
100ケース売って関東一になった。なのに、その商品はなくなった。
今から20年くらい前。
僕は、父が経営していたスーパー「稲毛屋」で店長をしていました。売り場は40坪もない、小さなスーパーです。
大きなスーパーと同じ商品を並べて、価格で勝負するだけではダメだ。だから僕は、他の店ではあまり扱っていない商品を、できるだけ探すようにしていました。
他の店にない「おいしいもの」を探していた
当時、いわゆる「C商品」と呼ばれるような、メーカーとしても主力ではない商品がたくさんありました。
そういう商品を片っ端から仕入れて、とにかく自分で食べてみる。
その中で一つ、
「これ、めちゃくちゃうまいじゃん」
と思ったカップラーメンがありました。
本当においしかったんです。いろいろ食べた中でも、僕の中では完全にピカイチでした。
「これは絶対に売れる」
そう思って卸問屋さんに相談したんですが、
「いやいや、安井さん、これは売れないですよ。無理ですよ」
と止められました。
でも僕は、どうしても売れると思っていたんです。
それで、
「じゃあ、100ケースください」
と言いました。
当然、
「いやいや、100ケースはやめた方がいいですよ」
と止められました。
でも、もうこっちは完全にその気です。
「絶対うまいんだから、絶対売れる」
そう思って、半ば無理やり100ケース仕入れました。
今考えると、なかなか無茶なことをしています。何しろ40坪もないスーパーに、カップラーメン100ケースですから。
100ケース、全然減らない
商品が届いたら、レジの前に思いきり山積みにしました。
「店長が探した、めちゃくちゃ美味しいラーメン」
そんな感じで大々的に売り始めたんです。
確かに、普通に棚に並べている商品よりは売れました。でも、100ケースという量から見れば全然足りない。売っても売っても、まだ山ほど残っています。
「これは、やっちゃったかな……」
だんだん不安になってきました。このまま倉庫に眠らせるしかないのか。それとも賞味期限まで、毎日自分の昼飯と夜飯で食べ続けるしかないのか。
本気でそんなことを考えていました。
ところが、しばらくしてレジのパートさんから声をかけられました。
「店長、この前レジ前に並べてたラーメン、もうないの?ってお客さんが言ってますよ」
「え? なんで?」
と思って、そのお客さんのところへ行くと、
「店長、あのラーメン、めちゃくちゃ美味しかったから箱で欲しい」
と言うんです。
箱で?
そこから、流れが変わった
「あれ、おいしかったよ」
「もう一回食べたい」
「他のスーパーでも探したんだけど、どこにもなかったのよ」
そんな声が、ポコポコと出てくるようになったんです。
最初に買ってくれた人が食べて、「おいしかった」と戻ってきてくれる。それを見た別のお客さんも買ってくれる。そして、その人もまた戻ってくる。
最初はあれだけ山ほど残っていた在庫が、そこから一気に動き始めました。
「また欲しい」
「次に入ったら取っておいて」
という予約まで入るようになり、気がつけば100ケースが売れていました。
それで終わりではありません。
まだ欲しいというお客さんがいるので追加で仕入れる。また売れるから、また仕入れる。
そんなことを繰り返していたら、ある日、卸問屋さんから言われました。
「安井さん、あれ、関東で一番売りましたよ」
最初は、
「売れないですよ」
「100ケースなんて無理ですよ」
と言われていた商品です。
それを、うちのような小さなスーパーが関東で一番売った。
これは、うれしかったですね。
「ほら、やっぱりおいしいものは売れるじゃん」
ちょっと得意にもなっていたと思います。
関東一になった。なのに「終売です」
お客さんからも、まだまだ欲しいと言われていたので、
「じゃあ、また注文するよ」
と追加発注をお願いしました。
すると、
「安井さん、もう終売になっちゃいましたよ」
と言われたんです。
「え?」
一瞬、意味が分かりませんでした。
「ちょっと待ってよ。この前、関東で一番売ったって言ったじゃないですか。うちのお客さんも、まだ欲しいって言ってるんですよ。それなのに、なんで終売になるの?」
そう聞いたら、
「関東一といっても、全国で見れば、そこまで売れている商品ではないんですよ」
と言われました。
これが、結構ショックでした。
僕の店では、ものすごく売れている。お客さんも喜んでくれている。「なくさないでほしい」と思っている人もいる。
でも、メーカーから見れば、それだけでは商品を残す理由にはならない。
どうにも納得できなくて、今度はメーカーにも直接連絡しました。
「うちでは、こういう声が出ています」
「この味なら、こういうバリエーションの商品もできるんじゃないですか」
「もう少し違う売り方をしたら、まだ売れると思うんです」
自分なりに、いろいろ提案しました。
でも、結局その商品が残ることはありませんでした。
まあ、今振り返れば、丁重にあしらわれたという感じだったと思います。
小さな店で関東一になっても、商品は残せなかった
当時の僕には、それがすごく悔しかった。
自分で食べて、本当においしいと思った。
絶対売れると思って100ケース仕入れた。
最初は失敗したかと思ったけれど、お客さんが「おいしかった」と戻ってきてくれて、気がつけば関東で一番売れた。
それでも、その商品そのものを残すことはできなかった。
もちろん今なら、メーカーにもメーカーの事情があることは分かります。
全国でどれだけ売れているのか。採算が合うのか。工場のラインを使い続けるだけの数量が出るのか。
一つの商品を続けるかどうかは、一店舗の売上だけで決められるものではありません。
でも、小さな店の中では、お客さんがこんなに喜んでいるのに。
その声が、もっと作っている側に届けばいいのにな。
当時は、そんなことを強く思いました。
今の「こだわり商店」にもつながっている
今、こだわり商店で商品を選ぶ時にも、僕はまず自分で食べます。
自分が本当においしいと思ったものを売りたい。
そして、お客さんから、
「これ、おいしかったよ」
と言ってもらえたら、できるだけその声を作り手にも伝えたい。
そういう距離感で商売をしたいと思っています。
その原点の一つには、間違いなく、あのカップラーメンがあります。
100ケース仕入れて、最初は「やっちゃった」と思って、そこからお客さんの口コミでどんどん売れて、最後には関東一になった。
なのに、商品はなくなった。
今となっては商品名よりも、
「あれ、もう一回食べたい」
と言ってくれたお客さんたちの顔の方を、今でもよく覚えています。