
noteをやってると節目ごとにやってくる360度の意識の変化
酷暑というトンネルを抜けたらそこは雪景色だった
有名な小説の一節をちょっとひねって使ってみたくなる極端な季節の移り変わり
四季といったものが、春から冬にかけて区切られているから四季であって、ここ最近では春夏と秋冬といったかんじで季節が重なって同時にきているように思える
それはなんだかアパレル用語みたい
先日にnote1年目の記事を書いたのだけれど、その後の記事を書きはじめると内容や意識も季節に合わせたかのように周期があるのか、巡り巡ってまた元の場所に戻るのではないかと考える
わたしはnoteをやりはじめて3日目ほどに「180度の意識の変化」といったnoteをやっていくうえで気持ちや考え方、noteで何をしていくかという行動や変化について綴った記事を投稿したことがある
今回の記事のテーマやタイトルを何にしようか悩んだ結果、意識の変化が360度変わり0に戻ったという内容を思いつき、それが後から考えてみると先程の3日目の投稿のタイトルと重なったので自分自身でも驚きをおぼえる
見知らぬ街で偶然にも知り合いに会ったあの感じのようであり、この記事のテーマに辿り着いたのは本当にたまたまなのだろうか
note3日目のころは、こういった文章を書くことも慣れてないうえに、このアプリの使い方や仕組みや機能もサッパリわかっていなかった
それにくわえて視野も狭かった
そんなときに利他的な意識に転換することで自分を変えたかった
なぜならその前後に投稿した記事はまったく読まれなくて焦りばかりつのっていたからだった
ただ今となってわかってきたのは、それはただ読まれる状況や知識、技術、経験がなかったのだから仕方のないことだった
(上記のあたりはざっくり書いているので、もう少しご興味のある方は筆者のkindle本でお読みいただけます)
だがそうやって、あれこれnoteを続けている間に様々なスキルを身につけながら、気付いてみるとまた180度意識が変化して360度という0に戻り、自分らしさを取り戻すのである
noteを定期的に続けていると節目ごとにこういった意識の変化が季節のようにやってくるような気がする
つまるところ、春のスタートのような初々しい記事や文章がもっとも自分の良さを表現できており、徐々に変わっていったとしても、様々な要因からの苦悩というトンネルを抜ける周期まで続けていると、やがてまたその場所に還るのではないか
要するにnoteというものは、一定の期間利用すれば手軽に文章慣れもできて、様々な気づきを得て、継続することで自分の文章などのスタイルを作りあげたり積み重ねたりすることのできるツールとも取れる
たとえ多くの人の目に止まらずとも、オリジナリティのある自分らしい記事が書けたときに、もはや完成したも同然ではなかろうか
余談
ハロウィンが近づいているから記事のテーマをそうすればいいものを、かぼちゃといえば懐かしの学園ラブコメディのアニメに意識がいってしまうは私くらいだけなのでしょう
