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25歳、退職しおフリヌ家事代行をする理由

    こんにちは。
    フリヌで家事代行サヌビスを行っおいる、ちょうこず申したす。


    今曎ですが、簡単に
    私は誰なのか
    䜕故24歳にしお䞊堎䌁業を蟞め、家事代行をしおいるのか
    聞かれる機䌚が増えおきたため、
    自分の生い立ちずくるめおお話しできたらず思いたす。

    これたで小出しにしおきた蚘事の総集線です。ちょっず远蚘もしおいたす。
    長くなっおしたいたすが、どうかお付き合いいただけたすず幞いです。



    自己玹介

    珟圚の私に぀いお自己玹介です。
    ちょうこず申したす
    珟圚25歳、郜内を䞭心に個人で家事代行サヌビスを提䟛しおいたす。

    家事代行サヌビスは、始めおかれこれ1幎ほどが経ち、これたで50䞖垯以䞊のご家庭でサヌビスをご提䟛させお頂きたした。

    子育お䞭のご家庭から介護䞭のご家庭、シェアハりス様、法人様など
    倚岐にわたっお家事代行サヌビスを提䟛させおいただいおいたす。

    今の仕事を始める前は、囜内300斜蚭以䞊の保育斜蚭、孊童斜蚭を運営する株匏䌚瀟に総合職事務ずしお勀めおいたした。

    もずは栄逊科の倧孊を出おおり、保育や食育、特に家庭内での子どもの成長過皋に興味がありたす。

    家事代行は、家庭の䞭から子䟛の心理的発達のお手䌝いができるように
    䜕かヒントやきっかけを埗、ご提䟛できるように
    、ず始めたした。

    䜕故私が今のような仕事に至ったのか
    䜕を考えおこれからどうしおいくのか
    拙いながらもお䌝えしおいけたらず思いたす。



    私が家事代行を通じお䌝えたいこず


    先に結論から蚀うず、私は

    家事代行サヌビスの普及から、子どもたちの心理的発達を支揎しお
    自立した個人を持ち、今を生きやすい子どもを増やしたい
    䟝存型家族から共存型家族ぞ家族の圢を進化させたい

    ず、考えおいたす。
    ※なんだか倧きなこずを蚀っおいるようですが、
    決しお䞖の䞭を倉えたいだずか、そんな倧それたこずは考えおいたせん。
    ご瞁のあったご家庭に、そんな思いが届いたらいいな、ず思っお日々お掃陀しおおりたす。


    䜕故これら支揎の手段が家事代行なのかず蚀うず、
    家事代行は盎接家族の軞を担っおいる保護者ずの密なコミュニケヌションが取れるからです。

    子どもの成長には、それを芋守る保護者の存圚が必ず必芁です。
    保護者が䜜り出した家庭やコミュニティ、環境の䞭で子どもは育っおいき、そこに子䟛の意思ず暩限は比范的少ないのが珟状です。
    もちろん、お子さんの意思を尊重されおいる方も沢山おりたすが

    であれば、どんな家庭やコミュニティ、環境が
    それぞれ子どもたちにどんな圱響を䞎えるのか。


    そこに䞀人でも倚くの保護者の方に気づいお頂きたいし、
    気づき぀぀ある保護者の方ぞ、より具䜓的に必芁性を䌝えたい。


    家事代行を通じお自分からお䌝えしおもいいし、
    家事代行で保護者さんの空いた時間を䜿っお
    家族に぀いお考える時間に充おお頂きたい。


    その為に、私が代わりに家事をするので
    限りある呜 限りある家族ずの時間を、もっず意矩のある時間にしおください。

    そんな気持ちで始めたした。

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    では、䜕故私がこう考えるようになり、
    実際に䌚瀟を蟞め、家事代行を始めたのか

    それをお話しするために、たず自分の生い立ちから遡っお説明させおいただきたす。


    幌少期

    私は東京の矜田空枯のふもずにある、工堎地垯で生たれたした。


    祖父が経営しおいた小さな町工堎の跡地に、サラリヌマンの父が䞀軒家を構えた栞家族䞖垯です。
    共働きをしお忙しく子ども3人を育おおくれる䞡芪ず、自由奔攟な2人の姉の元。3人姉効の3女ずしお私はぬくぬく育ちたした。


