
全世界のフェロモニアンたちへ
全世界10億人のフェロモニアンたちに向けてこれを発しています。
2026年10月18日、フェロモンズは、終わりました。
解散ではないです。
終わった。
飯野“セクシー”雄貴の存在こそが、フェロモンズでした。
その飯野“セクシー”雄貴を、追放しました。
私が。
自分の手で。
フェロモンズは、私の夢の具現化でした。
私ではできない事を、フェロモンズで表現していた。
私は、正統派ではありません。
だからこそ、イロモノの道を突き進めた。
選択肢がなかったんですよ。
私がまともにやってたら…そんな世界線はありません。
もう一度人生をやり直せるとしても、私は「男色ディーノ」のまま世間に売れるような方向性で再スタートすると思います。
私は、そういう奴なんです。
今、表現が委縮している世の中です。
「やっちゃいけないこと」が増えてきました。
今だから言いますが、特に今の世の中が悪いとは私は思っていません。
なので、私は別にフェロモンズを通して世の中に一石を投じようとは思っていませんでした。
それっぽく見せてたし、それっぽいこと言っていましたが。
私がフェロモンズでやりたかったこと、それは非常にシンプルで。
大人が子供に「はしたないからやっちゃいけません」って言い聞かせるようなこと。
普段、大の大人がやらねえだろってことを、あなたの代わりにやりたかった。
「プロレスを通してバカバカしいことをやりたい」
これはフェロモンズは関係なく、私の基本思想です。
ただ、バカバカしいことを表現するのに、個人ではなく集団でやっても面白いことできるよな。
そう思って始めたのがフェロモンズ。
実際、まだ集団でやりたかったけどやれていないこともあります。
まず必要なのが、子供みたいな大人でした。
だから飯野さんが必要だったし、今成さんが必要でした。
光珠くんは艶の面で必要だったんですけども。
後付けのメッセージ性みたいなもんは、私が担当する。
これも初めて言いますね。
ここ数年、DDTはキレイな方面に向かっています。
会場に女性が増えたのがその証明になると思います。
それは全然問題ないです。
会社の経営方針は私なんかにはわかりません。
今、現状で会場に来てくれる人、配信で見てくれる人、全てをひっくるめてDDTのカラーを作り上げています。
なので、現状がどうっていう批判ではありません。
でも、だからこそ残したいものがある。
私は、老若男女がDDTを見て欲しいと思っています。
おっさんがもっと見ていいとも思っていますし、逆に子供が増えてもいいのかなと思っています。
子供に関しては私が言うなって話ですけども。
色んな人に見て欲しいのはプロレス自体もそうなんですが、その中でもDDTは射程範囲を広く構えていたいんですね。
その中での選択肢のひとつになりたいんですよ私は。
昔もnote記事で書きましたが、私は週刊少年ジャンプにおける「珍遊記」になりたいんです。
ドラゴンボールでもスラムダンクでもワンピースでもなく、珍遊記。
これがフェロモンズの基本方針。
その上で。
結果も出したかった。
フェロモンズが多くの人の支持を得られるのは、半分わかっていました。
もう半分は、想定外でしたが。
半々の確率で早めに打ち切りになるだろうなとは思っていたので。
ただこれはフェロモニアンのおかげなのですが、熱烈に応援してくれる人がいて、その人が広めてくれて、フェロモンズは会社からも無視できないユニットになりました。
応援してくれる人がいるから、会社は私たちを残し続けました。
始めてから半年が勝負のユニットだ、と私は最初から思っていました。
これはどこかで言ってないかな?
その頃はnoteはやってなかったので、しゃべってなければ残ってないかもしれません。
こうして、私は半々の賭けに勝ちました。
繰り返しますが、これはマジでフェロモニアンのおかげです。
だから私はユニットが安定してきた頃に思いました。
我々の活動は、会場に来たフェロモニアンに捧げようと。
結果として、その志は会社とぶつかることが多かったんですけどね。
背景として、新型コロナの時期っていうのもあります。
とにかく、会場に来てもらう理由を作りたかった。
会社は、その時期配信に力を入れていた。
世の中の風潮として、会場にお客さんは来てくれない。
人が集まるのが悪とされていた時代でした。
そんな中、DDTは配信で試合を届けようとしていた。
フェロモンズ…というか、私の考え方は逆でした。
生で見ないともったいない。
そういう存在になりたかった。
会社からは何度も注意されました。
配信でも見せられないような試合をするな、と。
逆だよ。
私に言わせれば、逆。
会場に見に来たくなるような試合…というか出来事を起こさなきゃ。
もちろん世の中の建てつけとしては、集めちゃダメ。集まっちゃダメ。
でも、私は集まって欲しかった。それは、精神的な意味で。
プロレスが不要不急であるのは確かです。
でもね、誰かにとって必要でありたかった。
これはプロレスラーである私のエゴです。
私は正しいと思っていますが、私の正しさが世の中に通るとも思ってないです。
つまり、どちらが正しいって話でもない。
なので、別にこの記事は私の思想を正当化するものでもないです。
ただ、当時そういう世の中だからこそ、やんなきゃいけないと思ったのは事実です。
これは今でもやりたいと思ってるんですが、フェロモンハウスだとかエクスカリバーチャレンジ的な会場でのアトラクションは、これからもできるならやっていきたい。
あ、最近ファンになってくれた方はこれらが何なのかわからないでしょう。
でも、説明するのもアレなので割愛します。
まあ、ちょっとどうかしている体験型アトラクションです。
よく言えばディズニーのグリーティングみたいなもんだと思ってもらえれば。
今、ハクを会場に連れていくのもその一環です。
もちろんハクに関しては、生きているわけだから体調を最重要視はしますが。
今のところ、ハクは人が好きで嫌がってはいなさそうなので成立しています。
要は「会場に来ることによって体験できること」を増やしたいんですよ。
遠くに住んでいて来られない人ももちろんいます。
会場偏重は来られない人をないがしろにしているんじゃないか。
そう言われたこともあります。
でもそんな人にも「いつか来たい」と思ってもらうために、DDTは楽しい体験ができる会場でありたいのですよ。
話を戻しましょう。
フェロモンズは、常に会社から活動を問題視される存在ではありました。
時期的にも特に。
フェロモンズの反省も書いておきましょう。
存在価値としての結果は出しました。
好きな人も嫌いな人もいたとは思います。
時が経った今だからいい思い出になっている感も否めません。
当時は、言うてやはり受け付けないお客さんもいたはずです。
それはまあいいんですよ。
ただ、わかりやすいプロレスとしての結果…つまりベルトですね。
それを手に入れることができなかった。
だから、私は解散を受け入れた、という面があります。
これを語るのも初めてだと思います。
ここからとりとめもなく語ってしまいそうなので、一応ここから有料にしましょうか。
ここから反省を書いて、
あとはフェロモニアンへのメッセージにつながります。
たぶん、最後のメッセージ。
先に謝っておきます。
ごめんなさい。
飯野さんとの3分弱の最後の試合については、あの時間は私と飯野さんだけのものなので語らないです。今は。
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フェロモンズの反省というか、その時点での限界もあって私は解散を受け入れました。
納得はしていません。
まだできたことはあったので。
ただ、受け入れた。
それは、若干の限界を感じたからです。
もちろん、それはコンプライアンスとかそういう話ではなく。
フェロモンズの限界とは何か。