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天才か狂人かー自らを貫き通した魯山人

    この人は、天才なのか。それとも狂人なのか。

    NHKで「魯山人のかまど」を全話見終えたあと、最初に浮かんだのはこの問いでした。

    篆刻てんこく、絵画、陶芸、そして料理。あらゆる分野で一流と称されながら、その生き方はあまりにも破天荒で、あまりにも人を遠ざけるものだった北大路魯山人ろさんじん(藤竜也)。

    正直に言えば、最初は“苦手なタイプの人間だ”と思いました。
    傍若無人で、気難しくて、関わりたくない。
    到底、私の物差しでは測れない人…

    なのに、なぜか目が離せない。
    気づけば私は、この理解不能な人物に強く惹き込まれていました。

    稀代の芸術家・北大路魯山人を若手記者・田ノ上ヨネ子(古川琴音)が取材を通して心を通わせ、仕事を超えた私的な目を通して描かれたドラマでした。



    みなしごの苦労人、5回の結婚

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    自身の体験からもれなく学び取る

    魯山人は京都の上賀茂神社の社家・北大路家の次男として生まれましたが、すぐに里子に出されてしまいました。
    里子と言えば聞こえはいいですが捨て子も同然。
    一説によると母の不貞でできた子だったとも言われています。

    養家を転々とする辛い幼少期の中、大人たちに気に入られようと自ら炊事を担うようになります。
    この経験を通して身につけた料理は、生涯をかけて追求するものとなりました。

    篆刻てんこくは書家・岡本可亭に学び、美食家としての舌は京都や金沢の文人や豪商の客人として過ごした経験によって磨かれたようです。

    元々、器用な性質たちだったのでしょう。魯山人は一度没頭した物を確実に自分のものにし、五感を使って鋭い審美眼を養い続けました。
    ただし、その感覚は極めて独自性の強いものでした。

    最低な無責任男

    結婚と離婚を5回繰り返し、子どもをもうけた妻でさえ容赦なく離縁するという冷酷な一面も持っています。

    同じことを繰り返すあたり、女性に対しては飽きやすい性格だったのかもしれません。
    いわば「熱しやすく冷めやすい」人物。女性の立場から見れば、無責任な男と言わざるを得ないでしょう。
    当然ながら、家庭に恵まれることはありませんでした。

    それでも彼が生活を豊かにする「芸術」を徹底して追求したのは、わがままなだけではなく、人生の辛酸をなめ尽くした経験があったからこそなのかもしれません。

    他人の顔色など意に介さず、自分の軸で生きる。それが魯山人にとっては当たり前のことだったのでしょう。

    有名人であろうがお構いなし

    そんな魯山人の山深い邸宅には、彼の料理や”もてなし”を求めて、多くの著名人が訪問します。

    中でも第2話「晩夏編」では、吉田茂首相の紹介で訪問した大物政治家・大河原角造(伊武雅刀)が取り巻きの若手議員と共に訪ねてきます。
    彼らの横柄な振る舞いに憤るヨネ子に対し、魯山人は「相手は金だと思って芝居をすればいい」と諭します。

    しかし、食材に関しての何気ない一言をきっかけに魯山人の怒りが爆発し、ついには乱闘騒ぎへと発展してしまいます。

    それら残骸を集めて、魯山人自ら作り直して、使用人たちと穏やかに食事をする場面は印象的でした。
    彼にとって料理とは、喜んで味わってもらうための”もてなし”そのものなのだと伝わってきました。


    魯山人のプライドと信念

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    このドラマはややもすれば退屈で、派手さこそありません。
    しかし、その晩年に焦点を当てることで、彼が育てた美意識とともに培ってきた人間像を丁寧に描いた作品だと感じました。

    日本に継承された美しい精神と文化

    戦後の日本の基礎を築いた首相・吉田茂(柄本明)や彫刻家・芸術家のイサム・ノグチ(筒井道隆)など、魯山人のもとを訪れた著名人たち。
    みんなそれぞれ、その”もてなし”に人生で必要な何か●●を得て、満ち足りた様子で帰っていきます。

    その中で世界の実業家・大富豪のロックフェラー三世(サイモン ・ペッグ)の言葉が胸に残りました。

    茶室での”もてなし”を受けたロックフェラーは、茶室を出た直後、飛び石が温められていることに気づきます。
    季節は初冬。初雪が降る日に、このような”心遣い”に感銘を受けるのです。

    ー敗戦により日本は物理的●●●に崩壊したが、誰も奪うことのできない精神的●●●な美しさや文化が残っているー

    この気づきは、むしろ外国人だからこそ鮮明に理解できたものかもしれません。
    魯山人の”もてなし”を通じ、日本文化の本質に触れた瞬間でした。

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    なお、飛び石はヨネ子が(魯山人の指示で)炭火で温めたものでした。

    人間関係を通して魯山人を語る

    魯山人は、唯一溺愛した娘(藤野涼子)とも疎遠になってしまいます。
    きっと父の表面的な気難しさが理解できなかったのかもしれません。

    多くを語らない描写の中で、娘が生活苦に陥っている様子が断片的に描かれます。
    ある日、娘は父の作品を盗もうとしますが、使用人の春子(中村優子)に見つかります。この場面の無言の演技は非常に印象的でした。

    さらに春子が親子関係の修復を進言したことで、魯山人の逆鱗に触れ、解雇されてしまいます。

    一見すると、ただのわがままな魯山人ですが、後の描写からは確かに娘への愛情が感じられます。人としての感情を備えながら、不器用ゆえにそれをうまく表現できない姿に、かえって静かな感動がありました。

    芸術に権威は不要

    「人間国宝」に2度も推挙されながら決して受けなかった魯山人。

    受ければ、社会的な信用や名声、何より技術継承などの名目で大きな助成金を得ることができます。
    表向きは優雅に見える魯山人ですが、実は骨董品収集に財産のほとんどを注ぎ込み、使用人たちにお給料を支払えないほど困窮していたのにもかかわらずです。

    お金は魯山人にとって、物理的●●●には欲しいものであったはず。
    しかし彼は精神的●●●に受け取ることは断固としてできませんでした。

    その理由はドラマを通して存分に描かれていました。
    元来、芸術の価値は国に認められるものではなく、自身の作品で示すもの。
    それが魯山人の”信念”でした。

    この思想は臨済宗の開祖・臨済義玄りんざいぎげんの説く「無位むいの真人しんにん」に通じるもので、彼はこれを貫き通したようです。
    地位、名誉などの肩書きに依らず、あるがままの自己こそが本来の姿であるという禅の思想です。
    そうなってこそ本来の命は輝くという禅の基本的な思想に基づいたものなのです。

    魯山人はこれを理屈ではなく、本能で体得していたのかもしれません。

    とはいえ、彼のように自己を貫く生き方は、他人から疎まれ、経済的にも恵まれにくいものです。
    しかし、日常の中で常に「美」を追求し続けたその人生は、誰よりも豊かだったのではないでしょうか。




    藤竜也さんは、年齢を重ねるごとにますます深みのある俳優になられました。
    かつての魅力を残しつつ、円熟味を帯びた演技はますますステキでした。

    現在、84歳。
    俳優という職業は、年齢とともに人生そのものを表現できる仕事なのだと、改めて感じさせられました。


     
     
    エッセイスト (主に読書、歴史に関して書いています。 1961年生まれ大阪府出身。読書好き。歴史好き。ハンドメイド好き。妄想好き。 著書「レキジョークル奥の枝道」シリーズ7冊目をただいま執筆中。<https://amzn.to/3vgIGz9>

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