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神田橋條治、中井久夫、村瀬嘉代子の「一品料理」提供ワールド

    一般的に精神科で1番、難しいケースは複雑性PTSD。
    その中でも、解離性同一性障害まで発症していれば
    どの精神科医でも治すことは困難
    解離性障害くらいなら優秀な精神科医ならある程度まで治せる
    境界例を何十年と診てきた神田橋先生がトップに君臨しているのは、最も難しい病気を診てきたから

    — 羽馬 千恵 | 複雑性PTSD・虐待サバイバー (@haba_survivor) April 27, 2026

    私はお会いしたことはないですが神田橋先生の本を
    読むと患者に向き合うというより人間として関わってくれて「ともに」生きようとする、そういう精神科医だと感じます
    境界例なんて人間への深い愛がないと関われないし
    治すというより患者が自分の力で治っていく
    その自然治癒力を「ともに」という感じ https://t.co/5wyY7ty1qZ

    — 羽馬 千恵 | 複雑性PTSD・虐待サバイバー (@haba_survivor) April 28, 2026

    #神田橋條治 先生を、はじめて講演会でそのお姿と話しぶりを拝見した時のプレゼンス(存在感)の質をひとことで言えば、
    「小学校の用務員のおっさん」
    でした(笑)
    それくらい、飾り気がなくて、庶民的な雰囲気の方です。
    患者さんを害する感じがまるでしない。

    — 阿世賀浩一郎@弱者男性のための恋愛講座 第1回、5/1(金)19:30から無料で再実況 (@kasega1960) April 28, 2026
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    用務員さん、こと、神田橋條治先生

    「小学校の用務員のおっさん」
    精神科医や心理士さんのような精神疾患の専門知識がある専門職より
    用務員のおじさんとか、近所の喫茶店のおばさんとか
    心理学の理論で相手を見ないで
    ごく普通に人生経験をもとに相談に乗る人の方が
    相手の心に共感できて、意外とトラウマって治せる気がしているのです https://t.co/PUCJA8yIHa

    — 羽馬 千恵 | 複雑性PTSD・虐待サバイバー (@haba_survivor) April 28, 2026

    ひとりひとりの人間は皆違う環境で育ち、違う体質で生まれ、今も違う状況で生きている以上、安易に、自分個人の人生経験だけに当てはめてアドバイスするのでは危険です。

    それを病理水準の深い患者さんを含めた、多くの人に通用する普遍的なものに高めるのが、本来の専門知識や専門スキルの役割はず。

    さらに言えば、そうやって生まれも育ちも異なるクライエントさんの「人生経験」をたくさん聞いてきた、というのも、治療者側の「人生経験」の積み上げのはずです。

    ところが、専門家になると、目の前の患者さんを、専門的「公式(formulation)」に「頭で」あてはめて理解して「楽をしよう」とする罠にはまりやすいと思います。

    もちろん、限られた面接時間に、一日数名、お医者さんによっては数十名お会いするわけだから、そういう「エネルギーの節約」は必要ともいえるわけですが、そういうひとりひとり異なる事例について、ひとりひとり異なる対処法を、ひとりひとりの今の状況に応じて「提案」する(つまり「押し付け」ない)ということを、「身体で」直感的に判断して、生き生きとした新鮮な、当意即妙なわかりやすい言葉で、アド・リブで「紡ぎ出せる」必要があると思っています。

    これを、神田橋先生のなくてはならない盟友だった、亡き中井久夫先生は、

    「治療者は、患者のために、心を込めて『一品料理』を作る必要がある」

    と表現したわけです。

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    中井久夫(1934-2022)
    私が在世中に目の前でお姿を拝見できなかったのが残念な、
    隋一の臨床家と言っていいですね。
    しかし、著作を通して、
    まるでお声を実際に聞いていたかのような親近感を感じ続けて来ました

    これをしないと、精神科医やカウンセラーは、

    「あーあ、今日もまた、こういうタイプの『困ったちゃん』の患者が来たか、やれやれ」

    になる。

    ところが、実は、そういう、

    「ああ、また『このタイプ』の患者か。やれやれ」

    と「レッテル貼り」したその瞬間、医者やカウンセラーは患者さんに「投げやりに」なり始めるわけで、それは言葉の調子や顔の表情や態度に染み出始める。

    それは当然患者さんに伝わり、患者さんを傷つけ、患者さんを失望させ、時には患者さんを苛立たせるわけで、患者さんが治療者に攻撃的になったり、挑発したりし始める険悪状態への、むしろ「引き金」になるわけですね。

