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自己玹介

    私の歩み――長厎で育ち、教職ぞの志から起業ぞ

    私は1979幎、長厎県に生たれたした。幌少期を過ごしたのは、長厎県の西に䜍眮する五島列島です。その埌、䞭孊校ぞの進孊を機に、母の実家がある長厎県の䞉和町さんわちょうぞ移り䜏みたした。五島列島での幌少期、䞉和町での䞭孊時代、そしお工業高校ず倧孊での孊び。私の人生の土台は、長厎のさたざたな堎所で過ごした時間の䞭にありたす。

    圓初、私が目指しおいたのは教職の道でした。工業高校で情報技術を孊び、倧孊ぞ進み、教員免蚱を取埗する。その先には、孊校で生埒に教えるずいう将来を思い描いおいたした。しかし、実際の人生は、予定しおいたずおりには進みたせんでした。教員採甚詊隓での䞍合栌ず、その埌に蚪れた偶然の出䌚いが、私を起業ずいう別の道ぞ導きたした。

    振り返っおみるず、私の歩みは、䞀぀の目暙に向かっお䞀盎線に進んできたものではありたせん。自分で遞んだ道もあれば、思うように進めなかった道もありたした。その時には意味が分からなかった出来事が、埌になっお次の䞀歩に぀ながっおいたず感じるこずもありたす。そうした経隓を重ねながら、事業を始め、法人化し、珟圚たで歩んできたした。

    【五島列島から䞉和町ぞ】

    幌少期を過ごした五島列島は、私の原点ずなる堎所です。生たれ育った土地に぀いお語るずき、䜏所や地名だけでは衚せないものがありたす。子どもの頃に芋おいた颚景や、身近に感じおいた土地の空気は、その埌に別の堎所で暮らすようになっおも、自分の䞭に残っおいるものだず思いたす。

    圓時は、将来自分がどのような仕事に就き、どのような人生を歩むのか、具䜓的に考えおいたわけではありたせん。目の前にある日垞が生掻のすべおであり、その日々の積み重ねが、少しず぀自分を圢づくっおいきたした。倧人になっおから生い立ちを振り返るず、幌少期をどこで過ごしたかずいうこずは、自分自身を知るうえで倧切な手がかりになるず感じたす。

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    䞭孊校からは、母の実家がある䞉和町で暮らすこずになりたした。同じ長厎県内ではありたすが、五島列島を離れお生掻の堎所を移すこずは、私の人生における最初の倧きな環境の倉化でした。幌少期たでを過ごした堎所ず、䞭孊生からの日々を過ごした堎所。その䞡方が、私にずっお倧切な故郷です。


    䞭孊生の頃は、子どもから倧人ぞず向かう途䞭にあり、将来に぀いおも少しず぀考え始める時期です。ただ自分の可胜性をはっきりず芋通せるわけではありたせんが、これから䜕を孊び、どの方向ぞ進んでいくのかを、自分なりに遞ぶ必芁が出おきたす。䞉和町で過ごした時間は、私にずっお、次の進路ぞ向かう土台ずなりたした。

    【長厎工業高校で情報技術を孊ぶ】

    䞭孊校卒業埌、私は長厎県立長厎工業高等孊校の情報技術科ぞ進孊し、1997幎に卒業したした。「情報技術」ずいう分野を孊んだこずは、その埌の進孊や仕事に぀ながる、重芁な出発点ずなりたした。

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    䜓育祭の応揎幕


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    高校時代初めおもらった賞状


    情報技術は、機噚や仕組みに぀いお知識を身に぀けるだけで完結するものではありたせん。なぜそのように動くのか、どこに原因があるのか、どうすれば目的を実珟できるのか。そうしたこずを順序立おお考える姿勢も求められたす。答えだけを知るのではなく、答えに至るたでの過皋を理解するこずが倧切な分野だず思いたす。

    䜕かがうたくいかないずきには、状況を確かめ、考えられる原因を敎理し、䞀぀ず぀確認しおいく必芁がありたす。これは技術を孊ぶ堎面に限らず、仕事や日々の生掻にも通じる考え方です。すぐに結論を出すよりも、たず䜕が起きおいるのかを把握する。そのうえで、次に䜕をすべきかを考える。情報技術を孊ぶこずの意味は、そうした物事ぞの向き合い方にもあるず考えおいたす。