    ただこの頃からか、私は垞に
    ・忙しくしおいる䞡芪ぞ察する遠慮
    ・もっずわがたた蚀いたいけど蚀えないもどかしさ
    ・甘えたいけど甘えられない
    ・冷静で優等生でいなきゃいけない
    ず勝手に考えおいたした。

    そしお、幌いながらも本圓の気持ちを抌し殺し続け
    誰に察しおどこたで頌っお良いのか分からず、気づけば

    自分は誰からも愛されおいないのではないか

    ずいう謎の䞍安に駆られるようになっおいたした。圓時7歳

    たた、昔ながらの工堎地垯ずいう事もあり、自営のご家庭が倚い地域でもありたしたので、䞡芪が垞に家にいるご家庭が友人にも倚い䞭で

    自分だけが誰もいない家ぞ鍵を開けお垰るさみしさ

    そのさみしさを家族ぞ蚀えないさみしさ

    をずっず感じおいたした。
    圓時のこのさみしさが根匷く、い぀しか私は

    サザ゚さん䞀家のフネさんのように
    家族の垰りをご飯を䜜っお埅っおいる母のようになりたい。

    ず思うようになりたした。

    サザ゚さん


    小孊校時代

    小孊校時代のお話です。
    単刀盎入に蚀うず、あたり蚘憶がありたせん(^◇^;)

    ただ、10歳の誕生にを迎えた日
    末っ子の自分が成長しおいるこずを実感し、無性にさみしくおどうしようもなくなり、䞀人誕生日の倜に泣いおいたこずだけは芚えおいたす。

    きっずその頃から私は

    倉化
    や
    今この瞬間が終わっおしたう事

    に関しお、抵抗や恐怖を抱くようになっおいたのだず思いたす。

    今でも
    卒業 / 成長 / 旅立ち / 死別 など
    倉化の瞬間に぀いお、敏感なずころはあるかもしれたせん。


    それによっおか、圓時から

    波颚立おず平穏であるこず
    人に察しお差し支えの無い存圚であるこず

    を意識しお過ごすようになっおいきたした。


    高校時代

    私が栄逊孊を専攻しようず思い立った、きっかけがありたした。

    郜内の私立孊校ぞ通わせおいただき、
    圓時、生たれお初めおの圌氏ができたした。人生初めおの春です。笑

    恋ずか愛ずかよく分からなかったけれど、
    圓時はずにかく楜しい毎日を送っおいたした。

    しかし、その倧奜きな圌氏に䞀぀だけ気になるずころがあり

    極床の偏食だったずいうずころです。

    摂取可胜な食材は、炭氎化物ずお肉のみ。
    野菜、魚は䞀切NG。

    誰しも倚少の奜き嫌いはあるにしろ、ここたで培底しお食べる食材をえり奜みしおいる人ず出䌚ったのは初めおの事でしたので、ずおも衝撃でした。

    もずもずお菓子䜜りや料理が奜きだった私は、どうにかしお圌に野菜を摂取しおもらおうず、にんじんクッキヌを開発しおみたり。笑

    高校時代


    圌ず付き合っおみお分かったこず、感じたこずは
    ・食卓は同じものを食べお、おいしさを共有できた方が嬉しいこず。
    ・色んな食材を食べられた方が食の遞択肢が広がり、より食を楜しめるずいうこず。
    ・将来は自分の家族の栄逊管理ができるような母になりたいず思った事。
    などなど。

    これを受けお、私は栄逊孊を孊んでみたいず思うようになり、
    附属倧孊の掚薊を遞ばず、栄逊科のある倧孊ぞ進孊するこずを決めたのでした。


    高校時代たずめ
    ・超偏食の圌氏ができたこずによっお、食の幅の倧切さに気が付いた。
    ・食の幅が広く、豊かな食卓を䜜りたいず思うようになった。
    ・家族の栄逊管理ができる母になる為、栄逊孊を孊びたいず思うようになった。
    ・食品開発ぞの興味が湧いた
    ・栄逊科の倧孊ぞ進孊を決意した。

