メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bylisa500ml

さびしくならないサラダを探して<第十四話>

     突然その日がやってきた。
     ちょうど、閉店間際でたいていの品物は売り切れてしまって、いつも何故か売れ残る<ゴーヤサラダ>と<ヤマトイモともずくのフレンチドレッシング和え>がガラスケースの中でぽつんとしていた。

     空になったガラスケースの内側をアルコール除菌した。ふきんで吹いている時すみませんとお客さんの声がした。<魚千>の勇ましいマグロ解体ショーの口上がスピーカーを通して漫談のように響いている中でも、その声は低くしゃがれてわたしの耳に届いた。

     その声を聞いて空耳かと思った。

     目の前に弟の七生が立っていた。へらへら笑ってた。そんでもってカーゴパンツを履いていた。その日は迷彩色じゃなかったけど。わたしは幻をみてるのかと思ったら、黒木チーフがとびきり大きな声でいらっしゃいませを店内に響かせていた。

     おっす!しおりぃ。ただいま。おれ、腹ペコなんすけど。おかずこんだけしかないの?

     おっすとか言ってんじゃねー。ってわたしが返すとへらへら七生が楽しそうに笑った。昨日まで会ってた人みたいに挨拶しないでよ。ショーケースの前で迷っていた七生は、ジーンズのポケットから財布を出した。じゃあ、このふたつ買っちゃうって残り物をぜんぶ買ってくれた。

     スマホじゃなかった。デジタル決済じゃなかった。七生らしかった。

     由弓がレジを打ってくれる。由弓にどもってちょこんと頭を下げた。
     黒木チーフが何故かその日、吃驚するほどやさしくて、わたしにもう上がっていいよってにこにこしていた。

     その言葉に甘えた。

     関係者通用口から階段を上がって、地階から2階の入り口までふたりで進んだ。
     ねえ、七生もうどういうこと?びっくりするじゃん。
     びっくりしたのは俺のほうだよ。ここでバイトしてるって風のうわさで聞いた。風のうわさってきっと透にちがいない。

     ほんとうにテリトリーがこじんまりしていて、それがしおりぃだよな。それにまだこのデパートあったことが奇跡だと思ったよ、嬉しかったよ。俺らの庭がまだあるなんて。そしてわたしをじっとみた。

     その時店内の天井を指さしてホタルノヒカリって七生が叫んだ。
     これさ苦手なんだよな。俺たちふたりでここで子守してもらってた時ホタルノヒカリ鳴ったら嫌な奴の親戚ん家に帰るのしぶってたじゃん。あのこと思い出すから嫌い。

     わたしも嫌いだったけど、ここに通うようになってその記憶は薄れていた。ふたりで走って、地上に出た。

     その時、あ、四葉さんまだいるの?って七生が聞いた。
     屋上の四葉さんまだいるよ。ぜんぜん元気。
     うわ、会いてー。しおりぃ明日四葉さんに一緒に会おうよ。

     彼の住むアパートはここの近くらしかった。マクドで夜マックした。
     俺ら変わってないよなって七生がつぶやいて。あまりに長すぎる空白の時間をすぐには埋められず、昨日まで知っていた人たちのように話をした。

     そしてわたしは七生に由弓との会食につきあってくれないかだけの約束をとりつけていた。オッケー、飯食えんならなんでもええよって即答していた。軽いなあ。今、なんかの見習いをしてるからと夜マックをかきこんだら、夜の町へと消えていった。またもや何の見習いをしているのかを聞きそびれた。そういえば、七生が日本からいなくなる時もわたしは彼の大事な言葉を聞きそびれたのだった。

     もういなくなんないでよ。わたしはその背中に言葉を贈っていた。

     仕事終わりに屋上に着いた時、七生はもう既に来ていた。
     その時、指をフレームの形にして空を見上げていた。小さい頃と変わらないおんなじ仕草。ふいに時間が後戻りするみたいな気持ちになった。
     どこを切っても青空。倦んでしまいそうな蒼。
     声をかけそびれたら、<グリーンサム>につかつかと入って行き、四葉さーんって大きな声で呼んだ後、四葉さんは見たこともないぐらいのくしゃくしゃの笑顔で七生を受け入れすぐ抱きしめて、お帰りって口元が動くのが見えた。
     七生の後頭部を何度も撫でて四葉さんはちょっと泣いているみたいにみえた。生きてたでーって何故か関西弁の七生の声がした。

     あの日のこと。高校を卒業したばかりの頃。七生が突然、海外に行くって言い出した。なんとかに参加したいって聞こえたから、わたしは何に参加するの?ってその団体かなんかの名称だと思って聞いていたら。七生がポツリと言った。だから「じんせい」だよって叫んだ。

     え? それは会社名なの?って畳みかけると、ちゃう。しおりもあるだろうしおりの「じんせい」おれにもあるんだよおれの「じんせい」って真剣なまなざしで言うからそれが「人生」だと初めてわかってちょっと息がつまった。双子だからって双子のまま一緒にいることはないんや。突き放されたみたいでわたしははじめて孤独な夜をマックスで体験した。

     大学に行くためにでもなく。「おれはじぶんの人生にちゃんと参加したいから海の向こうへ行く」って言った時、わたしは取り乱したのだ。
     
     家を出てったの、内緒でパスポートとってたのって四葉さんに必死で<グリーンサム>で愚痴った。
     その時四葉さんは大振りのフィロデンドロンの葉をマヨネーズをしみこませたやわらかい布で拭いているところだった。ただただ無心に拭いていた。

     マヨネーズで観葉植物の葉を拭くのは、人々の悲しみをぜんぶ受け止めてしまった植物たちの傷をいやすためにしていると四葉さんから聞いたことがある。マヨネーズの油分が彼らの傷を修復してくれるらしい。

    「四葉さん聞いてる? 七生がね」しばらく黙っていたふたりの沈黙を破ったのは商店街を流れるサザンのメロディーだった。
     ラララで四葉さんは口ずさみながら、「じぶんの人生は自分でしかみつからんのだよ。誰かが見つけてくれるわけじゃない。自分の人生にもっと参加したくて外国に行くなんていいことじゃないか。七生はそういう子だったよ。むかしっから。しおちゃん、双子はね、いつまでもふたりじゃないんだから。しおちゃんはしおちゃんでいいんだから」
     
     そう言われたのが5年前なのにまだ昨日のことのように思い出してしまう。
     七生は家を出てくる時言ったのだ
    「おれさ、この街すきだから。みんなのことも。それにこの恐ろしく古いデパートも。ぜったい生きて帰ってくるから心配すんなって。たかが海外だよ。あっちについたらポストカードぜったい出すから。俺はさ誰がつけたのか七回生まれてくるで七生だぜ。だから親父とお袋みたいに早くにくたばらないから大丈夫だって」

     ポストカードなんて一度も受け取らなかった。
     そして奴は帰ってきた。
     
     そんなことを思い出しながらわたしは四葉さんと七生を映画の最後のシーンのように見ていたくて。目に焼き付けた。

     

     
     
    ダ・ヴィンチ誌でエッセイ連載後、歌集『ゼロ・ゼロ・ゼロ』刊行。note公式コンテスト#推したい会社 創作大賞2023、2024恋愛小説部門中間通過、ベストレビュアー賞受賞。クリネックス涙腺短歌佳作受賞。短歌アンソロジー『星のうた』(左右社)寄稿。

    あなたへのおすすめ