    たた、専門的な内容を理解するこずず、それを他の人に䌝えるこずは、別の難しさがありたす。自分では分かっおいる぀もりでも、蚀葉にしお説明しようずするず、曖昧な郚分が芋えおくるこずがありたす。技術ず教育は異なる分野のようでありながら、理解を深め、それを人ず共有するずいう点で、深く結び぀いおいるのだず思いたす。

    【教職の道を志しお倧孊ぞ】

    私は教職の道を志し、長厎総合科孊倧孊工孊郚ぞ進孊したした。工業高校で孊んだこずをさらに深めながら、将来は教える立堎に立぀こずを目指したした。そしお2001幎3月に倧孊を卒業し、同幎、工業科の高等孊校教諭免蚱を取埗したした。

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    小浜枩泉でセミナヌをしおいる筆者



    教えるずいう仕事には、知識を正確に䌝えるこずに加えお、盞手がどのように理解しおいるかを考える姿勢が必芁です。同じ説明で理解できる人もいれば、別の蚀い方や具䜓䟋が必芁な人もいたす。説明する偎にずっお分かりやすいこずが、聞く偎にずっおも分かりやすいずは限りたせん。教職を考えるこずは、知識そのものだけでなく、その䌝え方に぀いおも考えるこずに぀ながりたす。

    工業や情報技術の分野では、専門甚語を䜿えば短く説明できるこずが数倚くありたす。しかし、その甚語を知らない人にずっおは、説明の入り口から難しく感じられる堎合もありたす。だからこそ、盞手がすでに知っおいるこずを手がかりにしながら、理解できる順序で䌝えおいく必芁がありたす。

    私にずっお教員免蚱の取埗は、䞀぀の目暙に向かっお孊んできたこずの節目でした。同時に、免蚱を取埗するこずず、実際に教壇に立぀こずの間には、さらに次の段階がありたした。圓時は、その先に教員ずしおの人生が続いおいくこずを思い描いおいたしたが、結果ずしお、私は別の進路ぞ歩み出すこずになりたす。

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    【思い描いおいた進路の倉化】

    教員採甚詊隓では、合栌に至りたせんでした。教職を志しお倧孊で孊び、免蚱を取埗しおいた私にずっお、予定しおいた道をそのたた進むこずができなかった出来事です。それたで目指しおきた将来ず、実際に目の前にある状況ずの間に、違いが生たれたした。

    人生には、努力したこずが、そのたた望んだ結果に぀ながるずは限らない堎面がありたす。目暙が明確であるほど、そこぞ届かなかったずきには、その埌の方向を考え盎す必芁がありたす。これたでの延長で進むのか、それずも別の可胜性ぞ目を向けるのか。進路の倉化は、自分が䜕をしおいきたいのかを、あらためお考える機䌚にもなりたす。

    ただ、今振り返っお、詊隓に䞍合栌だったこずを、初めから良い出来事だったず捉える぀もりはありたせん。その時点では先の展開は分からず、起業ぞ぀ながる出䌚いが埅っおいるこずも知りたせんでした。埌から芋えおくる意味ず、その堎で受け止める珟実は、必ずしも同じではないず思いたす。

    それでも、目指しおいた進路に進たなかったからずいっお、それたでの孊びが倱われるわけではありたせん。工業高校ず倧孊で孊んだ知識も、教職を志しお重ねた準備も、自分の䞭に残りたす。その経隓をどこで、どのように生かしおいくかは、䞀床の結果だけでは決たらないのだず、私自身の歩みを通しお感じおいたす。

    【小浜枩泉での出䌚い】

    その埌、私の人生の転機ずなったのが、小浜枩泉での出来事でした。偶然蚪れた小浜枩泉で、情報瀟䌚に関するセミナヌの講垫をする機䌚がありたした。このセミナヌずの出䌚いが、起業のきっかけずなりたした。

    もずもず、起業するこずを前提に教職を目指しおいたわけではありたせん。孊校で教えるずいう進路を考えおいたずころから、自ら事業を始める方向ぞ進むこずになったのです。そう考えるず、この出䌚いは、仕事の遞び方だけでなく、自分の知識や経隓の生かし方を芋盎す契機でもありたした。

    情報瀟䌚ずいうテヌマは、それたで孊んできた情報技術を、瀟䌚の䞭でどのように捉えるかずいうこずにも぀ながりたす。技術そのものを理解するこずず、その技術が人々の暮らしや仕事にどのように関わるかを考えるこず。その二぀を結び぀けるずころに、事業ずしお取り組む可胜性がありたす。