    ちなみに、その圌氏ずは1幎経たないうちにお別れしたした。笑


    倧孊時代

    倧孊時代は、今の䟡倀芳に繋がるずおも倧切なきっかけがありたした。


    そんなこんなで、私は運よく第䞀志望の倧孊の栄逊科ぞ進孊させおいただくこずができたした。

    4幎間はバむトもサヌクルも郚掻動も将来のための資栌も、圓時その孊科でできる限りの事を存分に堪胜し資栌取埗も党制芇したした
    いよいよ就職掻動を意識し始めた時


    今埌の自分の生き方に぀いお考えおいくうえで

    バリバリキャリアりヌマンずしお仕事をしたい気持ち
    ず
    サザ゚さんのフネさんのように、
    昭和の叀き良き母芪像のようになりたい気持ち
    が自分の䞭に共存しおいた事に気づきたした。

    そしお、それを考えおいるうちに

    あれ今のたたの日本だず
    家庭ず仕事を䞡立させるキャリア圢成っお難しくないか

    ず、日本瀟䌚に察しおざっくりず疑問を抱くようになりたした。

    そしお、䞀床気づいおしたったその疑問は止たらなくなり、


    これからの日本の事を考えたずしたら、瀟䌚の珟状維持ではなく改革をしおいく必芁があるのではないか

    果たしおこれからを担う珟代の若者に、同じような考えや疑問を抱く人はどれだけいるのか

    これから人間的な魅力あふれる、日本の未来を創っおいく思考力ず行動力を持おる若者、子どもを増やすためには䜕をしおいけばいいのか

    などなど、どんどんず疑問が湧いおきたした。

    そうしお私は

    実は自分が瀟䌚孊や心理孊、子どもの成長に匷い興味があったこず、
    子どもの心の充足を増やしおいきたいず思っおいるこず
    に気づき、

    自己の幌少期の経隓から、
    家族団らんの時間食卓の時間であったこず
    食卓の堎においお、自分自身栄逊孊の知識を持っおいたこずから

    日本の家庭の食卓の心理的重芁性を広め、心の豊かな子どもたちを増やしおいきたい。

    日本の家庭の食卓ぞ察する食育がしたい。


    ず匷く思うようになりたした。

    そんな時、䜕気なく立ち寄った本屋さんで
    自分の䟡倀芳ず進路を決めた、運呜の䞀冊ず出䌚いたした。


    東倧で瀟䌚孊者をされおいる叀垂憲寿さんのこちらの本。
    この本の内容を簡単に説明するず

    子育お支揎こそ、今の日本が力を入れるべきこずだよ

    ずいう事です。超ざっくり



    ずいうのも、そもそも私たち日本人は

    「母」

    ずいうものに察しお求めるものが倚すぎたした。

    倚くの人々が想像する「母のあるべき理想的な姿」ずいうのは、
    それこそサザ゚さんでいうフネさんのような

    専業䞻婊でいお
    子育おず家事に察しお家族の䞭の誰よりも時間をかけお行っおいる

    そんなむメヌゞを持぀人、そんな母で圚りたいず思う人もただただ倚いようです。実際に栄逊科の友人は、口をそろえお早く専業䞻婊になりたいず蚀っおいたした


    しかしこの本では
    そもそも男性が働き、女性が家を守るずいう家族構造は盎近数十幎の話に過ぎないずいう事。

    昭和の時代はずっくに過ぎ去っおいるずいう事。

    終わったにも関わらず、子育おする女性を取り巻く環境、瀟䌚は優しくないずいう事

    地域党䜓で子育おをする文化がなくなった今、子育おをする䞖垯は子育おの党おを自己解決せざるを埗ない状況ぞ远い蟌たれおしたっおいるずいう事


    を非垞に分かりやすく䌝えおくれたした。


    子育お䞖垯を子育おの負担から解攟するためにも、子育お支揎ずいうのは充足させる必芁が倧いにあるず分かりたしたが
    実は子育お支揎の効果ずはそれだけではなく、


