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心臓のエコー検査は、いつも汗だく

    カチャカチャカチャ
    カチャカチャカチャ

    暗い部屋に、無機質に鳴り響く。

    目の前の診察台に、娘は横たわって
    気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。

    心臓のエコー検査。


    生まれて10日で心臓の手術をした娘は
    今もいくつか持病を抱えている。

    身体の成長と共に、心臓も大きくなるので
    今後ふたたび手術が必要かどうかのチェックを
    数ヶ月に1度、経過観察のため通院している。

    今日で5回目だ。



    「そろそろ寝れそうですか?」
    と看護師さんがやってくる。


    「まだかかりそうです。すみません…」


    このやり取り、もう何回目だろう。


    時計の針を見る。
    あぁ、診察の予約時間を20分も過ぎてしまった。


    肝心の娘はというと、
    「あっち行こーよー!」
    「さんぽちたいよー」


    覚醒している。


    抱っこもさせてくれず
    歩き回っている。


    …まだダメそうだ。
    冷や汗がでてきた。
    余裕を持って来ても、いつもこうなる。


    こうゆうときは、とりあえず私が深呼吸。


    年齢の低い子がエコー検査をする時はまず、
    「眠らせる」ことが必要になる。


    しっかり検査するには
    じっとしててもらう必要があるからだ。


    なので診察開始より前に、眠り薬を飲ませて、
    その子に眠気が来るのを待つ。


    "眠気が来るのを待つ"と言っても
    ほっといていいわけではなく、
    抱っこ紐であやしたり、
    ベビーカーでその辺をぐるぐるしたり。


    エコー検査の待機場所では
    たくさんの赤ちゃん連れのお母さんたちが
    どうにか寝かせようと奮闘しているのだ。

    お昼間に一斉にみんな寝かしつけをしている
    世にも奇妙な光景だ。


    「お互い頑張りましょうね」
    揺れる背中に
    無言のエールを送り合っている。

     

    予約時間より早く寝かせてしまうと、
    診察の途中で起きてしまって検査にならない。


    かといって、寝るのが遅すぎても困る。
    先生の予定や、他の予約との兼ね合いもあるため、改めて予約を取り直さなければいけない。
    つまり、振り出しに戻ることを意味する。


    私たちに与えられた猶予は
    予約時間から30分間。
    その間の入眠を目指す。



    この「寝てもらう」という一大イベントに
    毎回骨を折られる。


    初めて来た時は、睡眠導入剤の甘いシロップが口に合わなかったのか、滝のように吐いた。
    それも3回も。


    吐いてしまうと意味がないので、
    急遽、坐薬の眠り薬を投入すると
    その頃には泣き疲れと、吐き疲れで
    わりところっと寝てくれた。

    娘を何度も着替えさせた。
    冬だったのに、私は全身汗だくになった。
    私も着替えたいくらいだった。


    小さな娘が大量に吐く姿は、
    トラウマ級の出来事となった。




    何回目かにしてわかってきたが、
    普通はだいたい30分くらいで寝るところ
    うちは大体45分はかかる。
    なかなかにしぶとい。

    約1時間コース。


    夜寝る時はいつもセルフ寝んねがメインで
    そんなにちゃんと寝かしつけをしていないので、
    娘も私もお互いに身構えてしまう。


    「寝てくれ〜頼むから寝てくれ〜」

    念やら圧やらがトントンする度
    手から伝わっているのだろうか。


    今日のお助け優勝アイテムは
    「黒糖」だった。


    飴のような形状になっている。

    なんとなくあるといいかもしれない。
    出がけにふと思いつき、さっとカバンに放り込んでいたのだ。


    まさかこれが今日の切り札になるとは。


    何をしても寝てくれないまま、
    タイムリミットまであと10分となった。

    私はいつものように汗だく。


    抱っこもベビーカーも拒否され
    機嫌は最悪だ。


    「もうねんねの時間だよ!」
    ついつい私も語気が強くなる。


    無理やり抱っこ紐に押し込むと
    「いーやーーー!」
    体を捻って脱出しようとする。



    かばんの黒糖がふと目に入った。
    でもそんなに食べさせたことないからどうかなぁ。


    涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔に
    「これ食べる?」と聞いてみると
    コクリと頷いた。


    小さなカケラを小さな口に放り込む。

    さっきまでが嘘のように
    手足の動きも止まり、
    ぴたりと静寂が訪れた。


    口いっぱいに広がる甘さ。
    なめるたびとろける口溶け。
    目も一緒にとろけてきた。


    よしよしよし!!!!


