
七難八苦と三十六計 第三十一番札所 竹林寺
知恵を授かりたい
竹林寺の向かいにある牧野植物園には何度も行ったことがあるが、竹林寺には初めて行った。
夫の家族は以前に来たことがあると言っていたが、あまり記憶には残っていないらしい。
学僧・名僧が集まる「南海第一道場」と称された学問寺院としても知られ、土佐の信仰や文化の中心地のようだ。
境内には外国の方がたくさんいた。
アジア系の方も、欧米系の方も、とにかくたくさんの人だった。お遍路さんの人はあまり見掛けない。
緑と日光に癒やされる。階段もゆっくり、ゆっくりと進んでいく。
義父は、本尊が文殊菩薩と知ると、とりわけ時間を掛けて頭を下げていた。
私も「もう物はいらないから、知恵がほしい。楽しく生きていける知恵が欲しいんです」と、深々と頭を下げた。



戦国おみくじ
境内にはブッダドームと呼ばれる建物や五重塔がある。
恭しく五重塔を眺めつつ、やっぱり年季が入っているよなぁ、などと思っていたら、再建されたもので、私よりも歳下だった。

庭園も広く、見どころもたくさんあるのだけれど、なんせとにかく人が多い。
お接待のお菓子をいただいたり、戦国おみくじが気になったりしながら歩く。
私の前を歩いていた、小学生くらいの男の子が戦国おみくじを引いていたが、「誰かわからん」と嘆いていた。
こっそり見ると、山中鹿之介。
知らないか、と思いつつ、「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」の人だよ、負けてもあきらめない人だよ、と伝えたい気持ちを我慢した。
ちなみに私は雑賀孫一だった。
鉄砲を使い、特定の大名に仕えるのではなく、自分たちの地域や仲間を守るために戦った人。信長の野望でよく使った人だ。懐かしい。
それぞれの参拝
一言地蔵の前では、また、欲張らずに何が今一番大切なのかを考えた。
杖をつきながら階段を上り下りする義父を見て、同じく杖をついた、どこかのおばあさまが「よく登られましたね、すごいわ」と声を掛けてくださった。
「頑張ってくださいね」と義母も声を掛けていたが、あのおばあさまも無事に参拝できただろうか。
竹林寺は、見どころの多いお寺だった。
文殊菩薩の前で知恵を願い、一言地蔵の前では、今の自分にとって本当に大切なものを考える。
そして、階段を上り下りする人たちの姿に、それぞれの参拝があるのだなと思う。
何かを願いに来た人もいれば、誰かのために手を合わせる人もいる。
私たちもまた、それぞれの思いを抱えながら、次のお寺へ向かった。

おまけ
昔から竹林寺と聞いたり、その側を通ったりするたびに、小さい頃、妹が遊んでいたファミコンのゲーム「ケルナグール」を思い出していた。
妹の得意技?は、「さんじゅうろっけいにげるがかち」のコマンド。
私たちの会話の中には、今でもことあるごとに、この言葉が登場する。
竹林寺とは何の関係もないのだけれど、私にとっては、昔からセットになっている言葉なのだ。