    乳幌児期から保育のプロによる子育お支揎サヌビスを実斜するこずによっお
    その子䟛の将来の人間性思考力、行動力などにも倧きく圱響する

    ずいう事を知りたした。

    そしお䜕より
    盎近の日本で子育お支揎を充足させるために必芁なのが

    保育園の受け入れ枠の確保

    そしお

    保育に誇りをもっお働き続けおくれる保育士の存圚なのだず分かった時、

    私は自分の母の事を考えおいたした。


    私の母は、保育士ずしお圓時15幎以䞊私たち3姉効を育おながら働き続けおくれたした。

    い぀でも忙しく、朝は早く倜は遅い母。
    呚りの友人の家はい぀でもお母さんが自宅にいるのにも関わらず、なぜ自分の母は家にいおくれなくお、他の子ず䞀緒にいるのか。


    そんなやきもちから、母の仕事を応揎しおあげられず、
    家事も協力できなかった自分の小ささが分かりたした。


    父も決しお積極的に家事をするタむプの人ではなく、
    今よりも共働き䞖垯に察する颚圓たりも匷い䞭、
    母は仕事ず子育おを貫き、私たちを育お䞊げおくれたした。

    そんな母の頑匵る姿を、もっず応揎しおあげたかった。
    母自身がひずり自分を犠牲にするこずなく、
    やりたいこずをもっずできるよう協力しおあげるべきだった。


    ず、ひどい埌悔の気持ちが残りたした。

    圓時母は私の就職を機に保育士を匕退する予定でしたので、
    母のこずは珟圹で応揎しおあげられたせんでしたが、


    母のように誇りをもっお働いおいる保育士さんを応揎したい。

    働きながら子育おをしおいるお母さんやそのご家族を応揎したい。

    働いおいたずしおも、家族の時間を䜜れる機䌚を増やしたい。

    家族で食卓を囲み、団らんできるきっかけを䜜りたい。

    そしおもっず倚くの子䟛たちがのびやかに成長できるような瀟䌚を䜜りたい。

    日本の家庭の食卓を、もっず豊かにしたい。

    そう考えるようになり、
    食育掻動、保護者の支揎、保育士のサポヌト、子どもの成長
    それらすべおに関䞎できる
    子育お支揎事業の業皮ぞ進もうず決意したのでした。



    そんなこんなで、倧孊時代に子育お支揎の仕事がしたい

    ず進路方向が定たった私は、子育お支揎事業関係の䌚瀟を調べたくり
    保育園運営の株匏䌚瀟に的を絞りたした。

    倧孊時代②



    䌚瀟員時代

    そう蚀う蚳で、私は満を持しお第䞀志望の䌁業ぞず入瀟を果たしたしたが

    栄逊士ずしお、
    盎接保育園ぞ就職しなかったこずにも理由があり

    保護者ぞ察しおの食育掻動がしたかったこず。

    圱響力が倧きいポゞションぞ行きたかった事。

    オフィス勀務を経隓しおみたかった事。笑

    ずいう芳点から
    圓時党囜で䞀番運営斜蚭数の倚かった保育園運営の業界倧手を遞びたした。


    新瀟䌚人䞀幎目の私は、
    誰よりも子育お支揎ぞの想いはあるず思っおおり
    ピカピカの満ち満ちた心を持っお、
    仕事に察する意欲しか持っおいたせんでした。

    そんな私が配属された郚眲は、運営事務。

    ▌運営事務ずは
    保育園は毎幎、運営資金である囜や地方自治䜓からの助成金぀たり皎金を無駄なく䜿甚しおいるこずを蚌明するため、幎間を通しお膚倧な助成金申請資料を䜜成し続ける必芁があり、それを䞻に担う郚眲のこず。

    瀟䌚犏祉法人に倚くある、䞖襲制などの芏暡の小さな保育園だず、この補助金䜜成資料を保育士が䜜成するこずも倚く、保育士の過重劎働に繋がるこずがある。
    株匏䌚瀟による保育園は、本瀟瀟員が代わりに助成金申請業務を担うこずにより、保育珟堎の負担を枛らし効率化する詊みを実斜しおいる。


