
「そんなこと?」が、今は嬉しくてたまらない。
昨日、仕事中のこと。目の前のデスクでフリーランス仲間とZoom談笑中の夫が、こんなことを口にしました。
「朝、娘が起きて、言わなくても着替えてくれるようになったことが本当に嬉しい」
「わっかるーーー!!!」と思わず心で叫ぶ私。
着替えて。着替えないと遅刻するよ。着替えないと朝ごはん食べられないよ。
この3段活用を言わないで済むのが、どれだけありがたいことか。
と同時に、「ちっぽけすぎるーーー」とも思う。子どもに小言を並べなくて済むのがそんなに嬉しいことなの?と。
といっても、こんなふうに思えるようになったのは、子どもが生まれてから。もとはといえば「結婚した」「昇進した」「家を買った」くらいのビッグなことじゃないと、幸せだなんて思えなかった。
なぜこんなに変わったのか?
それは、きっと「幸せを感じるハードル」が劇的に下がったから。
お金を稼ぐこと、昇進すること、人から認められること。
思えば会社員時代は、仕事でどう成功するかばかり考えていました。
結婚後、4年以上も子どもを作る気になれなかったほど。「今はそういう時期じゃない」とずっと思っていました。
「自分が何かをする→結果が出る→幸せ」だったんですよね。
それが、子どもが生まれてから大きく変わりました。
自分が何かを成し遂げなくても、幸せ。
娘が昨日できなかったことを、今日できるようになるのも。
誰かに助けてもらうことも、誰かの優しさに触れることも、全部幸せだと思えるように。
たとえば、子どもが生まれて、こんな出来事がありました。
電車に乗ろうとしてベビーカーを倒してしまったとき、乗客のサラリーマンが3人くらい立ち上がって助けにきてくれたこと。
横断歩道で一緒になったマダムから「かわいいわねぇ。今でも一番思い出に残ってるくらい、子どもが小さかった頃の時間は貴重だったわよ。今は大変だけど頑張ってね」なんて励ましてもらえたこと。
どれも、子どもがいなかった頃の私なら、きっと思い出に残るほどのことではなかったはず。
でも今は、「ああ、優しくしてもらえるって、なんて幸せなんだろう」と、記憶に残るようになりました。
結局のところ、子どもが生まれて「幸せのハードルが下がった」というより、「幸せの見落としが減った」だけかもしれません。
日々、大きな出来事はなくとも、小さな幸せを毎日のように見つけられる。
「自分の人生をどう良くするか?」だけを考えていた頃には見えていなかったものが、ずいぶん見つかるようになりました。
明日の朝も、娘が自分で着替えてくれたらいいな。
そんなことを思える今が、私はやっぱり好き。