メインコンテンツへスキップ
見出し画像

エッセイ|画面の向こうで世界が揺れた日──2001年9月11日の記録。

    *これは、2001年9月11日、世界が大きく揺れたあの日についての個人的な記録です。
    暴力的なテロ行為によって多くの尊い命が奪われた出来事を前に、ひとりの生活者として感じた恐怖と祈りを、そのまま残しています。

    政治や宗教について公の場で語らないと決めているわたしが、たった一度だけその不文律を破って綴った一編です。
    四半世紀を経たいま、世界平和という言葉の重みを静かに噛みしめています。

    昨夜アメリカで、あまりにもショッキングな出来事があった。ちょうどNHKの番組を見終わった直後で、部屋のテレビのスイッチは入ったままになっていた。少しの間テレビの前から離れた後、何気なく画面に目を戻したら、そこには信じられない光景が映し出されていた。巨大なビルが炎上している。ニューヨークの世界貿易センタービルに飛行機が激突した、これはLIVE映像だとテレビが告げる。目を、そして耳を疑った。呆気に取られる私をよそに映像は続き、さらに2機目の飛行機が私の目の前でビルへと突っ込んだ。激しく炎上するビル、ものすごい勢いで立ち上る黒煙。とても現実のものとは思えない。一体何が起こったというのか。2機の飛行機がツインタワーのそれぞれにほぼ同時に衝突するだなんて、そんな偶然がある筈がない。となると、これは明らかに「事故」ではない。言い知れない不安に動悸が激しくなる。程なくして、史上最悪の同時多発テロの発生が伝えられる。頭がクラクラした。

    私自身は特定の宗教を持ってはいないが、それでも自分なりの宗教観があるし、人知を超えた何か大きな存在を心のどこかで信じてもいる。また、他者の信仰を言下に否定するほど傲慢でもないつもりだ。しかし、無秩序な破壊行動の原動力となり得る宗教については、到底理解することはできない。テレビ画面の中に一連のテロ行為を賞賛するかのような某国の一般市民の表情を見つけたときは、ほんとうに空恐ろしいものを感じた。

    だが、他方、こうも考える。物事を捉えようとするとき、一方向からだけでは全体像を把握することなどできないのではないかと。「聖地」をめぐり大昔から続くイスラムとユダヤの争い。人種、国家、そして宗教思想。両者の争いに積極的に介入してきたアメリカ。対立の構造は複雑で、解決への糸口は長い間見つからなかった。

    私はこの件について触れるにはあまりに無知で、語るべき適切な言葉を持たない。ただ、今回の悪夢のような出来事が今後の国際情勢にどんな影響を及ぼすかを考えると、不安でならない。何の罪もない尊い命が理不尽に奪われるようなことだけは、もう二度とあって欲しくない。それだけを切に願う。

    * 2001/9/12記(2026/9/11改題公開)

    ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰

    書くことも、話すことも、どちらもわたしの“対話”。
    そんな気持ちでnoteを続けています📚

    サイトマップを兼ねて、自己紹介アラカルトやマガジンの紹介、おすすめ記事などをまとめています🕊️

    ▽ 自己紹介とnoteの歩き方👇

    ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰

    ▽ ご提供中のサービスまとめ|まるっと案内板👇

    ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰

    ▽ トップページはこちら👇

     
     
    ワークライフアンバランス時代を経て、プロの事務屋(元公務員)からプロコーチに転身。活動まとめ👇 https://lit.link/coachryoko その方が向かう先の先に視線を向けながら、本質や持ち味を生かし、のびのび可能性を広げていってほしいという思いで伴走しています。

    あなたへのおすすめ