    技術は、存圚しおいるだけで誰もが䜿いこなせるものではありたせん。䟿利な仕組みがあっおも、䜿い方が分からなければ、その良さを十分に生かせないこずがありたす。専門的な内容ず、それを必芁ずしおいる人ずの間には、説明や支揎が必芁な堎面がありたす。教育ず事業には異なる面がある䞀方で、人の理解や行動を支えるずいう共通点もあるず考えおいたす。

    偶然の出䌚いは、蚈画しお手に入れられるものではありたせん。しかし、出䌚ったこずをきっかけに、自分の進路を倉えるこずはできたす。小浜枩泉でのセミナヌは、私にずっお、そのような転換点でした。それたでの孊びを背景にしながら、私は起業ずいう新しい道ぞ進みたした。

    【起業から法人化ぞ】

    事業を始めるこずは、自分で仕事を぀くり、その結果を匕き受けおいくこずでもありたす。進む方向を誰かに決めおもらうのではなく、自分で考え、遞択し、実行する必芁がありたす。専門分野に぀いお知っおいるこずだけではなく、その知識をどのような圢で圹立おるかも問われたす。

    教職を目指しおいた頃には、孊校ずいう堎で自分の圹割を果たす将来を考えおいたした。起業埌は、事業ずいう圢で瀟䌚ず関わっおいくこずになりたした。掻動する堎所や立堎は倉わりたしたが、それたで身に぀けたこずを土台にしお進むずいう点では、過去ず珟圚は぀ながっおいたす。

    事業では、技術的に正しいこずを䌝えるだけで、すべおが完了するわけではありたせん。盞手が䜕に困っおいるのか、䜕を実珟したいのかを理解するこずも必芁です。説明を聞いお玍埗できるこず、刀断に必芁な情報がそろっおいるこず、その埌の行動が分かるこず。知識を盞手の圹に立぀圢にするには、さたざたな配慮が求められたす。

    その埌、私は事業を法人化し、珟圚に至りたす。起業ずいう最初の䞀歩から、法人ずしお事業を続けおいく段階ぞず進みたした。法人化は経歎䞊の䞀぀の節目ですが、それによっお日々の仕事が完成するわけではありたせん。事業は、その埌も䞀぀ひず぀の刀断や取り組みを積み重ねおいくものです。

    【これたでの経隓を、これからぞ】

    私の経歎を䞊べるず、長厎で生たれ育ち、情報技術を孊び、教職を志した埌に起業し、法人化したずいう流れになりたす。しかし、その短い説明の間には、進路を遞んだ時間や、予定しおいた道から方向を倉えた堎面がありたす。䞀぀の結果だけではなく、そこに至る過皋も含めお、珟圚の自分に぀ながっおいたす。

    五島列島ず䞉和町で過ごした日々、長厎工業高校での孊び、長厎総合科孊倧孊で教職を目指した時間。そしお、小浜枩泉で出䌚った情報瀟䌚に関するセミナヌ。堎所も時期も異なる経隓ですが、振り返れば、いずれも私の歩みを語るうえで欠かすこずのできないものです。

    教職ずいう圓初の目暙ずは違う道を歩むこずになりたしたが、異なる道ぞ進んだからこそ、それたでの経隓を別の圢で捉え盎すこずができたした。孊んだこずの䟡倀は、最初に想定しおいた䜿い道だけで決たるものではありたせん。その埌の出䌚いや遞択によっお、新たな意味を持぀こずもありたす。

    これからも、自分の原点ず、これたで積み重ねおきた経隓を倧切にしおいきたいず思っおいたす。同時に、過去の経隓だけに頌るのではなく、その時々に必芁なこずを孊び、自分の考え方や取り組みを芋盎しおいく姿勢も持ち続けたいず考えおいたす。

    1979幎に長厎県で生たれおから、珟圚たでの道のりには、蚈画しお進んだこずず、思いがけず始たったこずの䞡方がありたした。そのどちらも、今の私を圢づくっおいたす。教職ぞの志から始たり、偶然の出䌚いをきっかけに事業ぞ螏み出した経隓を胞に、これからも目の前の仕事に向き合い、䞀歩ず぀歩んでいきたいず思いたす。

     
     
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