    ここで力んではいけまいと
    優しくゆっくり一定リズムでトントンを続ける。


    今の私の位置からでは、
    娘の目が閉じているのか確認できない。


    窓ガラスの反射を利用してなんとか覗き込む。


    思わずガッツポーズを決める。


    できるだけ暗くて静かな廊下まで来ていたので
    エコー検査の受付場所まで少し距離がある。


    はやる気持ちを抑えながら、
    ゆっくりリズムを崩さず一歩一歩歩みを進める。
    もちろんトントンのリズムも崩さない。




    「こんにちはー!!!」


    受付の女性の突然の大きな声に
    娘の身体が一瞬びくっとなる。
    私の顔も、思わず引きつる。

    事態を把握した女性が
    「すいません」と小さくペコペコする。

     
    振り出しに戻るところだったが、
    ギリギリセーフだ。


    なんとか診察台まで辿り着き
    静かに抱っこ紐のバックルを外す。


    背中スイッチを作動させないよう
    できるだけ最後まで密着しながら置いてあげる。



    前々回はここで失敗した。

    背中スイッチにやられたのだ。


    看護師さんのアドバイスの元、
    なぜか私も一緒に診察台に横たわることになり
    添い乳をして再び寝かしつけをしたんだった。


    でもそれも結局うまくいかず
    振り出しに戻った。

    今思えば、
    せまい診察台で添い乳をする姿は、かなり滑稽だ。

    エコー検査のたび、良くも悪くも
    さまざまな思い出が増えていく。


    色んな思い出を胸に抱えながら、
    診察台に乗せた娘から
    そぉっとそぉっと離れる。


    なんともいえない
    緊張が走る。


    無事に診察が始まる頃には
    もうぐったり放心状態だ。


    カチャカチャカチャ
    カチャカチャカチャ

    娘は、何事もなかったかのように
    スヤスヤ気持ちよさそうに寝ている。

    私はようやく一息つく。

    次は更にもっと余裕をもって来なくちゃ。
    でも黒糖を持ってきたのはナイスだったな。
    ベビーカーはどんなに歩いても絶対寝てくれないな。
    結局抱っこ紐か。


    とにかく、検査結果が何事もありませんように。



    本日の成果と課題を頭の中で洗い出していると、
    先生に呼ばれた。


    この先生には、
    産まれてすぐからずっと見てもらっている。
    遠い親戚より頻繁に会っている気がする。



    「特に問題もなさそうだから、次は1年後だね。
    その頃はもうDVDとか見せながら診察するから、
    眠り薬はいらないね。」


    はぁ、よかった。

    手術回避だ。


    ん、次は眠り薬いらない?
    そうか。1年後ならもう3歳だから
    少しの間じっとしていてもらえばいいのか。


    というか、DVDとかあったんだ。


    これで寝かしつけの一大イベントがなくなる。

    検査結果がよかったことが1番嬉しいが
    それと同じぐらい、この1時間の攻防から解放されることが嬉しい。


    汗だくになることも、思い出が増えることももうない。


    でももう思い出は十分だ。
    卒業の悲しみは全くない。


    「先生にさようならは?」
    「バイバーイ」


    部屋を出て、
    夫と小さくハイタッチをする。

    結果を聞くのはいつも緊張するので
    夫には毎回会社を休んでもらっている。



    「寝かしつけ」のときは息子の幼稚園のお迎えに行ってもらっていたため私1人で格闘したが、結果を聞くまでには合流することができた。


    数日前からそわそわしながら臨んだ
    「寝かしつけ」と「検査」
    この二大イベントが無事に終わった。


    帰り道、
    スーパーでちょっといいお寿司を買って、
    家にあるちょっと高級なグラスにビールをいれて
    祝杯をあげた。


    「次、1年もあけられるんだって!すごいね。嬉しいね。」

    「ちーちゃん(娘)、よくがんばったね!」

    娘はよく分かってないけど、空気を察したのか

    「ちーちゃん、がんばった!」

    と嬉しそうに何度も乾杯を求めてくる。



    高級なグラスなので
    娘の乱暴な乾杯に毎回ヒヤヒヤしながら、


    「DVDって検査中見させていいんだね〜」
    「アンパンマンとパウパトしかないらしいよ」
    「ちーちゃんあんまり集中力ないからなぁ」


    なんて笑いながら、幸せな食卓だった。



    次は1年後。


    どうなっているんだろう。
    手術はいつかするのだろうか。
    一生しなくていい未来を、いつも祈っている。



    次回も念のため
    黒糖は持っていこう。


    今日から私のお守りだ。




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    3歳(長男)と2歳(長女)の子育て中。 わちゃわちゃな毎日に飲み込まれていく小さな感情の揺れ動きや、忘れたくない瞬間。 いつか恋しくなる今日を、すこしずつ残していきます。

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