
嫁が泣きながら世界を救っていた。
仕事終わり、俺の携帯に世界の終わりが届いていた。
嫁からのLINEである。
「やばい事件です。」
「終わった。」
「この世の終わり。」
「どうしよう。」
「電話して」
待ってくれ。
情報量は少ないのに、絶望感がすごい。
世界情勢が急変したのか。
日本が沈没するのか。
それとも、ついに地球に隕石が落ちてきたのか。
いや、待てよ。
俺の嫁だ。
もしかしたら、冷蔵庫に楽しみにしていたプリンがなかったのかもしれない。
それなら確かに、この世の終わりである。
俺は急いで電話をかけた。
「どうした!?」
俺の脳内では、すでに緊急対策本部が設置されていた。
仕事終わりの疲れなど関係ない。
愛する嫁に何かあったのなら、俺が力にならなければならない。
そして、電話がつながった。
そこで告げられた事件の全貌。
家にゴキブリが出たらしい。
…………。
……………………。
おい。
待て。
いや、確かに事件だ。
事件ではある。
しかし、俺は今、国家存亡の危機を想定していたのである。
それがゴキブリ。
地球規模の危機から、急に我が家の床面積まで話が縮小した。
Googleマップもびっくりである。
しかも、俺が電話をかけた時には、すでにゴキブリは退治されていた。
そう。
電話をかけた時には、もう世界が救われたあとだった。
俺は緊急記者会見に呼ばれたつもりだったのだが、現場に着いたら戦争が終わっていた。
なんなら平和条約まで締結されている。
俺だけが何も知らない。
そして、さらに驚くべき事実が発覚した。
嫁は、泣きながらゴキブリを退治したらしい。
泣きながらである。
怖かっただろう。
本当に怖かったと思う。
それでも嫁は戦った。
恐怖に震えながら、己の手で平和を取り戻したのだ。
映画だったら、ここで主題歌が流れている。
夕日に向かって歩く嫁。
その背中には、世界を救った者にしか出せない哀愁が漂っている。
一方、その頃。
夫は仕事をしていた。
……。
いや、俺も頑張っていた。
俺も社会を支えていた。
ただ、嫁が守ったのは世界で、俺が守ったのは職場である。
スケールの差がすごい。
俺もいつか、嫁に負けないくらい大きなことを成し遂げたい。
そして、いつの日か嫁にこう言われたい。
「あなたがいてくれてよかった」と。
……。
いや、待てよ。
今回の事件、俺が家にいたとしても、何の役にも立たなかった可能性がある。
むしろ嫁が泣きながら俺に助けを求め、俺も泣きながら嫁に助けを求める。
そしてゴキブリだけが、悠々と我が家を支配する。
……嫁が仕事で、俺が足手まといだった可能性がある。