
【連作短編】Welcome to Lingua Town #1
——四月の空(April Sky)以後の、ログ国家年代記
【監査ログ抜粋|2033-06-14|L-TOWN/EDGE-GATE_07】
EVENT: AIRSPACE_INTRUSION_DETECTED
OBJECT_CLASS: microUAV? / uncertain
THREAT_SCORE: 0.71
CONFIDENCE: 0.54
RECOMMENDATION: intercept
HUMAN_OVERRIDE: none
NOTE: "operator attention low"1. 入口の言葉
改札は言葉でできている。
正確には、言葉の「言い方」で開く。
「おはようございます」
ぼくはいつも、少しだけ語尾を上げる。笑顔の代わりに。そうしないと門がときどき鈍る。
門が鈍ると、その日一日の通行が遅れる。会社に遅れる。遅れると評価が落ちる。評価が落ちると、透明であることの信用が薄れる。薄れた信用は、もっと透明であることでしか取り戻せない。
ぼくの名は灰原(はいばら)ユウ。
肩書きは「ログ鑑識官」。かつて“監査官”と呼ばれていた職が、今では鑑識になった。
監査は予防だった。鑑識は死体の後だ。
改札の上で、今日も看板が微笑んでいる。
Welcome to Lingua Town: The Happy Zoo of Words
その英語が、何を意味しているかを知らない子どもはもういない。
意味は学校で習う。発音と抑揚も習う。
そして、口にした瞬間に、身体が採点されることも。
2. 四月の空の、ほんとうの名前
街の外壁に沿って歩くと、空が少しだけ低く感じる。
対ドローン迎撃の常設帯域が、見えない天井みたいに張られているからだ。
人はそれを「安全」と呼ぶ。
ぼくはそれを「遅延」と呼ぶ。言葉の遅延。判断の遅延。呼吸の遅延。
かつて、2037年の4月に事故が起きた。
公式には「四月の空(April Sky)事案」。
民間貨物ドローンが誤認され、迎撃され、落下して、死者が出た。
それだけなら、交通事故と同じだ。
だが、その後の方が長い。
事故の後、政府は「再発防止」を掲げた。
再発防止とは、ログの保存であり、分類の標準化であり、危険語彙の隔離であり、言葉の整流だった。
誤認を減らすために、表現が減った。
誰もが“危険”を避ける。危険とは、武器ではない。
危険とは、誤解される余地のことだ。
誤解はコストになり、コストは罪になる。
その日から、街は言葉を守るようになった。
守るとは、飼うことだ。
飼うとは、檻に入れることだ。
だからここは動物園になった。
言葉の動物園。
3. 仕事:死人の声を確かめる
ぼくの仕事は、事件が起きたときにログを読み、因果を結ぶことだ。
だが、因果はだいたい結べない。
ログは多い。データは多い。責任は薄い。
この日、ぼくに割り当てられた案件は、ひとつの「小さな」訴訟だった。
少女が学校で発話した言葉が、危険語彙に分類され、親が抗議している。
少女の発話は、こうだった。
「やめてよ」
それだけ。
だが分類器は「対立煽動」「攻撃性上昇」「集団動揺の誘発」を示した。
親は言う。「やめて」が危険語彙なら、子どもは何も言えない、と。
判定はアルゴリズム。
だが審査は人間。
人間が見なければ、責任の雲は晴れない。
雲が晴れないと、国家は「再発防止」に戻る。
つまり監視が強くなる。
だから、ぼくが読む。
次の話(つづき)
【まとめ】小説と妄想エッセイ一覧(DP6創作記録)