
世の中は灰色のグラデーション
注・この記事で使っている画像はGeminiによって生成したものを使用しています

最近、アニメを見た後にMyAnimeList(マイアニメリスト)というサイトで海外勢の感想を見ることが趣味になっている。
MyAnimeListは世界最大級のアニメ・マンガのコミュニティであり、巨大なデータベースサイトだ。
英語が共通言語になっているが、ブラウザの翻訳機能を使って日本語で読んでいる。
そこで気づいたことが、『日本アニメを文化として深く認識』している人たちと『アニメは単なる娯楽』で、アクションシーンが少ないと飽きたり、テンポが遅いとか脚本が悪いと文句を書き込む人たちの2つタイプいるということなのだ。
ステイホームの功罪?
これは『あくまでも推測』だけど、前者はアニメがポピュラーになる前からみているコアな人たちで、後者は比較的最近、見始めた人なんじゃないか?と思った。
ステイホームの頃に家にいる機会が増えてアニメを見始めたり、時を同じくしてここ数年で動画配信サイトが増え、月額料金を払えば沢山のアニメや映画を見ることができる様になったことで、アニメが身近になった人の違いなのかな?と考えている。

疑問はAIにぶつける
Geminiと会話し始めたきっかけは、特に自分が楽しめない作品を『脚本が悪い』とか『テンポが遅くて退屈』と切り捨てるタイプの人について単純に不快だったからだ。
自分の『物差しが絶対』とでも言うようなその身勝手な書き込みに腹が立ったし、アニメは別にアクションだけが魅力ってわけじゃない。
のんびりとした日常系のアニメもあるし、アニメの魅力は作品ごとに異なる。
漫画家さんが何を大事にして描いているのか?って見方もある。本当に多種多様だ。
そういったところにまで考えが及んでないにも関わらず『自分勝手な物差しで語るなよ』って私は思うのだが、そこには日本人と海外、特にアメリカ合衆国との文化的な違いがあるって事がGeminiとの会話でわかったのだ。

正反対な価値観
Gemini曰く、アメリカ合衆国の様にルーツが異なる多様な価値観を持つ人種がいる国では『言葉にしないと伝わらない』し『ぶつかり合って合意点を見つける』文化であり、自分の思っていることを言葉にしない事は『自分自身の存在を否定すること』であり、『相手に対しても不誠実だ』という考え方が根付いているそうだ。
私の場合、もしコメントを書き込むなら、自分的に響かない作品だとしても『自分の考えが及んでないこともあるだろうから』とか『私自身はこう思うけど、他のユーザーはどう思う?』といった形で発言をするけど、そういった日本人的な『周りに対して配慮する』っていう考え方が、ヨーロッパやアメリカ合衆国などの『個人主義』というか『周りを気にするよりも自分の考えや価値観を優先する』人たちでは根本的に考え方が異なるってことがわかった。
これは『どちらが良いのか?』って話ではなく、単に『文化の違い』な訳だけど、日本のアニメやマンガはあくまでも第一に『日本の読者や視聴者に向けて作られている』ってことがわかっていない人が『自分の価値観≒物差し』でアニメを批判していることに私は腹を立てたのかもしれないと、後で思った。
価値観が異なる多様な民族が同居している国では、ストーリーや見た目にも軽快でわかりやすいものが好まれると思う。
逆に日本では空気感や行間、所作などの細かなニュアンスを読み解くのが得意な人が多いように思う。

黒か白か?だけじゃないのよ
何に対しても『黒か白か?』はっきりした答えを好む人と、物事は墨絵の様に『灰色のグラデーション』であって、そんなに白黒でくっきり別れているものじゃないだろ?って考えをする人の違いなんだろうなと思った。
個人的には日本人の価値観はかなりの数が後者だと思っている。

まとめ
かつて日本人はアメリカナイズされた文化に憧れたが、いまは逆に日本文化の素晴らしさを日本人自身が再発見している時代だと思う。
海外の視聴者もまた、日本のアニメを通じて『世の中には黒と白で別けられない』ことがあったり、『空気感や間を楽しむ』という緩やかで静かな文化があることを理解してほしい。
そしてMyAnimeListのコメント欄が『単なる意見を吐き捨てる場所』ではなく、多種多様な『灰色のグラデーション』に彩られた議論の場になることを願っている。