
音色は、いつ商品になったのか。90年代に起きた『あの音』の商業化
ギターアンプは、長いあいだ装置として売られていた。
音を大きくする。歪ませる。トーンを整える。カタログに書かれるのは、出力、球の構成、チャンネル数といった機能である。
その機能を使って何の音を出すかは、買った人の仕事だった。
90年代に、この構造が変わる。
売られるものが、装置から音そのものへ移っていく。しかもその音には、たいてい固有名詞が付いていた。
「あの音」に、名前と値段が付き始めた
シグネチャーモデルという商法自体は、ギター本体では以前からあった。だがアンプの側でそれが本格化するのは、90年代である。
きっかけの一つは、80年代後半のブティック・ハイゲインの隆盛だった。Soldano SLO-100 が「あのギタリストが使っているあのアンプ」として知られ、Mesa/Boogie の Rectifier が特定のジャンルの音の代名詞になる。
このとき、購買の動機が変化している。
かつては「良いアンプが欲しい」だった。90年代は「あの音が欲しい」になった。
前に書いたとおり、80年代の多チャンネル化で「良いアンプ」という一次元の物差しはすでに折れていた。物差しを失った市場が新しい基準として掴んだのが、実在するレコードの音である。
「良い音」は定義が難しい。「あのアルバムのあの音」は定義しなくても伝わる。
この分かりやすさが、商品設計の方向を決めた。
プリセットという形で、音が流通し始めた
音を商品にするには、音を運べる形にしなければならない。
その器として90年代に整ったのが、プリセットである。
デジタル制御のプリアンプやマルチエフェクターは、設定を数値として保存し、呼び出せる。ここに他人の設定を入れて出荷すれば、音そのものを配布できることになる。
実際、90年代のラック機材には「アーティスト・プリセット」を売りにした製品が複数ある。有名ギタリストの名前を冠したプログラムが最初から入っていて、選べばその音に近い設定が呼び出される。
これは、それまでになかった商品形態だった。
装置を売るのではない。装置に入れる中身を売っている。しかもその中身は、実質的にはただの数値の並びである。
いま我々がプロファイルやIRやプリセットを売り買いしていることの原型は、ここにある。
音が、機材から分離した。分離したものは流通する。
この先は、CSL公式サイトの全文で続けている。
アンプ自体にも、固有名詞が付き始めた
モデリングは、その流れの完成形だった
雑誌と音源が、共通言語を作っていた
商業化が悪いという話ではない
複製できる商品と、できない商品
買っているのは、音か、条件か
ハッシュタグ
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