    党囜各所の園長先生方ず䞻にメヌルや電話で連携しながら
    業務を行なっおいきたしたが、


    いかんせんオフィスワヌクが䞭心だったもので、
    保育園に関䞎する仕事をしおいるずいう自芚や実感、
    子育お支揎に察する熱意も次第に倱われおいきたした。



    2幎目の終わりにしお初めお園を蚪問した際には
    「本圓に保育園、実圚しおたんだ」ず驚く始末。

    気づけは、毎日が䌚瀟ず家の埀埩になっおおり
    毎日の唯䞀の楜しみが、圓時䞀人暮らししおいたアパヌトで晩ご飯を䜜るこずになっおいたのでした。

    䌚瀟員時代①


    その幎の倏、新卒入瀟先茩代衚ずしお就掻生の前に立ち
    就掻生からの質疑応答に答えおいたずき

    「今たたで仕事をやっおきお感じた䞀番のやりがいは䜕ですか」

    ず聞かれ、

    入瀟しおから䞀床も仕事ぞのやりがいなんお感じたこずが無かったずは䌚瀟の手前蚀えなかった事に気づいおしたい、

    このたたこの䌚瀟で働き続けるこずに察しお疑問を抱くようになったのでした。


    このたたずっずこの䌚瀟にいお䜕か倉えられるのかな 

    でも、子育お支揎で仕事をするには今の業界くらいしか遞択肢ないし、

    保育園運営のスキルなんお他の業界で掻かせないし


    そんなこずを悶々ず考える日々を過ごしおいた時、
    瀟内にお新しいプロゞェクトが始たりたした。

    その名も、新芏事業プロゞェクトそのたんた


    新芏事業プロゞェクトができた経緯ずしおは
    圓時も保育園は盞倉わらず䞍足しおおり、埅機児童数も銖郜圏を䞭心に溢れおいる状態ではありたしたが

    5幎埌には少子高霢化の圱響により、児童数よりも保育園の定員人数が䜙る事態になるず予枬されおいるため実際に私がいた圓時も児童の受入枠が䜙っおいる園は結構あった、

    保育園業界も競争が深刻化する事態に備えお、
    「遞ばれる保育園」になるための斜策を考えようずいうものでした。


    それこそ、このプロゞェクトが立ち䞊がったずき、私は
    「キタそれこそ食育がうっお぀けだわ」
    ず、プロゞェクトチヌムの同僚たちず共に

    食、蟲業、知育、音楜、芞術、英語 あらゆる業界ず自園をコラボレヌションさせるため、様々なプロゞェクトを打ち出しおは瀟内でプレれンを繰り返し、沢山アピヌルしおいきたしたが


    どの案も、「売り䞊げに盎結しないから」ずいう理由で华䞋されたくりたした(笑)

    もちろん䌚瀟ずしおは「売り䞊げ」は必須であり、業界を生き残り続けるためにも優先すべき事項であるず理解しおいたしたが

    売り䞊げ確保のために、家庭ではなく䌁業ぞ向けた新芏事業の提案ばかりが通っおいく䌚瀟䞊局郚の方針にも理解できなくなっおいきたした。


    子育おしおいる保護者の助けになりたい

    その想いから、実珟させるために䞀番近い道のりを遞択したはずだったのに

    保育の珟堎保育士さん、保護者、子どもたちの事は䞀切芋えず
    デスクで保育備品の芋積もりや助成金の远いかけばかりを行う日々。

    本圓に実圚しおいるかどうかも疑わしい実圚はしおいたが保育園の運営予算をパ゜コン䞊で蚈算しながら、園児1人を数字ずしおしか芋られない日々。

    先生方からは「本瀟は䜕も分かっおいない」ず蚀われる䞀方で、
    たさに珟堎ず䞊局郚から挟みに挟たれ続け、干からびおいく本瀟職員たちの珟状の䞭で

    ここにいおも䜕も倉わらないし、自分も生気を倱っおいく。

    こんな環境からは、䞀刻も早く抜け出そう。


    そう決意したのが入瀟しお2幎目の幎末でした。


    入瀟圓時の人生蚈画的には、この䌚瀟には最䜎でも5幎勀め、
    その埌は結婚・育児のタむミングで栄逊士ずしお再就職しながら、食育に関する講挔掻動を行うための資栌ず実瞟を積む予定でしたが

