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Photo byjasmine19

障がいというひとつの特性(第4章 前編)

    皆さんこんにちは、ダリダリです。今回の投稿から中学生編をご紹介します。3部作となっているのでぜひ、楽しみながら見ていただけると幸いです。

    東雲の黄金期(中学生編)

    1. 東雲B組を代表とする「やんちゃ者」/

    2. 慣れの恐ろしさ/

    3. 赤色の添削が目立つ漢字プリント

    「 よしっ、進路先を北海道にしよう!」そう決意した原点は、中学時代にあります。振り返れば3年生の頃の私。障がいというひとつの特性を抱えながらも、どこか気が強く、クラスメイトから「東雲のやんちゃ者」と、あだ名をつけられるほど尖っていました。何をするにも先生に叱られてばかりの毎日。主な原因は明確で、当時の私はとにかく忘れ物が多かったのと、余計な私語を慎むことができませんでした。同時に、反抗期も止むことを知らず、小学校の頃とは比べ物にならないくらいのやんちゃ者になってしまいました。そこで初めてつけられたあだ名が、先ほども触れた「東雲のやんちゃ者」でした。「東雲」という頭文字は、私が通っていた中学の特別支援学級の名前です。このクラスは、かつての支援級と編成が同じでした。唯一違っていたのは、学級の表記が数字からアルファベットへと変わっていたことです。入学当初の私は、中学校という慣れない環境に多少の戸惑いを覚えたものの、適応するは早かったです。新しい校舎や小学校の時より難易度が上がった授業に慣れて生活が落ち着いてきた頃、私は人生の大きな教訓となる言葉と出会うことになります。
    「油断大敵」ーー。
    この言葉を他者から投げかけられた時、読者の皆さんはどのようなイメージを持つでしょうか。おそらく「気を引き締めなさい」という警告として受け取る人が多いはず。
    ですが、当時の私にとってこの言葉は、単なる警告ではありませんでした。まさに私の状態そのものを、これ以上ないほど正確に言い表した言葉だったのです。中学時代の私には、この言葉が一番該当します。なぜなら、この言葉の意味をほんの少しでも早く認知し、心に刻むことができていれば、きっと回避できたであろう「最大のトラウマ」があるからです。
    振り返ると、中学2年生の私。東雲の黄金期真っ只中で、3時間目の国語の授業を受けていた時のこと。国語の授業が始まったら、毎回漢字テストを受けるのが原則。その日は、偶然にも難易度が高い問題を出題されました。
    「あぁ、もうわかんねぇ!」と、心の中で葛藤しながら解ける漢字にだけに全神経を集中させて、一通り解答欄を埋めました。その後、先生に提出。採点しながら先生は、「うーん、今回の漢字テスト難しかった?」と私に質問を投げかけました。一方でその頃の私は、赤色の添削が目立つプリントを握りしめ、顔から滲み出る悔しさの感情を隠すことができずにいました。そのまま教科書学習へと移行し、モアイについて勉強をしている時のことです。先ほどの悔しさが、「拗ねる」という感情に変化して、先生の解説に耳を傾けていませんでした。「何か八つ当たりができるものがないか」と、手元にある筆箱から定規を取り出し、まるで殿様が扇子を扱うように、不機嫌そうに手のひらをパシパシと叩いていました。その瞬間、解説をしている先生の視線がこちらに向き、一気に教室内が凍りつきました。
    「なぁ、一先ず定規を片付けろよ」先生の圧力は物凄く、筆箱に定規を片付けるのにも躊躇し、全身が固まりました。その後は、びっちり叱られて、二度とこのような失態をしないと心に誓いました。


    次回の投稿では、第4章 東雲の黄金期(中編)をご紹介します。「進路先を北海道にしよう!」という言葉の意味が段々とわかってくるので、楽しみながら見てください!

     
     
    初めまして、ダリダリです。私は今後noteを使って、現在執筆している文章を小見出しに投稿していきたいと考えています!どうか温かい目で見ていただけると幸いです。

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