
「自分の力で稼ぐ」の難しさを知った僕が、あえて再び組織を選んだ理由。遠回りは、今の自分を肯定するためのプロセスだった
はじめに:こんな人に届いてほしい
「自分のキャリアは寄り道ばかりだ」と、ふと不安になる方
一つのことを極めたスペシャリストを眩しく感じてしまう方
今いる「組織」という場所に、少しだけ窮屈さを感じている方
これは、複数の会社を渡り歩き、自営業も経験した僕が、44歳になってようやく辿り着いた「組織で働くことの本当の価値」についての話です。
「会社員なんて、組織の歯車だ」 若い頃の僕は、どこかでそんなふうに斜に構えていたかもしれません。
僕はこれまでのキャリアの中で、いくつかの会社を渡り歩き、そして自営業(映像系)も経験してきました。一見すると一貫性のない、紆余曲折ばかりの職歴です。
しかし、44歳になった今、確信を持って言えることがあります。
「個人の力」で立つことの厳しさを知ったからこそ、今の僕は組織の中で、誰よりも自由に、そして幸福に働けているのだと。
仕事を受注する以前の、果てしない助走
自営業時代の僕が直面したのは、「技術があれば仕事が来る」という幻想の崩壊でした。
カメラを手に現場へ向かう。それは仕事の「出口」に過ぎません。その入り口に立つために、僕は自分の性質に反して、地道な営業活動に身を投じる必要がありました。
経営者の交流会に顔を出し、その後の懇親会という名の飲み会にも欠かさず参加する。お酒が得意なわけでも、社交的なわけでもない。それでも、まずは自分の顔を覚えてもらい、信頼を勝ち取らなければ、仕事をする機会すら与えられません。知り合った人の商品を買ってみたり、サービスを受けてみたり。いわゆる「お付き合い」を通して、一歩ずつ、根気強く関係を築いていく。そんな地道な活動をしてやっと、仕事が貰えるようになるのです。
僕にはこの作業が途方もなく苦手でした。もうほんとやりたく無いです。
この時期、僕の心の中はかなり荒んでいました(笑)
自分より明らかに技術も経験も無い人が、どんどん仕事を取っている。”後から来たのに追い越され”な状況です。「あの人は技術も無いのに口だけで仕事を取っている。」心の中でそう思う事が何度もありました。でもそれは僕自身に無いスキルでもありました。自分に自身が無く、売り込めない。「もっと仕事の経験さえ積めば売り込める!」そう思ってはいるものの、肝心の仕事が来ないから売り込めない。そんな状態が続いていました。 「仕事をもらえるようになるまでの、果てしない助走期間」。 これがいかに精神的にも体力的にも負荷のかかる作業であるか、身をもって知りました。
組織という巨大な「インフラ」への敬意
その後、縁あって再び組織に属し、現在はエンジニアとして働いています。 自営業を経験した後の僕にとって、会社という場所は以前とは全く違う景色に見えました。
何より痛烈に感じたのは、「営業の力」に対するありがたみです。
僕が朝、デスクに座って「さあ、業務に集中しよう」と即座に専門領域に没頭できるのは、誰かが僕の代わりに、あの地道な「助走」を済ませてくれているからです。 僕が交流会で頭を下げ、慣れない場に身を置いて顔を売っていた時間を、組織では「営業のプロ」が引き受けてくれている。
分業という仕組み。看板という信用。給与が保証されているという安心感。 これらは会社員にとって「当たり前」の空気のようなものかもしれません。でも、一度外の荒野で一人立っていた人間からすれば、これほど贅沢で、リスペクトすべきインフラはありません。
「依存」ではなく「リスペクト」という働き方
組織の価値を知ることは、組織に自分を明け渡すこととは違います。
僕は今、会社を「自分を縛る場所」ではなく、**「自分の専門性を最大化させてくれる最高のプラットフォーム」**だと捉えています。 「会社に雇われている」という受動的な感覚ではなく、「お互いのプロフェッショナル領域をリスペクトし、補完し合っている」という対等な感覚。
この「外」を知っているからこそ持てる客観的な視点が、40代の僕のメンタルをとても安定させてくれています。
遠回りは、最短ルートだった
もし僕がずっと一つの会社に居続けていたら、今のこの「感謝」や「仕事への集中力」には辿り着けなかったでしょう。もしかすると”今より良い環境”を求めて何度も何度も職を変えていたかもしれません。
迷走しているように見えた自営業時代も、顔を売るために奔走した時間も、すべては「組織の中で自分らしく、プロとして生きる」ための必要なステップでした。
もし今、自分のキャリアに一貫性がないと悩んでいる人がいたら、伝えたい。 その「寄り道」で経験した葛藤や地道な努力は、いつか必ず、今の場所を最強のステージに変える武器になります。
僕の履歴書はこれからも少しずつ書き足されていくでしょうが、どの行も無駄ではなかったと、今は胸を張って言えます。