
悪に優しきこの国で −裁かれぬ悪と、救われる悪−【第11話】冤罪被害者
「この人、痴漢です!」
甲高くて幼い声が車内に響き渡った。
その瞬間、車内の視線が私に向けられた。
振り向く隙もなく、ミニスカートなのか制服なのか判別もつかないほど短いスカートを穿いた女子学生に、腕を力任せに掴まれた。
「ま、待ってくれ! 鞄を持っている手で、どうやって触るんだ!?」
「あんたバカ? その鞄を私の大事なところに擦りつけてたんだよ!」
「そんな馬鹿な……! 私は両手で鞄を前に抱えるように下げていただけだ!」
「言い訳はいいんだよ。ほら、次の駅で降りな。鉄道警察に突き出してやるからさ」
こうして私、雫石和也35歳は、刑事訴訟法第213条に基づく「私人逮捕(現行犯逮捕)」という法の手続きにより、彼女に拘束されてしまった。
辺りは騒然とし、中にはスマホで撮影する奴らまでいた。
言うまでもなく、これは完全な『冤罪』だ。
私は痴漢など絶対にやっていない。 だが、取調室で取調官から提示されたのは、あまりにも残酷な「選択」だった。
「罪を認めて示談交渉に応じた方がいい。初犯で反省の色があり、示談が成立すれば微罪処分で即日釈放されるし、不起訴になって前科もつかないから」
警察官は親切心のような口調でそう勧めてくる。 だが、私はやっていない。やっていない罪を認め、嘘の謝罪をして示談金を出せと言うのか?
しかし、無罪を主張して示談を拒否すれば、そのまま勾留手続きが進み、最長23日間も留置場に拘束される。長期拘束となれば会社にも事件が知られ、懲戒解雇や社会的抹殺は免れない。
私は、たった一人の「言いがかり」と「言い分」だけで、一瞬にして犯罪者の烙印を押されてしまうのか? 否認し続けて人生を壊すか、嘘の罪を認めて金で示談し「痴漢の既事実」を買うのか。
仮に示談を選んで家に帰れたとして、妻には一体何と説明すればいいというのだ? パニックを起こした頭の中は白く霞み、まともに思考することすらできなくなっていた。

【以下法律的解説として】
本話で描かれた主人公の苦悩は、日本の痴漢冤罪問題において長年指摘され続けている「私人逮捕の限界」および「精密司法と人質司法がもたらす構造的冤罪」の現実を浮き彫りにしている。
1. 「私人逮捕(現行犯逮捕)」と客観的証拠の不在
刑事訴訟法第213条は、犯人が現に罪を行っている(あるいは行い終わった直後である)場合、警察官でなくとも一般人が令状なしで逮捕できる「私人逮捕」を認めている。 しかし、満員電車などの密室空間における痴漢事件では、客観的な防犯カメラ映像や第三者の目撃証言が得られにくく、事実上「被害を訴える人物の証言」のみで逮捕が成立してしまう。そのため、誤認や冤罪、あるいは不当な示談金目的の言いがかりであったとしても、逮捕を回避することが極めて難しい構造となっている。
2. 「自白(示談)」か「長期拘束(人質司法)」かの踏み絵
逮捕・勾留された被疑者は、否認(無罪主張)を続けると「罪証隠滅や逃亡の恐れがある」と判断され、最長23日間の身柄拘束(勾留)を受ける可能性が高くなる。この長期間の拘束は、会社解雇や社会的地位の失墜に直結する。 一方で、冤罪であっても「罪を認めて示談」を行えば、不起訴処分や起訴猶予となり、前科をつけずに早期釈放されるケースが多い。この「否認すれば人生崩壊、自白すれば早期釈放」という司法実務の圧力(人質司法)が、不本意な虚偽自白や「冤罪の受け入れ」を生み出す温床となっている。
3. 「無罪推定の原則」と社会的抹殺のギャップ
本来、近代刑事法においては「判決が確定するまでは無罪と推定される(無罪推定の原則)」が保障されている。 しかし現実の社会においては、逮捕された時点で実名や冤罪の疑惑が噂として広まり、勤め先や家族関係において「推定有罪」としての不利益を被る。法的には無罪を勝ち取る権利が認められていても、その権利を行使するための代償(職や信用、家族の平穏の喪失)があまりにも大きすぎるという、法と現実の致命的な解離が存在する。 やっていない証拠(悪魔の証明)を突きつけられ、正義を貫くほど人生が破壊されていく。 罪を犯していない一般市民を救えない「人質司法」のシステムもまた、日本の刑事司法が抱える深刻な不条理の一つである。
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