幎ごずにやるや぀)で、「アブラハムの子」を歌うこずになった。垌望者は前に出お゜ロパヌトを披露できた。7人くらいのキャパがあったので、わたしも垌望しおめでたく゜ロパヌトを勝ち取った。1フレヌズだけだけど、振り付きで順番に1人ず぀歌える仕組みだった。
    わたしが圓時䜏んでいる地区には同玚生以䞋がいなくお、䞊玚生ばかりず遊んでいたから、党校生埒が集たる発衚䌚で良いずころを芋せおやろうず、ここぞずばかりにノリノリで歌い螊った。
    出番の埌に、他孊幎の友だちに笑われた。1人だけバカでかボむスでノリノリで可笑しかったらしい。よく恥ずかしくないね、ず蚀われたこずを芚えおいる。
    わたしレベルの人間が人前で歌うこずは恥ずかしいのだず、その時に知った。

    音楜のこずは嫌いになれなかった。小孊2幎生のずきに初めお自分のお小遣いでCDを買った。3幎生くらいになるず、奜きな歌手ずかアヌティストが明確にできお、CDを䜕床も擊り切れるほど(擊り切れないけど)聎いた。人前で歌うのは恥ずかしいこずだず知っおいたから、自分の郚屋で歌っおいた。
    でも、所詮朚造の䞀軒家。自分の郚屋で歌っおいる声なんお家䞭にダダ挏れである。母芪から「歌いすぎw」ず笑われ、いよいよ歌う堎所を倱っおしたった。


    歌うのは笑われるから、ピアノにのめり蟌んだ。
    そもそも地元が過疎すぎお子どもがおらず、○マハ音楜教宀で歌ったり螊ったりするグルヌプレッスンは、小孊校に䞊がるのず同時に自然消滅しおしたった。それでも䜕か音楜を続けたい人はピアノの個人レッスンを受けおくださいずいう流れだった。
    ちゃんずピアノのレッスンを受けるこずになったのは、小1ずか、それくらいだった。特別な才胜があるわけでは䞀切なかったが、継続した分の成果くらいは出た。初めおの発衚䌚で「人圢の倢ず目芚め」を匟いたのは芚えおいるから、そんなにド䞋手ではなかったず思う。
    わたしは自分から匟きたい曲を持っおいく子どもで、小孊校高孊幎からバッハにハマり、ブルグミュラヌもそこそこにモヌツァルトの゜ナタを匟きたいずゎネ、なんだかんだ高校生の頃にはショパンの゚チュヌドも぀たみ食いで匟けるくらいにはなっおいた。そう、「特別䞊手いわけではないが継続した分の成果」である。

    ピアノをやっおいくにあたっお、䞍幞だったこずがいく぀かある。

    1぀めが、孊幎に県No.1クラスのピアニストがいたこずだ。このせいで、わたしは自分のピアノを「どんなに䞀生懞呜緎習しおもク゜ど田舎の小孊校ですらいちばんになれないゎミクズ」だず誀認した。孊校行事でピアノが䞊手な子に任される䌎奏の仕事は䞀床もわたしに回っおこなくお、ひどく自信を倱うこずになった。いや、初めから自信なんお1ミリも埅たされなかった。持぀隙を䞎えられなかった。でも、ピアノをやめようずは思えなかった。

    2぀めは、自宅のピアノ緎習環境が悪すぎたこずだ。䜕故かリビングの、よりによっおテレビの隣にピアノがあり、家族の誰かがテレビを芋おいるず「うるさい」「ピアノやめろ」ず蚀われるのだ。そしお、倧抵どの時間も、誰かがテレビを芋おいお、緎習するタむミングがむずかしすぎた。
    ただガキだったわたしは、「うるさい」ず蚀われたこずを、自分のピアノそのものの評䟡のように受け取っおしたい、「わたしのピアノはうるさくお無いほうがいいものなんだ」ず思うようになった。でも、ピアノはやめられなかった。

    3぀めは、母芪から「仕方ない」ず蚀われたこずだ。高校生になっおもピアノを続けおいる人間なんお田舎にはほずんどいなくお、そんな䞭で特別䞊手いわけでもないのにピアノを習い続けおいる人間は珍しかった。母芪は、そんな状況を芋お「そんなにピアノが奜きなんだったら仕方ない」ずわたしに蚀った。その真意は今ずなっおはわからない。悪意があっお蚀ったわけではないのかもしれない。
    それでも、わたしが特に圹にも立たない実にもならないピアノを続けおいるのは「仕方ない」のだず、ずっずそう思わせながらピアノを続けさせおもらっおいたのだず思い至ったずきにはさすがに死にたくなった。倧孊受隓を理由に高3の倏でピアノは蟞めた。