    ところがそれを体験した精神科医やカウンセラーは、そういう患者の様子を見て、

    「ほら、やはりこの患者さんは、私の予想(予言)どおりの『困ったちゃん』だったか、やれやれ」

    ・・・実は最初に「型に当てはめた」決めつけをするという、トラブルの「原因」を作ったのは治療者の方なんですが。

    こういう現象を、社会心理学では「自己成就的予言"Self-fulfillment of Prophecy"」といいます。

    原因と結果がみかけと現実は逆、治療者側が先にそういう目で見たから、患者さんそういう患者さんに「なっちゃって」、あなたの「期待通り」の、困ったちゃんの「症状」だらけに見えてるんですが・・・という、恐ろしい世界ですね。

    逆に、クライエントさんひとりひとりを、皆違った存在としてリスペクトして、謙虚に「学ぼう」という姿勢でいたら、
    今度は患者さんの、こちらの想像を超えた健康なエネルギーや認識に遭遇できて、こちらも感銘を受けるし、

    「・・・あ、それいい!その健全な面、もっと活用しましょうよ」

    という、徹底的な個別処遇的「一品料理」コースになるわけです(これについては後述)。


    私は、「宮本武蔵」で著名な小説家、吉川英治の
    「我以外すべて我が師」
    という言葉を座右の銘にしています。

    つまり、例えば路上生活者であろうと、恐らく私は体験したことがない凄まじい人生経験の果てにそういう境遇に至ったわけで、それはそれだけでリスペクトに値し、いくらでもそこからこちらが学べることがあるはずです。

    治療的専門家にとっての「人生の教師」は、自分が出会うひとりひとりの患者であり、さまざまな患者の体験から「学ぶ」という、実に贅沢なことを、我々治療者は日々「させていただいている」わけで。

    そうした「患者からの学び」の体験と、治療者「個人」の日々の「人生経験」・・・

    ・・・例えばそれは、パートナーとちょっとした喧嘩になってなじりあいになった、ということかもしれないし、
    たまたま立ち寄ったコンビニでの、外国人店員に酔った客が延々とクレームをつけている状況に遭遇した中、介入まではしないで眺めていた自分でよかったのかな?ことかもしれないし、
    観た映画や聴いた音楽で感動した、ということかもしれない・・・

    ・・・を全部重ね合わせ、それを学んだ「専門知識」や「専門スキル」と重ね合わせて「身体で」(頭で、ではないです)消化吸収していく必要があると思っています。

    この「我以外すべて我が師」という吉川英治の言葉を知ったのが、恩師の奥様である村瀬嘉代子先生の講演会でした。

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    村瀬嘉代子先生

    この嘉代子先生という方は、カウンセラー業界で一番畏怖され、あの河合隼雄先生ですらビビっていた、日本のカウンセリング界の「アマテラスオオミカミ」あるいは「雪女」(笑)と言われた真の「黒幕」なんですが、これまた神田橋先生と全く同じで、プレゼンス(存在感)が「ふつうのおばさん」、しかも専門的な難しい言葉を我々専門家に対してすら一切使わないで、わかりやすい言い方を全部「アド・リブで」思いついて語り続ける先生でした。

    そしてこの嘉代子先生の「治療法」というのが、絶対にまねできない、いや、平凡なカウンセラーは決してまねしては「ならない」とまで言われた、おきて破りのスタイルでして。

    例えば、クライエントさんに似合う服を見つけに一緒にショッピングに行っちゃうわけです。

    そしてその服を着た患者さんと遊園地に行ってしまう。

    こういう、面接室の外で、プライベートな関係を持ってしまうことは「多重関係」といって、一般には禁じられいることそのものだったわけで、「村瀬嘉代子のみに許させる、村瀬嘉代子の治療ワールド」と言われ、嘉代子先生ご自身まで、こうした事例を語られた後で、

