
飛行機にも、顔がある
飛行機が好きである。もっとも、航空機の型式を全部覚えているとか、空港の展望デッキで一日中写真を撮っているとか、そういう熱心なマニアではない。いや、写真を撮るのは好きだし、飛行機を見るのも好きなのだが。
乗るのも好きである。ただし、座席は基本的に通路側を選ぶ。窓から景色を眺めたり、翼の動きを見たりするのも楽しいのだが、トイレに行くたびに隣の人に声をかけるのが面倒なのである。飛行機好きとしては、少々夢のない話かもしれない。
でも、トイレは大事だ。
767は元気がよかった
昔から好きだった機体の一つに、ボーイング767がある。何が好きだったかというと、離陸時の加速である。滑走路に入って、エンジンの出力が上がる。そして、ぐっと背中を押される。あの感じがよかった。
もちろん、離陸時の加速は機体の重量やエンジンの仕様、気象条件などによって変わる。767だから必ず強烈な加速をする、というわけではない。それでも、私が乗った767には、ずいぶん力強い印象が残っている。
上昇性能もよいという話を、昔、航空雑誌か何かで読んだ記憶がある。戦闘機みたいな機動ができる、などという話も耳にした。さすがにそれは言い過ぎだろう。大型旅客機が戦闘機のように飛び回ったら、乗っている方が困る。
ただ、あの加速を体験すると、そんな話を聞いて妙に納得してしまうところはあった。767は、操縦室に電子式の計器表示を本格的に取り入れた、当時としては先進的な旅客機でもある。機体の外から見えるわけではないが、そういう技術的な話を知るのも好きだった。
飛行機に乗っているとき、こちらは何も操作していない。それでも、あの巨大な機械がどうやって飛んでいるのかを考えるのは楽しい。

787の翼は、よくしなる
その後、よく利用していたJALの関空―台北線に、ボーイング787が投入された。これも好きな機体である。787で気に入っているところは、まず機内の湿度だ。飛行機の中は乾燥するものだと思っていたが、787ではそのあたりが改善されている。
胴体に複合材を多く使ったことで、従来の機体より機内の湿度を高めに保ちやすくなったという。客室の気圧設定も改善されている。技術の進歩が、乗っている人間の快適さにつながっている。こういう話は好きである。
それから窓のシェード。787には、窓を電気的に暗くする仕組みが付いている。従来のようにシェードを引き下ろすのではなく、ボタンを押すと窓がじわじわ暗くなる。初めて見たときは、なかなか面白いと思った。
そして、何といっても翼のしなりである。787の翼は、飛行中に大きく上へしなる。地上にいるときと、飛んでいるときとでは、見た目がずいぶん違う。離陸して揚力が増していくと、翼がぐーっと持ち上がっていく。

金属製の翼もしなるのだが、787はその変化が分かりやすい。あれを見ると、飛行機の翼は硬い板ではないのだと実感する。もっとも、先ほど書いたとおり、私は普段は通路側に座っている。翼のしなりが好きだと言いながら、見やすい席を選んでいるわけではない。
窓側に座るのは、マイルでビジネスクラスにアップグレードできたときくらいだろうか。航空機への興味と、トイレへの行きやすさ。
残念ながら、後者が勝つのである。
A350はタヌキ顔
キャセイパシフィック航空を利用していた頃、たまたまエアバスA350の新しい機体に乗る機会があった。試験的な投入だったと記憶している。機体はピカピカだった。
新しい飛行機に乗れるというだけで、ちょっと得をした気分になる。A350も複合材を多く使った新世代の旅客機で、787とよく比較される。ただ、私がA350で最初に思い浮かべるのは、そういう技術的な話ではない。
顔である。
あの飛行機は、タヌキ顔だと思う。コックピットの窓の周囲が黒く縁取られていて、目尻が少し下がったように見える。タレ目なのである。飛行機に顔があるわけではないが、正面から見ると、どうにも表情があるように見えてしまう。
767には767の顔があるし、787にも787の顔がある。A350は、あのタレ目のタヌキ顔だ。一度そう見えてしまうと、もうそれ以外には見えない。もっとも、エアバスの設計者は、タヌキを作ろうと思って設計したわけではないだろう。
たぶん。
あの正月の事故
そんなA350について、今ではどうしても思い出してしまう出来事がある。2024年1月2日、羽田空港で起きたJAL516便と海上保安庁機の衝突事故である。着陸してきたJALのA350が、滑走路上にいた海上保安庁の航空機と衝突した。
海上保安庁機では5人が亡くなった。JAL機も炎上し、最終的には機体の大部分が焼失した。あの映像は、今でも強く印象に残っている。その一方で、JAL機に乗っていた379人は全員が脱出した。あの状況で、である。
客室乗務員の対応は、本当にすごかったと思う。煙が入り、火災が広がる中で、使える脱出口を判断し、乗客を誘導する。普段、機内で安全設備の説明を聞いているときには、なかなか想像できない状況だ。訓練を重ねてきた人たちが、実際の事故でその役割を果たした。
プロフェッショナルというのは、こういうことなのだろう。そして、もう一つ。
私は、あの事故を見るたびに、機体のことを考えてしまう。
A350も頑張ったなぁ
もちろん、飛行機に意思があるわけではない。機体が乗客を守ろうと考えたわけでもない。航空機は人間が設計し、製造し、整備している機械である。それは分かっている。
それでも、あの事故では、A350も頑張ったなぁと思ってしまう。衝突し、炎上し、最後には焼け落ちてしまった。それでも、乗客と乗員が脱出するまでの時間を残した。もちろん、全員が助かった理由を機体の性能だけで説明することはできない。
衝突の状況、火災の進み方、脱出設備、乗員の判断、乗客の協力。いろいろな条件が重なった結果だろう。それでも、飛行機は事故を起こさないように作られるだけではない。万が一事故が起きたときにも、乗っている人を守れるように設計されている。
あのA350は、少なくとも結果として、その役割を果たした。機体は失われた。でも、379人は帰ってきた。そう考えると、どうにも胸がいっぱいになる。あの焼けた機体を見ると、単に壊れた機械だとは思えないのである。
よく頑張ったなぁ。お疲れさま。
そんなことを言いたくなる。もちろん、海上保安庁機で亡くなった5人のことを忘れているわけではない。事故そのものが悲惨な出来事だったことに変わりはない。それでも、あの機体に対して、何か特別な感情を抱いてしまう。
飛行機にも、顔がある
767の離陸時の加速が好きだった。787の窓のシェードや、翼のしなりが好きだった。A350はタヌキ顔だと思っていた。どれも、人間が作った機械である。機械なのだから、好き嫌いはあっても、そこに感情移入するのはおかしなことなのかもしれない。
でも、あの事故以来、A350を見ると、以前とは少し違った気持ちになる。相変わらずタヌキ顔だと思う。ただ、その顔を見ると、あの日の機体のことを思い出す。そして、少しだけ胸が詰まる。
飛行機にも、顔がある。少なくとも、私にはそう見えるのである。