
音を「呼び出す」ことが前提になったとき、何が変わったのか。プリセットという思想
ギターアンプの音作りは、長いあいだ手作業だった。
ノブを回す。聴く。また回す。良いところで止める。次に使うときは、また同じことをやる。
覚えておきたければ、ノブの位置を紙に書く。それでも完全には再現できない。同じ位置でも、球の状態や電源の電圧で音は変わる。
この「毎回作り直す」という前提は、1980年代に一度崩れる。
設定を数値として記憶し、番号で呼び出す。プリセットという仕組みが導入された。
これは操作の便利さの話に見えて、実は音作りという行為の性質を根本から変えている。
記憶できるということは、探さなくてよいということ
プリセットが可能になるには、設定が数値でなければならない。
アナログの可変抵抗器は、物理的な位置がそのまま設定である。位置を記憶するには、モーターで動かすか、信号経路を電子制御に置き換えるしかない。
80年代のラック機材が選んだのは、後者だった。ADA MP-1 のようなプログラマブル・プリアンプは、音を作る要素を電子的に制御し、その状態をメモリーに保存する。MIDI で外部から切り替えられる。
前者を選んだ製品もある。ノブそのものをモーターで動かし、呼び出した設定へ物理的に回す。見た目の分かりやすさと記憶を両立させようとした試みで、Yamaha の DG シリーズなどに見られる。
どちらにせよ、実現したことは同じである。
一度作った音が、失われなくなった。
これがどれほど大きな変化だったかは、それ以前の状況を考えると分かる。ある日たまたま良い音ができても、次の日には同じ音に戻れない。ライブで曲ごとに音を変えたければ、曲間でノブを回すしかない。
記憶できるようになった瞬間、音作りは「探す作業」から「選ぶ作業」へ移った。
MIDI が、記憶を接続可能にした
プリセットが本格的に機能し始めるには、もう一つ条件が要った。
機材同士が、切り替えを共有できることである。
1983年に策定された MIDI は、もともと電子楽器の演奏情報をやり取りするための規格だった。だがギターの世界では、演奏情報よりプログラムチェンジの用途で普及する。番号を送れば、繋がっている全部の機材が対応する設定へ同時に切り替わる。
これが決定的だった。
プリアンプだけが記憶しても、ディレイの設定が前のままなら意味がない。ラックの全機材が同時に切り替わって、初めて「音を呼び出した」ことになる。
80年代後半から90年代にかけてのラック機材は、この前提で設計されている。ADA の MP-1 が1987年に登場し、プログラマブルなギタープリアンプという分野を確立した。Mesa/Boogie の Triaxis、Marshall の JMP-1、Rocktron や Digitech の各種プロセッサーが続く。
いずれも、単体の音の良さと同じくらい、記憶と外部制御に対応していることが商品価値だった。
一方で、この時期に別の解を出した製品もある。Yamaha の DG シリーズは、電子制御でありながら物理的なノブをモーターで動かし、呼び出した設定をそのまま目で確認できるようにした。
記憶と可視性は両立しにくい。その難所に正面から取り組んだ例として、いま見ても面白い設計である。
この先は、CSL公式サイトの全文で続けている。
ライブの構造が変わった
呼び出せることの代償
他人の設定が、そのまま使えない理由
現代は、両方を同時に持っている
選択肢が増えすぎるという、新しい問題
プリセットを「完成品」として扱わないこと
ハッシュタグ
#ChuuniSoundLab #ギターアンプ #プリセット #MIDI #設計思想 #DTM #ギター #エレキギター