
53歳の恋と、わがままな眉。
「相性を見てくれませんか」
鑑定の仕事をはじめたばかりの頃、知人の紹介で、一人の女性から電話があった。
「気になる人がいるんです」
彼女は小さく言った。
付き合いたいとか、この先どうなりたいとか、そういう話ではない。
ただ、二人の相性が知りたい。
とても控えめな相談だった。
あとになって思う。
あの言葉は、彼女がずっと胸にしまい込んできた「わがまま」だったのだと。
*
彼女は53歳。
離婚して、7年がたっていた。
仕事を持ち、朝から晩まで動きっぱなし。
肌のこと、髪のこと、着るもの、メイク。
気にはなっても、手をかける余裕なんてない。
いや、余裕がないわけでは、多分ない。
自分に手をかけることに、どこか後ろめたさがあったのかもしれない。
そんな毎日の中で、ふと、いいなと思える人が現れた。
*
はじめてのセッション。
画面が切り替わった瞬間、私は言葉に詰まった。
照明が暗く、表情が見えづらい。
地味な普段着の女性が、少し顔を伏せている。
目が、合わない。
ボブスタイルの髪にはツヤがなく、眉はほとんど描かれていなかった。
「はじめまして、よろしくお願いします」
声が、小さく震えていた。
画面の向こうで、彼女はずっと斜め下を見ていた。
まるで、自分がここにいることを申し訳なく思っているように。
眉間には、深いしわが刻まれていた。
「あの人みたいになりたい」
身近にいる素敵な女性のことを話すとき、何度かそう口にした。
その言葉の奥に、誰かと自分を比べてしまう気持ちがあるように感じた。
(私なんて)
はっきり、そう聞いたわけじゃない。
でも、言葉の端々から、そんな気持ちがにじんでいた。
*
二人の星を、並べてみた。
相性は、悪くない。
むしろ、いいほうだった。
気になったのは、相性より、彼女自身の星だった。
きちんとしていて、奥ゆかしい人。
美しいものを大切にし、調和を求める人。
星が語る彼女は、とても魅力的だった。
なのに、本人だけがそれを知らない。
そして、星全体から見える、自分を後回しで相手に尽くしてしまう傾向。
大切な人ができると、つい相手に合わせようとしてしまう。
セッションで話を聞くと、結婚していた頃のことが見えてきた。
しっかり者の彼女が、ずっと支える側だった。
甘えたり、頼ったりすることは、ほとんどなかったようだ。
自分のことは、いつもさておいて。
結婚してから約30年間、ずっとそうやって生きてきた人だった。
だから私は、相手との相性の前に、いちばん強くこれを伝えた。
相手に合わせなくていい。
あなたの魅力は、そこじゃない。
清潔感と、洗練されたセンス。
その二つが重なると、向き合った相手のほうが、思わず背筋を伸ばす。
彼女には、生まれた瞬間から、そういう魅力がすでにある。
私はそこに、芯を置いてほしかった。
でも、30年かけて身についた(私なんて)は、言葉では消えない。
あなたにはこんな魅力があるのだと伝えても、すぐには変われない。
だから私は、ひとつだけ、お願いをした。
「眉を、少し長めに描いてみてください」
「え?眉、ですか?」
そう。
彼女の星の中で、いま、一番まとってほしい力。
それを目に見える形にするなら、眉だった。
眉は、顔の額縁。
知性が感じられるように、すこしだけ意志を足して。
眉山の位置と、眉尻の位置。
描くときの力加減。
画面越しに、描き方をひとつずつ伝えた。
自信は、明日の朝には持てない。
でも、眉の形なら、明日の朝から変えられる。
たった、3分。
朝、鏡の前に立って、眉を描く。
それだけで、いい。
たった3分で何が変わるの?
そう思うだろう。
でも、彼女にとっては、その3分が分岐点になった。
30年間、自分より家族を優先させてきた人だったからだ。
*
2回目のセッション。
「あっ」
画面が映った瞬間、思わず声が出た。
眉が、変わっていた。
少し長めの、知的な眉。
でも、変わったのは眉だけじゃなかった。
彼女が、まっすぐこちらを見ていた。
あの、斜め下を向いていた目が。
眉間のしわが、消えていた。
「眉、とてもステキに描けてますね」
そう言うと、彼女の口元がフワッとほころんだ。
「最初は大変だったんです。でも毎日練習して、少しうまく描けるようになりました。職場の同僚に、なんか雰囲気変わったね、って言われて」
彼女はそう言って、照れくさそうに笑った。
画面越しに、彼女の頬がほんのり色づいているのが見えた。
鏡に映る自分が変わると、気づきはじめる。
私は、まだこうして輝いていいのだと。
ほんとうは、輝きたかったのだと。
次は、肌のお手入れ。
その次は、髪型や服装のこと。
質問が、増えていった。
彼女の言葉から、もう(私なんて)はにじまなくなっていた。
*
何度かやりとりを重ねたあと、彼女がぽつりと言った。
「デートに誘われたんです」
声が、震えていた。
53歳で、もう一度恋をする。
そんな日が来るなんて、本人も思っていなかったはずだ。
画面越しに、彼女の目を見た。
目に、力が宿っていた。
口角の上がった、やわらかな笑顔。
私はこれでいいんだと、ちゃんと知っている人の目だった。
「あの人みたいになりたい」
よく口にしていたその言葉を、彼女はもう言わなくなっていた。
恋の成就は、素晴らしい奇跡だと思う。
でも私は、彼女の変化が、何よりも嬉しかった。
毎朝の3分を、自分のために使う。
それは、彼女の小さな覚悟だったのだと思う。
彼女は、自分の中に眠る魅力を、自分の力でまとい始めた。
星を道しるべに、自分の人生を、もう一度歩き出した。
*
「相性を見てくれませんか」
あの控えめな声のトーンを、今も思い出す。
彼女の30年ぶりの「わがまま」を、聴いたあの日を。
当たり前の願いさえ口にできないほど、彼女は長いあいだ、感情を飲み込んできたのだ。
彼女の覚悟と、あの朝の3分間。
その小さな時間が、彼女の中にあった(私なんて)を、少しずつほどいていったのかもしれない。
今、誰よりもまっすぐ背筋を伸ばしているのは、彼女自身だ。
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