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読み切り恋愛短編集【れれこい】 18.ワンダー 833

    読み切り恋愛短編集【れれこい】

    前日譚⤵️

    ※読み切りですが、関連のある章には同じヘッダー画像を使用していますので、ご参考になさってください


    第18話 ワンダー


     その人は何度も同じ女性に躓いてしまう。
    「もう無理だ」「もうやり直せない」とその都度思う。
    泣いて蹲って魂が抜けたようになって、
    食べられなくて眠れなくて頭が痛くて、こんなにも涙は流れ続けるのかと不思議に思う。
    それでも諦めきれないし、諦めようとも思えない。
    この世が終わるかと思っていても、相変わらず夜は明ける。
     時間が過ぎると、愛する人はやっぱりただ一人だけだと思い直す。
    人生をかけて愛し続けようと心に決める。
    何があっても挫けるものかと自分に誓う。
    躓いたとしても起き上がればいいだけだと開き直る。
     それが彼の愛の形なのだから、誰からの慰めも必要ない。
    誰も助けてくれなくて構わない。
    「そんな恋愛はやめた方がいい」なんて余計なお世話だ。
    「もっと良い人がいるよ」なんて関係ない。
    「一生を棒に振るつもりか」なんて、一生が終わってみないと判らない。
     ただ毎日をやり過ごすだけ。
    朝起きて仕事に行く。
    昨日を終える、今日を過ごす、眠る、目覚める、そして明日を迎える奇跡を願う。
    愛する人を心に想い描く時間だけが至福。


     その女性は儚げに見える。
    揺蕩っているかのように見える。
    本当はいないのではないかと心配になる。
    もしかしたら話さないのではないか、もしかしたら何も食べないのではないか、それほど透明な存在。
     実は何ものにも囚われない。
    誰にも拘らないし誰にも庇護されなくて構わない。
    たとえ誰からも関わられなくても、喜ばせてもらわなくても、好きになってもらわなくても、心を自由に解き放てる方がいい。
     誰かのためではなく、自分の自由のためだけに毎日を生きる。
    自由な毎日を続けるために、仕事にも行くし、買い物にも行くし、装いもする。
     「いいな」と心奪われる人が現れれば「好き」と言ってみる。
    未来永劫の「好き」じゃない。
    24時間365日の「好き」じゃない。
    今この瞬間だけのピンポイントの「好き」。
    もしかしたら、あと何分かくらいは続くかもしれないけれど。
     私を好きなのに、どうして私の羽をもごうとするの?
    どうして私の脚に枷を嵌めようとするの?
    私にGPSでも付けるつもりなの?
    そんなことをされたら、私は私でなくなってしまうのに。
    私の自由を奪うつもりなら、私はそれを愛とも恋とも呼ばない。


     たとえ自分が愛されていないとしても、好きな人がいることは幸せな奇跡。
     「もし私があの人と……」「あの人と一緒に……できれば」「将来あの人と……」そう考えるのは日々の華やぎ。
    好きな人がいないときの自分とは、全く違う自分の出現に自分で驚く。
     表情は、言葉遣いは、姿勢は、服は、髪型は、メイクは、バッグは、靴は、話題は、どうしよう?
    ただ好きな人に合わせるだけじゃない。
    折角だから「好きな人がいる自分」を、思い切り楽しんでみてるだけ。
     もし自分の好きな人が自分を好きになってくれたら素敵。
    どんなところが好きになったのか言って。
    どんなふたりでいたいのか言って。
    いつまでも一緒にいられるように、努力をするかもしれないし喧嘩をするかもしれない。
    頑張るかもしれないし頑張らないかもしれない。
     もしふたりが続かなくなったら、ちゃんとお別れをしよう。
    傷つくかもしれないけれど、きちんとケジメをつけよう。
    理由は言わないかもしれないし、訊かないかもしれない。
    でも無視したり黙り込むのはやめよう。
     これだけの心づもりがあれば、好きになったって、きっと大丈夫。



     毎日、毎秒、誰かと誰かが恋に落ち、誰かの恋が終わりを迎える。
    片恋、相思相愛、憧憬、尊敬、崇拝、慈愛、一途、恋多き、無償の、熱愛、情愛、性愛、略奪愛、プラトニック、失恋……
     恋のスタイルは違っても、始まりは「あ、好きかもしれない」という小さな燻り。
    短い恋も、長い恋も、深い恋も、広い恋も、不器用な恋も、真っ直ぐな恋も、捻れた恋も、どんな恋もただ「好きかもしれない」から。
    良いも、悪いも、正しいも、誤りもなく、仄かなあかりが小さくともるだけ。
    わずかな明るみに気づいて、拾い上げて、消えないように風を避けて育むだけ。
     恋の感情には何と多くのバリエーションがあるのだろう。
    恋をしなければ味わえない感情って何と多彩なのだろう。
    味わわないのは勿体ない。
     恋しい気持ちは太古の昔から連綿と続いている。
    人の数だけ異なる恋がある。
    恋する気持ちや愛した記憶は生きるエネルギーになる。
    実っても、実らなくても、共感を得られなくても、破れてしまっても、たとえ燃え滓を抱きしめなくてはならなくなったとしても。





    (秋実あきざねれれ子)

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