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短編小説 | 汚れと憧れ

    若者は、
    学生時代を遊んで過ごした。

    就職活動にも身が入らず、
    名前も知られていない小さな会社へ入った。

    そこでは、
    何もかもが曖昧だった。

    期限を聞けば、
    「なるべく早く」

    理由を聞けば、
    「前からそうやっている」

    教わっていない決まりを破ると、
    常識がないと怒られた。

    上司によって指示が変わり、
    失敗すれば若者の責任になった。

    改善を提案すると、
    口を動かす前に手を動かせと言われた。

    若者は、
    この会社で初めて努力した。

    仕事を終えた後に
    勉強し、
    資格を取り、
    何度も面接を受けた。

    やがて、
    誰でも名前を知っている大企業へ転職した。

    整った受付。
    広い執務室。

    知らない者はいないロゴが入った名刺。

    ようやく、
    自分の人生が正しい場所へ戻った気がした。

    三年後。

    全社員が集まる業績報告会で、
    若者は壇上へ呼ばれた。

    社長が自ら、
    若者の胸へ銀色の章を付けた。

    「未来改革室、室長」
    「若い感性で、古い我が社を変えてほしい」
    「君は我々の希望だ」

    大きな拍手が起きた。

    同期は驚き、
    先輩たちは悔しげに笑った。

    胸の章に光が反射し、
    若者は誰よりも輝いて見えた。

    翌週、
    社内報の表紙に顔が載った。

    期待のエース。

    窓際の個室。
    革張りの椅子。
    専用の電話。

    所属者は若者だけだった。

    特別に選ばれたのだ。

    社長との昼食にも呼ばれた。

    「遠慮はいらない
     抵抗する者がいたら私に言いなさい」

    それまで挨拶しなかった管理職が、
    廊下で足を止めて声をかけてきた。

    若手社員たちは、
    若者に会社への不満を託した。

    昔の上司から言われた言葉を思い出した。

    「お前のようなやつは、
     どこへ行っても通用しない」

    間違っていたのは、アイツらだった。
    若者は、そう確信した。

    会社をくまなく調べると
    紙で回す申請書、
    用途のわからない帳簿、
    誰も読まない報告書が見つかった。

    大企業にも、
    逃げてきた会社と同じものが残っていた。

    若者は次々に廃止を決めた。

    だが、
    そのたびに邪魔をする老人がいた。

    灰色の作業着を着た営繕係だった。

    袖も靴も黒く汚れ、
    いつも雑巾の臭いがした。

    申請書を捨てると、
    廃棄箱から拾い戻す。

    朝礼をやめると、
    勝手に社員を集める。

    倉庫を空にしようとすると、
    扉の前に立った。

    「古い物を残すことが、仕事なんですか」

    「同じ失敗を止めている」

    「理由を説明してください」

    「話しても、今の君には届かない」

    その言葉が、
    昔の上司と重なった。

    老人は、
    若者が必死で逃げてきた世界そのものに見えた。

    若者は、
    老人を会社から追い出すと決めた。

    ー

    老人は、
    かつて言葉を信じていた。

    会社が小さい頃から働いていた。

    人が足りず、
    営業も設計も製造も経理も手伝った。

    後に管理職となった。

    老人は、
    部下へ指示の理由を説明した。

    話を最後まで聞いた。

    失敗が起きれば、
    個人を責めずに仕組みを直した。

    部下からは慕われていた。

    上層部からは、嫌われていた。

    ある時、
    仕事で大きな損失が出た。

    上層部は、
    担当した若手社員へ
    責任を負わせようとした。

    老人は拒んだ。

    記録を集め、
    指示の流れを整理し、
    失敗の原因を説明した。

    内容は正しかった。
    説明も足りていた。

    それでも伝わらなかった。

    上層部は理解できなかったのではない。
    理解する気がなかった。

    老人は左遷された。

    後任には、
    上の指示へ逆らわない者が置かれた。

    部下たちは
    雑な指示と責任転嫁に耐えかねて
    心身を摩耗して退職した。

    老人は、
    部下を守ろうとして、
    部下を守れる立場を失った。

    正論だけでは人を守れない。

    正しい情報も知識も、
    相手に受け入れる姿勢がなければ届かない。

    老人は説明することをやめた。

    必要な申請書が捨てられれば、
    拾い戻した。

    機械の異音を伝える場が消えたら、
    自分で社員を集めた。

    記録が処分されそうになれば、
    倉庫へ隠した。

    言葉ではなく、
    行動で守るようになった。

    ー

    人事部長は、
    若者が出した異動願いを受け取らなかった。

    「動かせる部署がない
     あの人は、全部にいた」

    若者は老人に詰め寄った。

    「それほど会社を知っていて、
     なぜ僕の邪魔をするんです」

    老人は倉庫の鍵を出した。

    「見てみるといい」

    棚の奥には、
    同じ形の箱が幾段も積まれていた。

    中には、
    歴代の改革担当が残した提案書が入っていた。

    どれも若者の案と驚くほど似ていた。

    箱の底には、
    銀色の章が入っていた。

    会社は何度も若者を選び
    光を当て、
    単独で古い仕組みと戦わせた。

    失敗すれば、
    力が足りなかったことにした。

    辞めれば、
    根気がないと説明した。

    変わろうとする姿だけを見せ、
    何も変えなかった。

    老人は、
    改革を止めていたのではなかった。

    また若者が、
    単独で責任を負わされることを止めていた。

    「あなたは、なぜ辞めなかったんです」

    老人は、
    汚れた手で箱の蓋を閉じた。

    「変わるところが見たかった」

    次の役員会で若者は、
    上司の指示と判断を記録して
    社内に公開する制度を提案した。

    経営陣は眉をひそめ、
    個室も章も奪った。

    ー

    それでも、
    若者は辞めなかった。

    老人が尋ねた。

    「まだ残るのか」

    若者は、
    古い提案書を開いた。

    「変わるところが見たくなったんです」


    完


    #星新一泥旧百杯

    🦆💬 ガァ

    ( ↓こちらの企画に参加させていただきました )


     
     
    名前は「でいきゅうひゃく」と読みます。 彼女が欲しくてnoteを始めてみました。 敵は理不尽、雑、馬鹿、つまり世界です。 よろしくお願いします💩🦖🪐

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