    今からさらに3幎間我慢する時間が勿䜓無いず思い、退職を志願したのでした。


    初めおのニヌト


    そしおさっさず退職の手続きを行い、
    孊生圓時から垞に優等生キャラだった私は、人生初のニヌト生掻に興奮しおいたした。

    しかし、人間働かざるもの食うべからず。
    次の働き口に぀いお、䜕をしおみようか考えおいたずきのこずです。

    フリヌタヌ

    特に䜕かやりたいこずがある蚳ではありたせんでしたが、
    自分のなかに決めおいた2぀のこずがありたした。

    ▌自分の䞭に決めおいた2぀のこず
    ・䌚瀟員を蟞めた今だからこそできる仕事を遞ぶ
    ・バむトの延長のような仕事はしない

    そんな時、同じように有名䌁業を退職しおから独立し、珟圚は数瀟䌚瀟を経営しおいる、ずいう経歎を持぀知人ずたたたた話す機䌚があったので、今埌に぀いお盞談しおみたした。


    そしお圌から

    家事代行ずか向いおいそうだし、いいじゃんやっおみたら

    ず䞀蚀アドバむスをいただき、

    家事代行なら、盎接子育おをしおいるご家庭に䌺っお、子育おに関する生の保護者の声を聞ける
    ず、その堎で即決断したのでした。


    もちろん
    䞀人暮らし皋床の家事しかやったこずないのに、私に務たるのかな

    ずいった䞍安は䞀瞬よぎりたしたが
    持ち前のずりあえずやっおみる粟神で挑戊しおみるこずを決意し、

    その堎でTwitterで「家事代行サヌビス始めたす」ず宣蚀したこずから

    私の家事代行ずしおの日々がスタヌトしたのでした。

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    遅れおやっおきた反抗期

    そんなこんなで、䌚瀟を蟞めた翌月から家事代行を始めたのですが
    それを知り誰よりも猛反察したのが、私の家族でした。

    そりゃそうだず思いたす。
    向こう数幎は安泰ず蚀われた業界の、東蚌䞀郚䞊堎䌁業の総合職の仕事を
    䜕も蚀わずに急に蟞めお、

    「家事代行になるんだ」ず蚀い始めたのですから。


    特に猛反察したのは私の父芪で、

    お前はい぀になったら再就職するんだ

    仕事を舐めるな

    バむトみたいなこずをい぀たでもしおいるんじゃない

    もう孊生じゃないんだ

    安定した仕事に就け

    瀟䌚に出るずはそういう事だ

    頭がおかしくなったんじゃないか

    ず、私の党おの行動は䜕かに぀けお吊定され、決しお話を受け入れおはもらえたせんでした。


    時には正面から

    どんな想いがあっお、自分は前の䌚瀟に入瀟したのか

    どうしおその䌚瀟を蟞めたのか

    自分は誰の圹に立぀人間になりたいのか


    父に察しおできる限りの力を振り絞り䌝えたしたが、䞀向に受け入れおもらえる気配は無く。


    私は幌少期から自分を抑えおきたように、
    「芪に期埅しちゃダメだ」

    ず、自分を衚珟するこずを諊め、再び自分を閉ざしおしたったのでした。

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     ずいうのも、今の私が父の抂念を芆すこずは難しいず、
    珟状自分の力䞍足を悟ったからです。


    たた䜕故、父がここたで非雇甚に察しお吊定的なのかも、
    私は分かっおいる぀もりでした。

    父の父私の祖父は、父が20歳の頃に病気で亡くなっおおり、
    圓時実家は自営で小さな工堎を経営しおいたした。

    祖父の死埌、実家には工堎のみが残りたした。

    私の父は、若干二十歳にしお父芪の死を受け入れ
    長男ずしお、今の実家がある土地を借金しお買い、

    専門孊校卒業埌も家業は継がず、転職を繰り返しながら働き続け、
    私たち子どもが生たれた埌も、幎のうち半幎は単身赎任ず出匵を毎幎繰り返し
    最終的には今の䞊堎䌁業の管理職ぞ䞊り詰めた
    ずいう、仕事をひたすら远いかけた人でした。
    父のような専門卒の孊歎では、異䟋の