    「みなさんは決して私のまねをしないでくださいね。おーっほっほっほっほ!」

    という言葉を最後に残して、講演会の講壇を後にされるという、もはや謎に満ちた終わり方。

    しかしそれは、嘉代子先生が、まさに「その患者さんのためだけの『一品料理』」を提供したのだから、ファーストフードのランチセットのような、お決まりの(並みのカウンセラーが出せる )メニューではない、特別メニュー、でも村瀬嘉代子の「お店」はクライエントさん「全員に」特別メニューしかお出ししないのよ、ということなわけで。

    実は神田橋先生と中井久夫先生が終生最大の盟友であったのと同様に、村瀬嘉代子は中井久夫の「ソウルメイト」とまで言われる非常に特別な間柄でした。

    つまりこの合計3人こそが、日本の精神科医と心理カウンセラーのクオリティを陰で支えていた長い時代がありました。

    だからこの3人に敬意を払う精神科医やカウンセラーはたいてい信頼できるクオリティがあります。

    そして、共通項は

    「まるで自分のためだけに、自分の人生経験から、わかりやすくアドバイスしてくれている」

    かのように(as if)クライエントさんには体験される=「一品料理」作ってもらった体験しかしない、という点でしょう。

    私は嘉代子先生には、恩師の奥様ですから、ご自宅で料理ふるまわれたり、電話で個人的な相談をしたりという形でしか関わりがなくて、正式に嘉代子先生の大学の講義に出席したことすらありません。

    しかし、嘉代子先生の私への影響は絶大であり、恩師村瀬孝雄の弟子であるという専門家の誰もが認める肩書以上に、嘉代子先生の「隠れ弟子」を「僭称」(?)したいところがあります。


    私が大学入学以来長年住み慣れた首都圏での開業に行き詰まり、故郷久留米に「夜逃げ」(まさに、滞納家賃踏み倒したまま、段ボール数箱宅急便で送った以外の家財一切置き去り)してきた直後に嘉代子先生に電話した時、嘉代子先生は、私の話を最後まで聞かないうちに、

    「うーん、どうしたものでしょうかねえ・・・」

    数十秒の沈黙のうちに語られたのが

    「やりたいことではなく、
     やれることをやりなさい」


    でした。

    私は「これは厳しいことを言われた」と一瞬思ったのですが、
    ちょっと待て、これって、

    「置かれた場所で咲きなさい」

    という、ありがちな、
    「現実を受け入れ、地に足をつけなさい」
    というメッセ―ジと、
    一見似ているけど、何か違うのでは?・・・
    ・・・と感じたのです。

    ・・・そうか!

    「やれることをやっていくことを『続けて』いれば、
     やりたいことが『いずれ』できるようになる」

    が真意か!

    と察した私は、内心その電話で、先生に、九州でのコネないか?と「言外に」先生に伝えていた自分を恥じると共に、実はすごい「一品料理」出していただけたことに気づきました。

    だから「ありがとうございました」とあっさり電話を終わらせられました。

    嘉代子先生の 「やりたいことではなく、 やれることをやりなさい」 はその後の私の指針となり、
    老人介護施設で認知症の老人の食事介護、排泄介助をするというのをスタートに、
    現在まで続いている、障がい者作業所での「遊撃手」・・・
    ・・・つまり、ただスタッフや利用者と必要に応じて喫煙所とかで、競馬や昔のドリフお笑いやテレビアニメ番組次元での「世間話」している「だけ」・・・それ以外はネットのことを好きにやってていいという、ある意味「優雅な」待遇(だからたいしして代価はいただいていません)、

    そして、もはや私のダブルバイトの切り札化した「警備員」、

    それどころか「野菜選果場」「ビルの清掃」のバイトで昼飯時には「先輩格」のおばちゃんたちと世間話という領域に突入した時、私は完全に、 「自分は何をやってでも食っては行けるね」 という開き直りになったわけです。

    このへんは、並みの精神科医やカウンセラーは「ドン引き」の開き直りライフスタイルなわけですが、ここまできて、明らかに自分がカウンセラーとして一皮剝けた、しかも肩の力がえらく抜けている、という認識はありますね。

    以上書いてきたいきさつは、私のnote記事のあちこちに繰り返し書いてきたことですので、お暇な時に適当に私のnoteアカウントを「散策」していただければと思います。

    長文失礼いたしました。

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