
蠍座の女(リライト版)【第12話】終わりを意識した日
罪と愛のあいだで揺れる二人。
日常に戻ろうとする聖名と、離れられない大和。
“最後になるかもしれない”逢瀬の朝、
それぞれの心に訪れる静かな決意……。
(大和の独白)
聖名のLINEには、どこか落ち着いたあたたかさが滲み始めた。不倫という非日常すら、彼女の「日常」の一部として穏やかに溶け込んでいくような……。

「今日はね、次男の算数のテストが良かったんだ」
「長女がね、誕生日祝いのお手伝い券使って、晩ごはん作ったんだ……味噌汁、すっごくしょっぱかった(笑)」
それまであまり語らなかった“家族のこと”を、彼女は少しずつ、俺に話すようになっていった。
最初は、それを微笑ましく受け止めていたが、でも、聖名の家族の話を聞くたびに、自分の存在が罪深いものだと痛感する。彼女の幸せを願う一方で、彼女を手放したくないという、身勝手な感情が渦巻いていた。
聖名のまなざしが、ほんの少しずつ、俺ではなく家の方向に戻っていくような気がしていた。
彼女にとって、俺との時間は、主婦としての、母としての、日常からの“逃げ場”であり、女としての寂しさを埋めるための時間だったのかもしれない。
そして、心を十分休めた聖名は、再び現実に戻ろうとしている気がした。今は聖名の存在が、俺の生きる糧になっている。 失いたくない……。聖名を、どうしても。
(聖名の独白)
大和さんとの幸せは、長くは続かないかもしれない。
その考えがよぎった瞬間、離れたくないと言う感情が目からあふれ出した。
罪悪感なんて、もう何度も感じてきた。
でも、今回はちょっと違う。
罪悪感よりも、終わりが近づいている予感のほうが、ずっと大きかった。
大和さんの「愛してる」という言葉を、何度も思い出す。
……私も、愛してる。
本当に、心から。
だけど、それだけでは生きていけない。
女でいる私と、母でいる私。
その両方を、いつまでも両立はできない。
子どもたちは、何も知らずに私を信じてくれている。
夫も、気づいていないふりをしてくれているのかもしれない。
ある晩、電話越しの声が少しだけ震えた。
「……ねえ、私、大和さんの奥さんになりたい」
「えっ?聖名……良いの?お子さんは?」
「置いていく……、でも、大和さんが許してくれるなら……だけど」
「……略奪婚……だよね」
「……う、うん、そうだよね」
そうだ。物心がつき始めた子供たちにとって、大和さんは両親を壊した悪人でしかない。私たちは、一歩踏み出そうとした瞬間に、冷酷な現実に足元を掬われた。

「大和さん、私……、どうすれば良いの?」
俺は何も言えなくなった。
電話の向こうでは聖名が、泣いている。
俺は、「俺について来い」「子供たちも一緒に」
その言葉が言えなかった……。
だが、家庭を壊した男が父親になるなんて、聖名がその男の妻になるなんて、二人とも憎まれるだけの未来しか俺には見えなかった……。
俺達は不倫と言う関係から一歩踏み出そうとした瞬間に現実の難しさを認識させられた。
答えが、見つからないまま俺達は電話を切った。
互いに「愛してる」と言いながら。
翌日
「私たちの関係って、もう無理なの?」
「……なんでそんなことを聞くの?」
「うん……」
「……聖名、何か言いたい事、あるんじゃない?」
「……ううん、大和さん、私の事愛してる?」
「ああ、誰よりも愛してるよ」
ああ、どうしよう。
また会いたくなってる。
また触れてほしいって、思ってる
泣きそうになった。
でも泣けなかった。
泣いたら、もう戻れなくなる気がして。
「私も……」
それだけ言うのが、精一杯だった。スピーカーの向こうで、ふっと聖名の吐息が漏れる。彼女の中で、理性が静かに目覚めていくのが分かった。
明後日に会う約束をして電話を切った。
(聖名の独白)
最後になるかもしれない。
そう思う自分が、誰よりも悲しかった。
私たちは明後日また会う約束をした。
明後日の密会が近づくにつれ、胸の奥がざわついていた。
嬉しいはずなのに、どこか息苦しい。
また会える。触れられる。愛してもらえる。
それがこんなにも嬉しいのに……
どうして私は、こんなにも不安なんだろう。

その朝、私はいつも通りに子どもたちを送り出し、洗濯機を回しながら、窓の外を見ていた。
どこにでもある普通の家。
何ひとつ壊れていないように見える家庭。
でも私は、その裏で、もう一つの人生を生きている。
大和さんと過ごす、甘くて、罪深い時間。
(これが最後かもしれない。だから……)
本作品はフィクションです。登場人物・団体名等はすべて架空のものです。
著作権は著者に帰属します。無断転載・複製を禁じます。
また不倫を推奨するものではありません。
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