
お題で書きはじめるnote企画|「待つ時間」
「待つ時間が好きなの…」
アイスコーヒーのストローを回す。四角い氷とグラスが当たって、透き通った音を奏でる。
窓の外を見ながら、想い出に浸る。
仕事の途中でたまに立ち寄る古びた喫茶店。カウンターに座り、コーヒーを頼む。
窓際にいつも座っている女に声をかける。
「今日も待つのかい?」
「ええ、ずっと…」
「退屈じゃねえのかよ?」
「その退屈が大切なの…」
女はストローを回す。氷とグラスが透き通った音を奏でる。
あいにくの雨だ。すっかり曇った窓から外は見えない。カップに口をつけながら、女の席を見ると、窓に止まった水滴をじっと眺めている。
「何が見えるんだい?」
「昔の思い出がね、スクリーンに流れる映像のように、大きく見えるの。だから、雨の日の待つ時間が一番好き…」
ある日、喫茶店の扉を開け、女の席を見ると、向かい側に女より少し年上の男が座っていた。
女のストローは回らない。力を込めた手が、ストローを折り曲げていた…氷とグラスの透き通った音は聴こえてこない。
「帰って…」
そう言われた男は、女の顔を見つめた後、諦めるように席を立ち、店を出ていった。
「待ち人来たる…じゃなかったのか?」
「…そうね…でも、待つ時間が好きなのよ…」
女は折れたストローを回した。回らない氷は、音を奏でることは無かった。
ずいぶん時が経った…女は相変わらず、待つ時間を楽しんでいる…
「カランコロン」
ドアの開く音の後に、コツンコツンという杖の音と、靴音が響く。
その音は、女の方に向かっていく。
「ずいぶん待たせたね…ごめん。」
老人は女に向かって言った。
「いいのよ…待つ時間は好きだから…」
「二人でまた、コーヒーが飲みたかったんだ。」
男は、カップに入れた砂糖をスプーンでかき回す。
女は、アイスコーヒーのストローを回す。
カップに当たるスプーンの音とグラスに当たる氷の音が、ハーモニーを奏でる。
「そろそろ行こうか…」
男が立ち上がる。
「ええ。」
女が立ち上がる。
「なあ、これ持ってけよ。」
俺は紙切れを女に渡す。
紙切れを見た女は、
「ありがとう。……… ……」
言葉を残し、ドアから出ていく二人…
窓から見える二人の後ろ姿は、いつの間にか、同じ年くらいの老夫婦の姿に変わっていた。
俺が渡した紙切れは、あちらの世界への案内図。
本当は、俺ら死神が連れて行かなければならない決まりだが、あれだけ長い間待ち続けたんだ…二人きりの時間を邪魔するのは野暮ってもんだろう。
あの「ありがとう」の後の言葉を聞いたら…
二人きりであちらの世界まで、ゆっくり話しながら行かせたくなったのさ。
「あの人に生きて欲しかったから…でも本当は、待つ時間は好きじゃなかったわ…」
小牧さま 今週もお題をありがとうございました。毎週、オチのない物語を作るのが楽しくなってきました。
読んで頂いた皆さま。ありがとうございました。三題噺ばかり作っているので、なかなか引き算の美学という文章を書くのが難しく、説明が多くなってしまう気がします…楽しんでいただけたらそれで嬉しいです。
待つ時間が、大切な時間もあれば、退屈な時間もあるんでしょうね…