
拝啓文芸部|残されたメモ
「ねぇ、あの約束覚えてる?」
「覚えてない」
ぶっきらぼうに返す私を見て、彼女は満足そうに笑って部屋を後にした。
即答することが覚えていることの裏付けであると、私も彼女も知っていた。
私と彼女の会話に必ずしも真実を添える必要はなかった。
幼い頃から共に過ごし、時と共に関係性は変われどお互いの本質は変わらない。
表情で抑揚で雰囲気で。
傲慢であることは重々承知だが、彼女が何を伝えたいのかその意図は手に取るようにわかったし、彼女もまた同様だった。
だから私たちには嘘が必要なければ、本音もまた不必要だった。
その反面、メッセージでのやり取りは少し苦手だった。
ディスプレイに表示された文字からは表情も抑揚も雰囲気も読み取れない。
ただ感情を出力した結果だけを受け取ったようなもので、そこに彼女という存在を感じることが私には出来なかった。
だからこそ会うことを、一緒に過ごすことを重視する。
それこそが私たちの共通した揺るぎない価値観である。
そう、信じていた。
さよなら
テーブルに置かれたメモへ記された、そのたった四文字の言葉を理解するのに私はしばし時間を要した。
習字が得意だった彼女の綺麗に滑るように描かれた文字からは、表情も抑揚も雰囲気も読み取れない。
何度試したところでその意味が変わるはずなどないのに、その言葉を繰り返しては希望が含まれる解釈を模索した。
なぜなのか、理解ができない。
なにがダメなのか、検討がつかない。
なんどもなんども、繰り返す。
「さよなら」
不意にそのメモに残る迷いのない文字から、聞こえないはずの声が届き、見えないはずの彼女の顔が鮮明に過ぎる。
確固たる決意を携えた、決して曲げない頑固な瞳。
それでも私を否定しまいと繕った、健気なえくぼ。
変わることのない現実。
「なんだ、伝わるのか」
私は、残されたメモにもう呟くしかなかった。
この度、こちらの企画に参加させていただきました↓