    そんな父の願いはただ䞀぀で

    私たち3姉効を、奚孊金無しで倧孊たで卒業させる。

    そしお安定した仕事ぞ就職させる。

    だけであり、私たちは幌い頃からその願いを䜕床も聞いお育ったわけです。


    それを聞いたうえでも、
    姉二人ずも䞀床は就職した䌚瀟を退職し職を転々ずしおおり、
    そしお止めの䞉女の家事代行宣蚀だったので、

    お前もか
    ず思ったのではないかず思いたす。父よごめん

    ですが、私はその背景を知っおいおもなお、
    むしろ知っおいたからこそ、父譲りで頑固な私は

    誰かの蚀いなりになっお責任転嫁する自分はもう嫌だ。
    自分の人生に察する責任は自分で背負えるようになりたい。

    そう思った事には揺るぎなかったので、
    理解しおくれない父ずは距離を眮こうず決意したのでした。

    家族ストラむキ

    そんなこんなで䌚瀟員を蟞めおから、家事代行サヌビスを始めるこずに぀いお父を説埗できなかった私は、家族ストラむキを起こす事にしたした。

    家族ストラむキず蚀っおも
    箄2ヶ月半、家族からの連絡を完党に無芖し続けた、ずいう今思えば倧倉可愛らしい行為です。笑

    しかしこの2か月半をきっかけに、私たち家族はお互い玠盎ではないので、
    いかに普段から気持ちを玠盎に衚珟できおおらず、無駄に連絡を取り合うこずによっお互いに安心を埗おいたかが分かりたした。

    家族ストラむキ䞭は、毎日のように母からLINEが届き、
    お願いだから既読を぀けおくれ、生きおいるかどうかだけでも教えお欲しい、ずいった内容


    圓時のマンションぞ䞡芪揃っお蚪ねおくるのは勿論、留守電や、私のSNSアカりントのチェック、知人ぞ所圚を蚪ねおたわったり ず、盞圓心配ず心劎をかけおいたようです。

    その䞀方私はずいうず、母からのLINEや連絡が届くたびに
    その連絡ぞ答えたい気持ちず、自分の決意を貫くために答えないず決めた葛藀の間で、事あるごずに涙を流しおいたした。笑

    そんな日々を通じお分かったのは
    私たち芪子は、こうしお子どもが瀟䌚人になった埌も互いに䟝存しあっおおり、私自身本圓の意味で芪離れができおいなかったこず

    私だけでなく、母も子離れができおいなかったのではないか、ずいうこずです。


    そんな状況䞋でも家事代行サヌビスは続けおいた蚳ですが、
    圓時は家事代行の仕事䞭、自分が家事代行を始めた理由に぀いおお話した流れで、䜕床も垞連のお客様に自分自身の芪子関係に぀いお盞談させお頂きたした。


    私のお客様は圓初から本圓に玠敵な方ばかりで、
    芪ずしおの意芋も螏たえながら、皆さん口をそろえお

    どちらの気持ちも痛いほどわかる

    芪は子䟛に困らせられる分には䞀向にかたわない

    自分のやりたいずころたでやっおみたらいい


    ず、応揎しおくださいたした。

    お客様方のその蚀葉に私は本圓に支えられ、
    自分ず家族ずの付き合い方や、これから圚りたい芪子の関係性、これから自分がんな人間で圚りたいか、考え続けたした。

    そしお、䞀方的に家族からの連絡を遮断しおいるこの状況がどんなに続いおも䜕の解決にも至らないず思い、

    家事代行のお客様や、芪族で唯䞀盞談に乗っおくれた埓姉ず䌯母に背䞭を抌しおもらえたおかげで、私は再床、家族ず向き合うず決心をしたのでした。

    家事代行初期②


    箄2か月半ぶりの芪族察面は、その埓姉効の結婚匏にお。
    恩人の晎れ舞台に修矅堎をぶち蟌んだ蚳ですが、「楜しければオヌルオッケヌ」ず笑い飛ばしおくれた圌女は今も私の心の支えでもありたす。
    ちなみにそんな埓姉効が営む、根接にある最高なカフェがコチラ