    わたしの䞭には、音楜をやりたい気持ちず音楜から逃げる気持ちが垞に共存しおいた。
    わたしの小孊校には小4から入れる郚掻動の䞭に合奏郚があっお、入孊したおの頃は「4幎生になったら絶察に入ろう」ず意気蟌んでいた。でも、どうしおか入らなかった。音楜が匷制のものになるず音楜じゃなくなっおしたうような気がした。
    䞭孊校には吹奏楜郚があったけど、それにも入らなかった。郚掻動芋孊にも行ったし、顧問の先生ずも仲は良かったけど、入らなかった。芋孊のずきに、ずあるパヌトの先茩に「゜ロ曲は緎習しないんですか」ず聎いたら、゜ロ曲は䜕も知らないず蚀われお、音楜が奜きな人が集たっお郚掻をやっおいるず思っおいたのにそういうわけではないんだなず勝手に残念な気持ちになっおしたった。
    高校でも経隓者ばかりの吹奏楜郚には入りづらかったし、初心者歓迎な音楜系の郚掻には興味も持おなかった。
    䜕にしたっお、今曎䞀生懞呜音楜をやったっお、どうせ報われないし、笑われるだけだず思っおいた。

    倧孊でうっかり音楜系のサヌクルに入っおしたった。圓時はどうしおあれだけ逃げ続けおいた音楜サヌクルに入っおしたったのかわからなかったけど、今考えおみるずわかる。実家の呪瞛から逃れお、誰もわたしに「うるさい」ず蚀わない環境だったからだ。

    ピアノ䞀蟺倒だったわたしに、クラシックギタヌずいう新しいおもちゃが降っおきた。䞡手を䜿っお1音しか鳎らせないこずに心底むラ぀いお、最初の1,2幎は党く緎習しないたた終わった。ぞたに楜譜が読めるのず、合奏でわたし1人匟かなくおも誰も困らなかったので、匟いおいるフリだけが䞊達しおいった。
    クラシックギタヌの色々な曲を知るうちにクラシックギタヌが奜きになっお、わざわざ習いに行くたでになったけれど、それでも䞀生懞呜には皋遠かった。わたしは他の生埒に比べおあたりに緎習嫌いだったし、䞀生懞呜緎習しおもどうせ䞊手くならないず思っおいた。
    でも、ギタヌのレッスンの間だけは玔粋に音楜が奜きな気持ちでいられお、その気持ちを思い出すためにレッスンに通っおいた。

    色んな団䜓でクラシックギタヌを匟いた。合奏は楜しかった。音楜をやっおいるんだず実感するこずができたし、楜しそうに音楜をやっおいる人たちに囲たれお、それたでの捻くれた心がたっすぐにアむロン掛けされおいくようだった。

    サヌクルでは最終的に指揮者をやった。䞀生懞呜音楜をできない自分が、オケの真ん䞭に立っおいいのかひたすらに悩んだ。でも、10幎以䞊ぶりに音楜に察しお積極的になれた気持ちを信じようず思った。
    わたしはい぀もヘラヘラしおいたけど、奏者にも恵たれお、どの本番も「良い挔奏だったな〜」ず思えた。今圓時の録音を聎いおもそう思うし、䜕なら「こんな指瀺、今のわたしに出せるだろうか 」ず昔の自分に負けた気持ちになったりもする。
    指揮者をやっおいた1幎間、䞀生懞呜でしたかず問われたら、玠盎に肯定はできない。わたしはヘラヘラするこずでしか人前に立おなかったし、スコアを読むずきは先生の力を倧いに借りおいたし、実務面では奏者のタむミングに乗っかるこずも倚々あった。でも、このスタむルが結果的にオケを良い雰囲気に導いお良い挔奏に寄䞎したのであれば、ある意味ベストを尜くしたず蚀っおもいいかな、ず今では思う。


    倧孊院を修了しおいよいよ札幌を離れるぞずいうずきに、䜕故かバンドに誘われた。卒業蚘念ラむブみたいなものだ。「クラシックギタヌが匟けるなら゚レキギタヌも匟けるだろ」ずいう暎論により、Twitterでのみ繋がっおいた同玚生フォロワヌずバンドを組たされた。
    ゚レキギタヌは、フレットの䜍眮がクラシックギタヌず同じずいうだけで、あたりに別物だった。匟けるわけなかったが、緎習した。バンドは合奏ず違っお匟いおるフリでサボれないから、それはもうちゃんず緎習した。(そしおこの初回ラむブ以䞊に゚レキギタヌを緎習したこずは぀いぞ無い)

    䜕故だかよくわからないが、卒業蚘念ラむブのために組んだはずのバンドが卒業埌も続き、メンバヌは札幌ず本州で散り散りなのに自䞻䌁画ラむブも䜕床かやった。絊料は緎習ずラむブのための亀通費で消えた。

    そういえば、わたしはずっず自分のギタヌを買わず他人のギタヌを借りおバンドをやっおおり、その理由は「どうせすぐバンドなんおやらなくなる」「わたしみたいな䞋手くそに匟かれるギタヌが可哀想」みたいなや぀で、盞倉わらず音楜を拗らせたくっおいた。
    バンドをやっおおきながらそもそも゚レキギタヌがそんなに奜きではなかったし()、楜噚屋さんに䜕床足を運んでもピンず来るギタヌに出䌚えなかった。が、遂に、初ラむブから1幎半ほど経ったずきに名叀屋の䞭叀楜噚屋でPRSに䞀目惚れしお買っおしたった。自分でも意味がわからないたたギタヌを抱えお新幹線で垰ったのを芚えおいる。

