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中途半端なあなたへ

    「中途半端な自分がいやになる」

    そんなふうに感じたことはありませんか。

    最後までやりきれない自分。

    どっちつかずで迷っている自分。

    私のことです。

    「中途半端」は、私の専門分野です。

    「中途半端な自分がいやになる」

    そんな自分を責めてしまうこともあるかもしれません。

    でも、本当に「中途半端」は悪いものなのでしょうか。

    私は、そうは思ってなくて

    中途半端というのは、何もしていない状態ではなく、

    「ちゃんと向き合っている途中」の姿です。

    何もしていなければ、悩むこともありません。

    迷うことも、立ち止まることもありません。

    悩んでいるということは、
    それだけ一生懸命に考えている証拠です。

    私たちはつい、「白か黒か」「やるかやらないか」と、
    はっきりさせたくなります。

    でも現実は、その間にある
    グラデーションの中で
    成り立っていることがほとんどです。

    だからこそ、「中途半端」にも大切な意味があります。

    完成していないからこそ、方向を変えることができる。

    やり直すこともできる。

    より良い形を選び直すこともできる。

    それは、「変化できる柔らかさ」があるということです。

    また、途中だからこそ気づけることもあります。

    やり切ることだけが価値ではなく、やりかけの中にこそ、本音や違和感、大切にしたいものが見えてくることもあります。

    そして中途半端は、人間らしさそのものでもあります。

    いつも完璧でいようとするよりも、
    迷ったり揺れたりしながら進む姿の方が、
    どこか温かく、共感を生むものです。

    もちろん、
    「投げ出してしまう中途半端」と、「今まさに途中にいる中途半端」は少し違います。

    でも、もし今が後者であるならば、それはまぎれもなく「成長の途中」にいるということです。

    中途半端は、未完成ではありません。

    「これからどうにでもできる余白」です。

    その余白があるからこそ、可能性が広がっていきます。

    だからどうか、今の自分を責めないでください。

    途中であることは、決して悪いことではありません。

    むしろ、前に進んでいる証です。

    無理に答えを出さなくても大丈夫。

    今はただ、その途中にいる自分を、そっと認めてあげてください。

    と、私に言っています。


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    今日も私の小さな言葉が、誰かの小さなお守りになりますように


     
     
    人権講師/関西大学客員教授 〜人にも自分にもあたらない社会をめざして〜をテーマに全国で講演をさせていただいておりますが「主役は参加者の皆さまで私は場を作るお守りです」 このnoteでは、人生の痛みと希望から生まれた祈りを綴ります📝の力を思い出す、小さなお守りになれば幸いです✨

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