メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo byhananosu

鬱やOCD、誤った正義感を振りかざされたとき、それが胸が痛いほど親しい人だったとき

    2年半ぶりに友人に逢った
    最後にあったのは、東京で寒い日だった

    友人は決して、私が地元、雪国に戻ることを認めなかった、決して

    でも私たちは2年半の歳月を経て、逢えた

    友人は以前から、私は直接逢って話していきたいと言っていた

    だからLINEで近況を話すこともなかった

    今思えば、逢うまでの過程もおかしかったと思う
    友人は忙しいのがわかっていたから
    私は全て仕方ないと思っていた

    なかなか連絡ができないこと
    気を使いすぎて、LINEもできないことが

    だから手紙を書いて
    1週間くらいすると、旅行の詳細が少しすすむ
    LINEで返事が来るからだ

    また決めなければならないことが出てきて
    私は手紙をかいた

    手紙を書くことが好きだった
    自分の近況を混えて
    旅行のあれこれを決めることが

    彼女へ手紙を描いているとき
    自分の鬱やOCDはなりを潜めて
    脳が手紙に集中するから好きだった

    でも、彼女に逢って楽しく過ごして
    私は、張り切っていた

    死にたいと思って
    死のうともしたわたし

    希死念慮がずっと消えず
    それを抱えて生きていくと決めたわたし

    でもある時、一瞬だけ
    希死念慮が消えて、それがないことがこんなにも
    つらくない、肩が軽い、ああ、と思った
    1日10分でいいからそんな時間があったらと願った

    そうして、少しずつ、その時間は増えていった

    生きると決めた、生きるために生活する
    生活するために働く

    そのサイクル、そのピラミッドを崩さないように頑張った
    たくさんの人にアドバイスももらった
    自分も努力したと思う



    そうして、新幹線の時間が近づいたとき
    最後にカフェに入った

    友人は言った
    たくさん話を聞いたけれど、お母さんとはどうなのかと

    私のOCDは母への葛藤、母への恐怖のような思い込みが核となっている

    母が買い物したビルに入るのすら2年以上かかった
    母がいそうな時間に外にでることが怖かった
    偶然、どこかで会ってしまうかもしれなかったからだ

    それが3年ほどかけてようやく外にでて少しずつ世界を広げられた

    自分なりに生きてこれた

    彼女はそれを話しても理解を得られず
    理解は得られなくても仕方がない
    私の頭が、脳が作り出した考えだから

    でも彼女は自分の考えを、自分の正義を引っ込めることはなかった

    彼女は言った

    お母さんの時間は有限なのだ
    間に合ううちに何かをすべきだと

    それの一点張りで絶対に譲らなかった

    あの冬の東京での別れのときのように

    私は、自分のなかの、蓋をして、なんとか生きていた、
    息をしていた部分をあけざる終えなかった
    あけられてしまった

    私は、母のお葬式にも行けないのではないかとうっすら思っていた
    わたしのOCDはそこまで重い物だった
    だからこそ、母以外の妹や姉にも理解されず
    時に責められ、だからこそ、雪国で1人で生きている

    この間の水害があっても、台風がきても、誰にも連絡せずに生きている

    母のことをこじ開けられて、混んでいる駅のカフェで
    涙がボロボロと溢れることを止められなかった

    なんとか、家に帰り、でも次の日寝込み、月曜日も調子が悪すぎて、初めて仕事をOCDの不調で休んだ

    どうしようもできなかった
    とにかく休めばおさまってくれるかもしれないと思った

    でもそうはならない、いつもと違うとも、気づいていた

    だからお医者さんに電話をして予約を取り付け、生活ぎりぎりのお給料なのに、欠勤して、今日、お医者さんに言ってきた

    話が長くなってしまうので、お医者さんに敬意を書いて渡すことにした
    それは4枚にも渡ってしまって、書き直して一枚に収めた

    お医者さんに何て言われるかと思ったけれど、診察に入って、最近はいつも笑顔のお医者さんの顔は少し悲しそうだった

    森絵さん、よくこの人といられましたね、最初の一言はそれだった


    世の中には、正義感を持っている人がいて、それを振りかざす人がいる
    そういう人は、いろんな人がいって、いろんな生きてきた背景があって、どうしてもどうにもならないことを理解しようとしない
    それよりも自分が正しいと思う正義を貫くことしか頭にない

    この方は(友人Rちゃん)は典型的なそのタイプです、と言われた

    人には、悪意を持って人を変えようとする人がいる
    悪意なく正義感から変えようとする人もいる

    彼女は後者です
    でもだからってそれが正しいわけじゃない

    その考えがどんなに美徳に塗れていても
    全ての人に当てはまるわけじゃない

    このまま一緒にいたら、森絵さんが壊れてしまう

    距離をとりましょう、そう言われました

    お医者さんとは2年以上、診察室でお話をしたけれど
    このような診断というかアドバイスは初めてでした

    そして私は、その通りだと思い、頷くことしかできませんでした

    哀しいけど、彼女とずっといたけど
    でも彼女の持っている正義に私はずっと怯えていたのだと思い知りました

    今回のことだけではなく、彼女がどう思うか、笑ってくれるか、不機嫌にならないか、ずっと気にしていた

    そう思いました

    彼女との思い出は代えることができなけれど
    彼女の持つ刃があまりに鋭くて
    何度も胸に痛いと言っても
    これが、正しいんだ、これしかないのだと
    突き立てられてきたのだと
    理解せずにはいられませんでした

    私はお医者さんに今回の不調の経緯を書き留めた時点でわかっていたのです

    でも医学的に専門家から、人の中には
    悪意なく、自己の正義のみが正しく
    他者の生きる経緯を尊重せず
    貫き、貫きずぎて相手の心をずたずたにする人がいてしまう

    それが私の友人であり、親友でした



     
     
    【きっと不器用に生きてる】障害者雇用で自立 <約束>という言葉が消えた人生 それでも暮らす、雪国で暮らしていくよ うつ・強迫性障害

    あなたへのおすすめ