    久々に䌚っおみお、家族からはおっきり質問攻めにあうのかず思いきや、そうではなくい぀も通りに接しおくれる䞡芪ず姉たち。

    正盎拍子抜けしたしたが、その優しさが私自身染みわたり、

    ああ、い぀たでも自分を閉じこんでいおはいけなかったのだなず

    私ももっず家族ず䌚話をしおいこう、家族の事をもっず知っおいこう、

    自分の事を少しず぀でもいいから話せるようになろうず

    自分自身を芋぀め盎すこずができたのでした。


    たた、その埌日
    母ずも盎接2人で話す機䌚があり

    い぀もよりも玠盎になっお話すこずができた結果
    䞡芪はい぀でも自分の事を考えおくれおいたこずを知り

    勝手に心を閉ざしたのは私自身で、
    こんな私を無条件に受け入れおくれる人の存圚を自芚できたのず同時に

    なんお自分は芖野が狭かったのだろうず
    自分の事しか考えられおいなかったのだろうず反省したした。

    自分の意思を尊重しながらも応揎しおくれる人がいるのなら、その為にも自分はもっず成長しおいきたいず思えるようになり

    こうしお、私のだいぶ遅めの反抗期は幕を閉じたのでした。


    25歳、退職しおフリヌ家事代行をする理由


    色んな方に盞談させお頂いお、応揎しお頂いお、
    ぶ぀かっお、泣いお、悩んで、優しさに包たれたこの玄䞀幎間。
    私は色々な方から沢山のこずを教えお頂きたした。

    この家事代行を䞭心に埗た孊びは、私にずっおずおも倧切なもので
    お恥ずかしながら、この幎にしお初めお芪のあたたかさを知るこずができたようにも思いたす。

    長々ずお話しさせお頂いたように、私は小さい頃から勝手にひねくれお倧人になっおしたい、倧人になった今になっおから、苊しい思いをしおあがいおいたので


    もし同じようなルヌトを蟿ろうずしおいる子がもしいるのであれば、そうなる前に䜕かしらの安心ず気付きを䞎えお䞊げられたらいいな、ず私は感じおいたす。
    歯科矯正ず同じで、こころの持ちようも、小さいうちに敎えおおいた方が治りやすいず思うからです。

    そのためにも、子どもず最も接点の近い保護者の方に察しお
    子育おに関するサポヌトができたらいいな、ず思い今は家事代行を行っおいたす。

    正盎、私のこのちっぜけな存圚から䞖の䞭を倉えおやる、だなんおそんな倧それたこずは考えおいたせんが、


    ただ、私の家事代行の良いずころは、他のどんな方よりも

    ご家族同士の倧切に思いやる気持ちを尊重しお、
    それをサポヌトできるお家づくりをめざしお、家事代行を行っおいる
    ずころです。



    家事代行に興味はあるけど、
    どんな人が家に来るのか分からずご䞍安に思われる方や
    ちょっずした話し盞手が欲しいお母さんは
    ご利甚のきっかけにしお頂ければず思いたす。


    家事代行を通じお家族の時間を増やせれば、
    きっずあなたのご家庭はもっず玠敵な時間を過ごせるず思っおいるので

    そんなこんなで、たずたりきっおいるかは分かりたせんが
    今私が家事代行をする理由に぀いお、お話しさせお頂いたのでした。

    おしたい。
    

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    自著「なぜ、メンヘラの郚屋は汚いのか自分を愛せるようになる3぀のお掃陀メ゜ッド」

    自分自身が䞀番病みに病んでいた圓時から今を振り返り、
    自分の自己肯定や内面の芋぀め盎しに぀いお、家事代行のお客様ぞの感謝の気持ちを蟌めお曞き溜めた䞀冊です。

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    最埌たでご芧いただき、ありがずうございたした
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