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借りた本|掌編小説 #シロクマ文芸部 

    「借りた本⁉︎ お兄ちゃんまだそんなこと言ってるの?あの人は
    貸したことなんて忘れてるよ。なんなら買い直してるかもね」

     秋になりたての天気の良い日曜日。涼子ちゃんは兄の
    引っ越しの手伝いに電車を乗り継いで実家に帰ってきたのに…
    ばっかじゃないのと言わんばかりの鋭い目で兄を睨んでた。 

    「借りたものは返すだろう。同じ会社で働いてるんだし。
    偶然本社で会うこともあるだろ」
    兄の和也君は素知らぬ顔で本棚の本を引き抜いていく。
    「お兄ちゃんはその本社から出向するんでしょ。返すっていつ返すの?
    あんなにグイグイ来てた人はね、ダメだって割り切ったら早いから。
    もうお兄ちゃんのことなんて覚えてないよ、処分しよ。お互いのためだよ」
    悔しそうな声の圧が上がると、和也君の手から私をひったくろうとした。

    「ひでぇ言い方だな。勘弁しろよ。そんな思い入れとかないぞ」
    和也君は涼子ちゃんを見向きもぜずに、ひょいとかわした手で
    私をダンボール箱に収めた。

     兄の会社の後輩が奥手な兄に好意を寄せていると知った時も
    受け身な兄がようやく彼女に向き合い始めたと気づいた時も
    その彼女が転勤願いを出して突然異動した時も…
    涼子ちゃんは事あるごとに言い募る。
    兄がそのことに何の感情も表さないことは
    特に涼子ちゃんを苦しめるようだった。

     先に詰められていた図鑑の隣に収まると、図鑑が声をかけてきた。
    「おまえさんも来たか?また本棚が変わるのかい?」
    「いいえ、今回は和也君が居場所を変えるらしいです。一緒に行ける
    本は少ないみたいです」
    「どう言う意味だい?」
    「処分するって言ってました。紙の本でなくてもデータ版でいけるからって」
    「データ版?」
    「さあ、私もよく分かりません。たくさんの本が床に積み上がってますよ」
    図鑑はふと口をつぐむと箱の外を見ようとしているようだった。きっと
    どの本が置いていかれるのか気になるんだろう。

     私達は自分に何が書いてあるかよく知らない。自分を見る事はできないし
    たとえ見たとしても、きっと字は読めないだろう。読む人から伝わってくる
    感情や言ってることを注意深く拾って、そこそこ見当はつけている。
    でも、その人にとってどんな価値があるのか想像するのは難しい。

     和也君が私を手に取る時、嫌な気持ちを拾った事はない。
    あの彼女は、私を読んでいるのか誰かに話しかけてるのか
    最後まで分からなかったけれど。
    いつか涼子ちゃんも手にとってくれたらなと思ったら、
    和也君の独り言を思い出した。
    「真似ごとは経験したしな。参加賞みたいなもんか」

    小牧幸助さん主催のシロクマ文芸部さんに参加させて頂きました💐
    お題をありがとうございます。

     
     
    こんにちは。 直感のお稽古の記事を書いています。 どんどん知らないことが増えていく広い世のなかで、幾つになっても自分の心と身体と直感を、育てて信じて柔軟に自由に暮らしたい。人が持つ可能性と物語と身体に良いことが大好きです。

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