    䜜曲の勝手が䜕もわからないたたオリゞナル曲を䜜ったりもした。デモず呌べるものはわたしのお粗末な匟き語り(スマホ録音)、コヌドず歌メロず歌詞しかない状態でスタゞオに入り、「ずりあえず合わせおみるか」のノリでバンドで合わせた時の「え想像通りすぎる音が鳎っおるんだけど」「初回から合いすぎおおりケる」感。あの高揚感を忘れられないから、わたしはただバンドをやっおいるのかもしれない。

    色々あっお最初組んでいたバンドは空䞭分解したが、今もただ懲りずに幜霊郚員的に別バンドに所属しおいる。
    バンドずいうのは䞍思議なものだ。奏者同士の化孊反応だ。そのメンバヌでしか起こり埗ないこずが起きるのがバンドだ。
    合奏しおいたずきも思っおいたけど、同じ音は二床ず鳎らない。バンドは合奏よりもっず刹那的だ。

    バンドを䞀生懞呜やりたいな、ず時々思う。でも、楜噚もたずもに匟けないし、曲も䞊手く䜜れないし、どういう立ち䜍眮でならバンドを䞀生懞呜やれるのかわからないでいる。
    でも䞀生懞呜やるず決められたら、きっず最初のラむブのずきみたいに楜噚を緎習するず思う。どれくらい報われるかはわからないけど、バンドの邪魔はしないくらいにはできるはずだ。

    歌を習っおいるけれど、䞀向に䞊手くはならない。最初から良い声を持っおいる人には勝ち目がない。歌を習っおも生たれ持ったドブ声が良くなるわけではない。ピッチずリズムを倖しにくい、声が良くない人になっただけだ。

    ボヌカルはやるべきではない、ず理性は告げる。でも、ステヌゞに立っお歌っお客を煜っおたたにギタヌを匟いおいるず、楜しさで脳みそが痺れおくる。冷静に歌わないず本圓に聎き苊しいので、リハでめちゃくちゃ返しの調敎ずかするのに、本番になるず党郚吹っ飛んで楜しくなっおデカい声で歌っおしたう。デカい声で歌うずピッチもぞったくれもなくなる。ただのデカいドブ声が鳎っおいるだけで、攟送事故のようなものだ。

    本圓に぀らい。ラむブの埌は必ずバッドに入る。
    䜕で歌も楜噚も䞋手なのにあんなに楜しそうにしちゃったんだろう。バカみたい。完党に痛いダツだ。お客さんが優しかったから成り立ったけど、みんな心の䞭ではドン匕きだったに違いない。䜕おったっお䞋手なダツが楜しそうに叫んでいるんだ。デブだしブスだし。歌くらいたずもに歌え、ギタヌ゜ロくらいちゃんず匟け。できないくせにステヌゞを楜しむな。音楜をやっおいるず錯芚するな。のど自慢だったら1秒で鐘1぀鳎っお匷制終了するレベルだからな。最埌たでやらせおくれたメンバヌずラむブハりスず客に謝れよ。
    ごめんなさい。䞋手なのに楜しそうにしおごめんなさい。

    こんな人間が音楜を䞀生懞呜なんおできるわけないのだ。良い加枛音楜ず和解したい。どんな圢でもいいから、手攟しに音楜を楜しいず思いたい。

    䞀生懞呜音楜をやっお、うたくいったりうたくいかなかったりしたい。評䟡されないずきでも、自分の音楜っお良いはずなのにっお思いたい。

    わたしは人生の倧郚分が音楜ず共にある。クラシックを真っ圓にやっお、人䞊みに孊ぶべきこずは孊んできた。でも、そうじゃない人のほうが音楜を楜しんでいるように芋えるし、評䟡されおいるようにも感じる。自分が長幎かけお積み重ねおきたものは党お無駄だったんだず思う。

    流行りのミュヌゞシャンが「楜譜ずか読めないけどフィヌリングで曲䜜っおたすw」ずかむンタビュヌで喋っおるず死にたくなる。

    こんなに音楜のこずが奜きなのに、幌少期のアレコレ含め䞀皮の孊習性無気力に陥っおいお、もうどうしようもないくらい音楜ずの関係が拗れたくっおいる。誰か助けおほしい。ラむブのたびにバッドに入るのはもう嫌だ。



    おわり


    わたしが圓時䞀生懞呜録った歌、あず少しで2000回再生みたいなので、もし良かったら聎いおください。冷静に歌ったからそんなに聎き苊しくないはずです。


     
     
    瀟䌚䞍適合の䞋人。たくさんたべる。雑な料理をする。音楜ず映画ずアニメずラヌメンずストリップず飛行機がすき。ある日う぀病→双極性障害になったけど瀟䌚埩垰蚓緎䞭。

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