
008 いつかどこかで逢った人
村上龍が亡くなったという報道を目にした時、ちょうど「オールド・テロリスト」を読んでいた。本の内容と、彼が亡くなったという事実は、当然のように地続きな気がした。部屋でカツラギがぼんやりピザを食べていて、傍らにはつけっぱなしのTVがあって、村上龍の訃報を扱ったワイドショーが流れている。そんな感じ。
この作品の主人公セキグチは、今の私と同い年。彼が昔勤めていた出版社のモデルは、私が以前勤務していた会社だ。作中彼らの行動範囲はことごとく私のものと重なり、彼らの目を通して景色が見えた。ミツイシたちが持つ「静かな怒り」は私にとって「呪いそのもの」であることにぞっとした。
これが村上龍の「リアル」なのだと思った。物語と現実がメビウスの輪のように繋がっていて、全く違和感がない。そして奥深くに決して取り出してはいけない真実を沈めている。
作中の山方のセリフ、「…その種の洗脳は、甘えることを当然と考える人間が多い社会において、宗教的で、恐ろしい効果を生むんです」は、まさに今起こっている様々な出来事の根底にある共通のものを表している。日本だけでなく、世界共通のものと言っていい。考えることを放棄し、自分の不幸を幼稚な怒りで爆発させる人を操る「洗脳者」は確かにいる。
なんだかとても壮大で、恐ろしい事実に触れてしまったなと思う。それも、今まで敢えて見ないようにしてきた私の甘えなんだろう。
今までは、私はどうしてもっと早くこの作家の本に触れなかったんだろう、と後悔することが多かった。でも村上龍は、むしろ今だからこそ読める、と思った。
若さが抜けて、現実を知り、客観的な目を持つようになって初めて分かった複雑な味を、やっと味わえるようになった気がする。